追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
年末の懺悔室にて_5(:紺)
View.シアン
「おっと、俺の名は匿名で頼むよ。懺悔する以上は罪を告白しないといけないからな」
「は、はい」
神父様……もとい匿名のお方は私の返事に小さく笑う
なんだ。なにが起こっているというのだ。
何故この方が懺悔する側で懺悔室に入っているの? いえ、懺悔室は匿名だから、詮索は不要で、でもこの方は懺悔する立場では無くて、えと、その、つまり、
「どんと来て下さらないでありましょうか。神に仕える末端としてどのような遺恨も晴らしましょう」
「落ち着くんだ、シスター」
つまり私は落ち着いていれば良い。
さぁ、何故か落ち着くように言われたけれど、落ち着いたのだから懺悔を聞こうではないか。どんと来るが良い。
「さて、俺の懺悔の内容だけど……」
だが匿名のこの方が懺悔したいなどなんなのだろうか。
いつも他者を救う事を最優先にして頼み事は基本断らないような、自身をもっと大切にして欲しいと思うような清廉な方だ。もしかして救えなかった相手が居て、それを懺悔したいとかいうヤツだろうか? だとすれば私は懺悔を聞いた後に、この方の傍に寄り添って支えたい。
「俺は身近にいる女の子に、頼り過ぎていたと思ったんだ。だからそれを懺悔したい」
「……どのような意味でしょうか?」
けれど懺悔の内容は、私が想像した者と少し違うモノだった。
身近にいる女の子というと私になるけれど……頼り過ぎていたとはどういう事だろう。いや、もしかして私以外に頼れる女の子が……!? 私も子と言えるほどの年齢では無いし……
「俺は他者の善意にも悪意にも鈍感みたいなんだ。だけどその女の子は他者の感情や悪意に敏感なんだ。でもそれでいながら他者に対して不信にならず、皆に対して明るく接するいい子なんだ」
よし神父様が褒めてくださってるやっほう!
……落ち着こう、まだ私と確定していない。でもよし!
「だけどつい先日、数日その子が離れることがあったんだ。その時に俺は領主代行のような仕事をしていたんだが、ふと仕事の最中に寂しさを覚えてね」
よし、確実に私だ。相手は匿名の方だけど私だ。
そして寂しさを覚えた……もしかしてそれは好意的な感じだろうか。異性として意識して寂しかったとかですか神父様。
「やはり妹みたいに思っていたんだろうな。家族が居ないというのはこうも寂しくなるのだと実感したよ」
うん、知ってた。でも少しくらい期待しても良いじゃない。
「それに俺は騙されやすいらしいから、その女の子が居ないといつもの様に仕事が出来なくて。領主代行はとても大変だったよ」
神父様は頼まれたら本当にすぐ引き受けるからね。
知らない相手の急な頼み事でも「知らない相手にこうも頼み込むんだ、余程緊急な事なんだ」とか言って引き受ける位だし。でもその優しさが好き。とても大好き。
「俺に無いものを持っているその女の子に、無意識に甘えていたんだと実感したんだ」
もっと甘えても良いんですよ神父様!
疲れたら膝枕とか背中を流すとかしても良いんですよ! ……多分恥ずかしくて私が無理だけど。
「だけど女の子の存在が日常的過ぎて、感謝の念が足りてないのだとも思った。俺はあまりそういったものを表すのが上手くない――いや、これは言い訳か」
「……あの、これって……?」
私は話を聞いている内に、この話は懺悔ではないような気がして来た。
むしろこれは……
「シスター・シアン・シアーズ」
「えっ、は、はい!?」
唐突に名前を呼ばれ、つい背筋を伸ばして身構えてしまう。
「動かないでいてくれるか」
「え、あの、神父様?」
私が混乱していると、神父様はいつの間にか隣の懺悔室を出て、私が入っている方の扉を開く。
唐突な出来事に混乱しつつ、相変わらず格好良い神父様に見惚れつつ、何故このような事をしたのかと少しでも理解しようとすると、
「いつもありがとう、シアン。そして十九歳の誕生日おめでとう」
そう言いながら、神父様は後ろに隠していた笑顔で私に花を差し出した。
「えっと、神父様、これは一体……?」
「うん、今日はシアンの誕生日だろ? だから俺からのプレゼントだ」
確かに今日は私の誕生日である。
とはいえあくまでも教会前に捨てられていた日であって、正確な誕生日という訳では無いのだが。
えと、つまり、その……
「もしかして、今日の夕方まで帰らないと仰った時にいつもと違う感じがしたのは……」
「うっ、さすがシアンだ。見抜かれていたか……そうだ、本当はもっと前から準備したかったんだが、色々と忙しくて準備が出来なくってな、実は今日急いで準備していたんだ。……急ごしらえで悪いけど、喜んで貰えると嬉しい」
神父様は少し照れくさそうに頬を掻き、微笑みが少しだけ引き攣った。
……それと、もしかしてだけど。
「……今日懺悔室の利用者が多かったのって、もしかして私が外に出て神父様がプレゼントを用意しているのをバレないようにするためだったり……?」
「うぐっ」
あ、やっぱりそうなんだ。
多分だけど色々な所に行って、準備をしていたのだろう。もしかしたら花とは別になにか誕生日用の食事とかケーキとか用意していたのかもしれない。
けれどそれを準備するために私を教会に拘束していては本末転倒な部分もある気もするけど……
……でも、私に喜んで貰おうと少しでもやってくれた事が嬉しかった。
「ふふ、上手くいったから良いですけど、サプライズはあまり凝りすぎると相手の事を傷付ける事がありますから、気をつけて下さいね」
「うっ、ごめん……正直クロに相談した時も大丈夫かというような表情をされた気がしたけど、少しでも――あれ、でも」
「ええ、上手くいったから良かったんですよ」
私は神父様から花を受け取り、子供の様に慌てる神父様に、
「ありがとうございます、神父様。来年もまた、よろしくお願いしますね」
普段なら緊張して上手くいかない事が多い微笑みを神父様に向ける事が出来た。
本当に嬉しくて、涙が零れそうであったけれど、なんとか抑えて笑う事が出来た。
例えこれが妹に向けた感謝のプレゼントでも、やはり愛しき方に貰えるプレゼントは嬉しいものであった。
「ふふ、綺麗な花ですね。神父様が選んだんですか?」
「ああ、少しでもシアンの愛に答えたいと思ってな」
「そうですか、それは――へ、神父様、今なんと?」
私が神父様に渡された花を愛おしく見ていると、神父様がとんでもない事を言った気がした。
あれ、もしかしてこれって……
「ああ、シアンはいつも俺に好意を寄せてくれているからな。その愛に俺も答えなくちゃ、って思ったんだ」
「愛!?」
え、もしかしてついに神父様に気付かれた?
いつも意気込んでは空回りするという、イオちゃんを馬鹿にできない程に上手くいっていなかったのに、ついに鈍感神父様に私の行為が伝わった!?
おおお、落ち着こう、私。落ち着いて行動するんだ。
私の好意が伝わったのならば、それに応じた答えを言えば今よりも一歩先の関係を――
「ああ、シアンもいつも俺を兄みたいに慕ってくれるからな。兄として兄妹愛に答えなくちゃ、って思ったんだ」
…………まぁ、なんと言うべきか。
「……相変わらずですねー、神父様。そういう所は美点でもあると思いますが、正直治してください」
「え、俺なんかミスしたか!? ちょっと待ってくれシアン!?」
私は相変わらず好意に鈍い神父様に溜息を吐きつつ、慌てる神父様を微笑ましく見て、その表情に対して神父様は何故そうなったか分からないように狼狽えていた。
なんと言うべきか、イオちゃんが良く言う「こういう所が可愛い」というのが改めて実感した、十九歳の誕生日だった。
備考:何処かの肉体フェチなどの来訪は計算外です
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