追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
年末の懺悔室にて_1(:紺)
View.シアン
「ク――夫ともっと仲良くなりたい故に過ちを犯そうとした罪深き私を許して欲しい」
「そ、そう、ですか」
年末。
雪が積もり、常に適温に保つという教会にかかる加護が無ければ寒いだろうとある日に、私はイオちゃん――もとい、匿名の夫持ちから懺悔室にて懺悔を受けていた。
本来なら神父様の仕事なのだが、今日の夕方まで居ないため代わりに私が受けている。
そんな日の午前に珍しく相談という形ではなく、イ――仮名Vさんから懺悔を受けていた。
なんでもVさんは夫と仲良くなりたい気持ちで一杯なのだが、恥ずかしさやタイミング、そして性格も相まって上手く距離を詰める機会を逃してしまっているらしい。さらにはク――夫も何処か避けているように見えるとの事。ただこの場合の避けというのは、嫌いから来る避けではなく夫も照れてるからこそ避けてしまっているのだとは分かるとの事だ。だけど互いが互いに避けてしまうので上手く接することが出来ていないとの事だ。
「まぁそこも可愛いんだが」
「懺悔に来たのでは?」
懺悔風惚気に来たんじゃないよね、このVさん。
ともかく、もどかしさを感じ、つい近付こうと嘘を吐いて近付こうとした結果、代わりかというように息子が風邪をひいてしまったとの事。今は回復の兆しが見えすっかり大丈夫だが、邪な事を考えた結果今回の事が起きたのではないかと懺悔しに来たらしい。
「私は……私はどうすればいいんだ……! 病に伏せば看病されて付きっ切りになれますよというアドバイスを受けたからと言って、不謹慎だと思いつつも魅力に惹かれてしまったんだ。グレイはあんなにも苦しんだというのに……!」
「懺悔は匿名ですよー」
たぶんそのアドバイスをしたのはバーン君かアンちゃんのどちらかだろう。性格と性別などを考えるとアンちゃんかな。あの子割と下世話な話をすることが多いし。
ともかく、実際はVさん自身は本当に実行しようとはしていないだろう。付きっきりでいてくれるという魅力に惹かれはしても「そんな事をする自分を夫は好かないだろう」と判断したはずだ。
「すまない……私の愚かしさ故に病気になった息子にのためにも、ここに懺悔したい」
けれど、魅力に惹かれたのは事実だから後ろめたさを感じて懺悔をしに来たという所だろう。個の内側なんて黙っていれば分からない上に可愛らしい思考であるのに、相変わらず妙な所で融通の利かない子である。
「貴女の懺悔は主に届けられました」
「私は、許されるのだろうか」
「ええ、許されますよ」
まぁでもこれで少しでも救われるのならば良い事だ。
私だって神を信仰する者の端くれだ。こうして迷える者が救われるのはやはり嬉しい事である。
「……ついでと言ってはなんだが、相談も良いだろうか。このままでいい」
「はい、構いません」
ありゃ、まだ相談する事があるのか。
だけど懺悔室のまま話をするという事は、あまり答えを求めていないのかもしれない。単純に話を聞いて欲しいのだろうか。
「……好きな相手ともっと近づくにはどうすれば良い」
もう早く結婚すれば良いのに。あ、してたねこの子達。
両者共に大分近付いているんだから、もう充分な気がするんだけどな。
「……というと?」
「私は好きな相手がいる」
「ええ、まぁ、知っています」
「だが、好きな気持ちで溢れているとはいえ、どうも空回っている気がする」
ようやく気付いたんだね……
「教えて欲しいんだ、好きな相手と空回りせずに近付ける方法を」
私が教えて欲しいよ。
そんなものがあればとっくに私が神父様に実行しているよ。
そんな万国共通のものはあれば、あの他者を救うのに文字通り命を懸けるような神父様も振り向いてくれるかもしれない。
「……もう、好きな相手に離れられるのは嫌なんだ。好きな相手に……」
まぁ好き、という感情を表に出すのが苦手そうだからなぁ、Vさん、もといイオちゃんは。けれどこうやって相談するほどにはクロの事が好きなんだな、と微笑ましくは思う。
クロが羨ましい。後で腹いせに一勝負しよう。
だけど……まぁ私が今の問いに対して言えるとしたら、この位かな。
「まぁ言える事があるとしたら、好きという感情は綺麗じゃない、って事くらいかな」
先程までの懺悔用モードからいつものような語調に崩す。
私の言葉にVさんは見えはしないが、どこか疑問を浮かべるかのような間をとる。
私は説教という訳では無いので、独り言のように言葉を続けた。
「好き、ていう言葉はよく美化されるけれど、時には狂気の沙汰にもなるの。自分が好きならば相手も好きに真摯に答えるべきだ、なんて好きになられた方からしたら唐突に暴力を振られたようなものになるの」
好意を向けたら必ず好意で返って来るのならば苦労はしない。
好きという感情に甘えて思考を放棄した時、しっぺ返しは手酷く食らう。
「恐ろしいのは自己を正当化出来ると錯覚出来る事だよ」
「正当化?」
「うん、好きという感情は間違いじゃないのだから、受けてくれないあちらが正しくないんだ、ってね」
だからこそ好きという感情が暴力になってしまう。
“好きな相手”を傷付けてしまう、悪意無き善意による暴力によって。
「…………」
「ああ、でも別に好意を否定している訳じゃないからね。ただ、好きを言い訳にしないで欲しいって話だよ。本来好き、は素晴らしいモノなんだから」
これは薬も行き過ぎれば毒になるという話なだけだ。
素晴らしく、美しく、善いものになりやすいが、綺麗ではないという事。
単純に――
「このような考え方も在る。という事を知って欲しいだけなのだろう?」
「ま、そういう事だね」
今Vさんが言ったように、単純に考え方を囚われて欲しくないという事なのだから。
「そうだな。好きを行動原理にはしても、好きだけではどうしようもない。……空回りはしても、やはり私が良いと思った事をしないとな。だが、また悩んだ時は相談に乗って欲しい」
「はい、私であればいつでも相談に乗りますよ。神の代わりに答えられることは答えましょう」
「ああ、頼りにしている。――よし、ありがとう。前向きになれたよ」
「ふふ、実はなにも具体的な助言はしていないのですがね」
「ん? ……あ、確かに……!」
Vさんが実は単純に見方を見誤るな、としか私が言っていない事に気付くと、私達はおかしくなってしまいお互いに笑ってしまった。
本来なら響かない声が懺悔室に響く。……まぁ、この位なら神も許してくれるでしょう、多分。
ともかく、まずは考えて想いを伝えないと。想うだけでは伝わらず、願ったからといって届くとは限らない。絶対が無い以上は、私に出来る事はただこうやって寄り添う位なんだから。
私だって……
「そうだね、私だって好きという感情に甘えずに神父様に……神父様に……甘えているつもりはないけど、好きっていう感情ってどうしようもないよね……」
「……分かるな」
「……分かっちゃうよね」
「……うむ、応援しているぞ、シア――シスター」
「……ありがとう、迷える子羊さん。私も応援している」
「……ありがとう」
妙な間の後、自然と解散と相成った。
不思議な事に、しばらく懺悔室から出たくなかった。
◆
そして私が懺悔室から出ようとした時に、また次の懺悔者が来た。
「修道女よ、ヴァ――妻から逃げてしまう罪深き俺を許して欲しい」
「…………」
来たのはクロ……もとい仮名Cさんだった。
もう悩んでいる暇あったらさっさと結婚すれば良いのに。あ、してたわコイツら。
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