追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
年始の白による騒動_3(:偽)
View.メアリー
シキ。
少なくとも“カサス”では聞いた事は無かった地名です。
クロさんとヴァイオレットが治めている場所であり、話を聞く限りでは「変わった方々」が住んでいる場所だとか。
昔は栄えていましたが、今では領民も少なくなっているとか。少し前までは前領主・前々領主が酷くて荒れていたそうですが、今では大分落ち着いているとの事です。
「怪我をしたらすぐ知らせろ。そして状況を報告しろ。大丈夫だ、痛くても悲鳴を挙げても無視して元に戻してやる」
「痺、痺れ……ふ、ふふふ、新年早々良い毒に出会った……!」
「おお、新年早々このような美しい女性に出会えるとは! どうだ、美しき金髪の子。俺と今宵一緒にならないか!」
「愛しき夫、今年こそ愛しきります。まずは心臓を穿ちます」
「ああ、これで男性であれば、素晴らしい肉体なのに……いや、すまない、なんでもない」
「我が美しさは今年も磨かれ有り続ける……!」
本当にこれで落ち着いているのかと疑問には思います。
というか以前はもっと酷かったってどんな感じだったんでしょうか。世紀末のモヒカン的な感じだったのでしょうか。
あと、あの黒髪で妙に恍惚した表情で己が美しさを誇示していたのは、確かカサスでも居たシュバルツさんのような気がするのは気のせいでしょうか……?
「……なに、怪我を愛しているのかだと? どちらかと言うと憎しみと言った方が良い。だから俺は治したくて仕方ないんだ」
「毒を愛しているか? まぁ好きではあるが……いずれ無くしたいとは思っている。毒を全て治す様な薬を作るのが私が望む事だ」
「女性を愛してやまないのは確かだな! 何故って? 俺もよく分からんぜハッハー!」
「愛しいからこそ、私の全霊を受け止めて欲しいのです。だから殺します」
「私が愛している存在? 夫の全てと息子、そしてここの領主の肉体だ。……愛し方? 私の全てを投げうってでも愛しきりたいと思う事、だろうか?」
そして様々な方向に吹っ切れてはいるものの、それぞれの対象に対して愛を感じ取れたので聞いた所、様々な回答が返ってきました。
それぞれが興味深く、愛の形とは色々あるのだと知りました。
ですが共通している事と言えば――楽しそう、という事でしょうか。
程度の差があれど、なにかに夢中になっている間の彼らはとても楽しそうで、活き活きとしています。
あのようになにかを好きになれる情熱を、私は持つことが出来るのでしょうか。
――私の好きだった事
前世で言えば病床でも楽しむことが出来た漫画やゲーム。それらは確かに楽しくて、あらゆる新しい物語を知る事が私の生きがいでした。
偶に物語のような事を出来ない私の身体がもどかしく思えた事はありましたが、それでも十分に楽しかったと言えるでしょう。
……ですが、それを愛かと問われれば悩みます。
「クロさんって、確か前世では型紙師だったんですよね?」
「突然どうされました。まぁそうですよ」
一通り見て回って領主邸に戻り、周囲にクロさんしか居ないことを確認してから私は聞いてみました。
型紙師。
つまりは服飾デザイナーが絵におこした服などを立体的にするお仕事です。デザイナーと比べるとあまり目立つ存在ではありませんが、服の良し悪しはこの型紙師に左右されるほどに重要だとか。
そして型紙師に重要なのがひたすら縫うような忍耐力と、そして、あらゆる指示に対応できる柔軟性です。
「そういった専門的な仕事は情熱や興味が必要だと思うのです。シキの皆さんを見ていると、やはり情熱が己の道を決めている方々が多いと思えたのです」
「アイツらを見てそう判断できるとは……間違ってはいませんが」
そして同時に思い出したのは、ヴァイオレットが学園祭のパーティーにて着ていたあのドレス。
服飾には詳しくない私でも、あのドレスは素晴らしいものだと感じ取れました。どう表現すべきかは分かりませんが……ヴァーミリオン君が言っていた「お前を想って縫った」という言葉がそのまま合うようなドレス。
あれこそまさに私とクロさんの違う決定的なモノだと、思い出したのです。
「やはりなにか目標を決めて、為すべきなのでしょうか」
「キッカケなんて些細ですよ。俺だって型紙師を目指したのなんて、お金が無かったから妹の服を手で直していたら、友人に服飾の世界を進められた、とかですし」
クロさんは立ち上がり、適当な棚から裁縫道具を取り出して言い出します。
妹さん……確か八つ下のワンルームに二人暮らししていた、でしたか。お金が無かったという事は、もしかして親御さんは貧乏だったりしたのでしょうか。
「前世の親ですか? 俺の父親は誰か確定していませんでしたし、母親は金だけ渡して外で遊んで、数週間ぶりに帰って来たと思ったら赤ん坊を渡して“この子アンタの妹だから”とか言って面倒を押し付けるような奴です」
思ったより酷い親御さんでした。
聞く所によるとその反発で喧嘩に明け暮れた時期もあったらしく、お陰で身体能力が向上したとか。だからと言って銃弾を見切るのはおかしいですが。
「ともかく、キッカケなんてそんなものじゃないですか。カサブタが何故出来るか不思議で医学に興味を持ったとか、母親が病気で亡くなったから万能薬を作りたくなったとか、幼少期にメイドに襲われて快感を知ったとか、神殺しの汚名を着せられて唯一庇ってくれたのが今の夫だったから殺したくなったとか」
なんか所々おかしかったのは気のせいでしょうか。
「……俺だってヴァイオレットさんを好きになり始めたキッカケは、彼女が弱っている所を見たからですよ。メアリーさんのキッカケがなにになるか、いつになるかは分かりませんが」
クロさんは私に裁縫道具を渡します。
針山に刺さった数本の針と、それらを手に巻き付けるためのバンドです。
「メアリーさんがロボに興味を持ったように、ある時ふと“好き”が来るかもしれません。一度ゆっくりしてみませんか? 正月ですし、寝正月でも文句は言われませんよ。もしくは裁縫も教えますよ」
クロさんは相変わらず私に対しても優しくしてくれました。
恐らくクロさんにとっては何気ない当たり前の事で、特別でもなんでもないのでしょう。
……なんとなく、彼がシキで領民に好かれているのが分かった気がします。そしてヴァイオレットと仲良くなれた理由も。……羨ましい。
「そうですね、ゆっくりするのも良いかもしれません。祖国の日本らしい事をするのも良いかもしれませんね、なにか無いでしょうか」
「……雑煮でも食べますか? 正月と言えば個人的にはこれなんですが正直不評なんです。ヴァイオレットさんとグレイも微妙な反応で」
「あ、雑煮良いですね。私味のある雑煮食べるのは初めてですから頂いても良いですか?」
「良いですよ……え、味のある雑煮が初めて? それってどういう……?」
前世では病気で味を感じたことがありませんでしたし、雑煮は感触だけの産物です。
どういうものか食べてみるのも良いかもしれませんね、楽しみです。
「メ、メアリー! お前シキでなにをしてきた!?」
と、厚意に甘えようとしていると、ヴァイオレットが慌てて私達の所へと駆け寄ってきました。
あまり見ない表情に、クロさんも驚きの表情を隠しきれていませんでした。
「ど、どうしました、ヴァイオレットさん。落ち着いてください」
「す、すまない。……ともかくメアリー、お前シキでなにをして来たのだ?」
ヴァイオレットの言葉に、クロさんまでもが私を訝しげに見てきます。
……私がシキでして来た事なんて。皆さんに愛について尋ねたりしたくらいで、後は……
「私はシキで学園の様に振舞っていただけですが。まずは仲良くならないと愛についても聞けませんし……」
まずは仲良くなるためにと、少しでも好きなものに対して知ろうとして会話しようとしたくらいでしょうか。
「……成程、なんとなく分かった」
「ヴァイオレットさん、なにがあったんですか?」
「要約すると」
「はい」
「メアリーに会いたいと懇願する者が殺到している」
「……はい?」
後の話になります。
少し前世の知識を説明した事が原因で、私の知識を求めたシキの住民が私に殺到していました。
……クロさんに相手の為に言っているのは分かるけれど、注意を払って欲しいと怒られました。久しぶりの説教でした。
…………………………怒られたの、久しぶりだなぁ。
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