追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
灰-風邪をひいて_3(:灰)
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目を覚ます。
その事に気付いた時、私は今まで眠っていた事を知った。症状は抑えられていたとはいえ、やはり疲れていたようだ。
「……こほっ」
咳を一つ払い、寝ながら首だけを回し周囲を確認すると、灯はなくすっかり暗くなっていた。
日の短い季節ではあるので、暗いだけではあまり時間も分からないが静まり具合と星の位置から深夜である事が分かる。
確認すると同時に、体調が少し復調したのと眠気がない事。そして喉が渇いた事を自覚する。
「――よいしょっ、と」
動かす事に特に問題無い事を確認すると、私は身を起こし水を飲もうとする。
確か私の近くに置いてあって――
「む、起きたか、弟子よ」
と、確認しようとするよりも早く声をかけられた。
深夜で気配も少なかったので、もう居ないか寝ているものと思っていたがどうやらアプリコット様は起きられていたようだ。寝ている私に気を使って出来るだけ気配を消していたようである。
「水分か? ならば林檎をすりおろしたモノを飲むと良い。無理ならば水で良いが」
「あ、では林檎の方を……」
「うむ」
アプリコット様は座っていた椅子から立ち上がり、近くにあった林檎を風魔法で浮かせ、砕き、零れないように調整しながらコップへと淹れる。……風魔法はあまり得意でないはずなのに、難なくと上手く扱っている所は本当に素晴らしい。
アプリコット様に淹れたての林檎ジュースを頂き、少しだけ飲んでみる。
「飲めそうか?」
「……はい、大丈夫そうです」
「そうか、良かった」
飲んでみて特に戻そうという気にも、これ以上飲めないという事はない。どの程度寝たかは覚えていないが、吐き気が込み上げて来ない程度には復調したようだ。
「随分と、寝てしまっていたようですね」
「そうだな」
私は飲みながら窓の方を向き、星と月の光が輝く外を見る。寝る前はまだ雪が降っていたと思っていたけれど、今ではシンとして静かである。
それと……
「寝る前は確か父上と母上が私めの様子を確認しにきて弟と妹が出来るために執務室に戻って、私め達は、ま――」
「記憶を捏造しない事だ、弟子よ」
む、違っていただろうか。
確かそんな事が……ああ、そういえば弟か妹の件は違うと否定されたのであった。クロ様とヴァイオレット様が様子を見に来たのは事実であったが、すぐに寝てしまったのであった。
「どの程度寝ていたのでしょうか」
「十一時間程度だ」
十一時間。
いくらなんでも寝すぎではないだろうか。だから眠たくならないのか。
今の私のやるべき事は早く治す事なのだから寝るのは間違いではない。ないが――あれ、となると……もしかしてアプリコット様はずっと傍に居られたのだろうか。
「アプ――んむ」
その事を聞こうとすると、私が言葉を続けるよりも早く私の口がアプリコット様の人差し指で塞がれた。
「なにを聞きたいかは分かるが、今は休む事が仕事だ。疑問は全快した時に聞こう」
アプリコット様は私の疑問などお見通しと言わんばかりに私の言葉を遮った。
……三歳しか違わないが、アプリコット様に敵う気がしない。まだまだアプリコット様にとって私は子ども扱いのようだ。あと、アプリコット様に唇を触れられると妙に心拍数が上がったが――やはり風邪は治りきっていないようだ。アプリコット様の言うように今はお言葉に甘えて休もう。
「……いずれ、このお礼をさせて頂きます」
「師匠としての当然の務めだ。別に構わない、が」
構わない、という所で私がそうはいかないと言葉を続けようとするが、アプリコット様はそれすらも見越したかのように、が、という部分の語調を強め私に言葉を言わせない。
「それでもお礼をしてくれるというのならば、弟子が淹れた珈琲が良いな。弟子は拘っている分、本当に美味であるからな」
微笑むアプリコット様は、その時が楽しみかというように微笑んだ。
……ああ、そうだ。何故私が珈琲や紅茶を拘って淹れるようになったのかを思いだした。
確か昔クロ様に珈琲を淹れてあげたら美味しそうにしてくれたから淹れるようになったのだ。
喜んで貰えたから、私は淹れるようになったのであった。大切な相手が、私のお陰で喜んでくれるという事実が私にとっても嬉しい事であった。
「返事は?」
「……はい、勿論です。最高のモノをご用意いたします」
そして――
「うむ、良い返事だ」
そして、今目の前の笑顔のように大切な相手に笑顔になって欲しいと願い、淹れるようになったのだ。
そんな当たり前の事を思い出した、冬の夜の事だった。
「はい、そして治った暁には弟子として師匠をこれからも支えていきます!」
「うむ! 治った暁には我が新魔法も見せてやろう!」
「おお、それは楽しみです!」
「うむ! だから早く休むと良いぞ、弟子」
「休むとは言いますが、アプリコット様。どうやら寝すぎたようで、あまり眠れそうになさそうです」
「む、そうなると……よし、我が寝物語を語ってやろう。弟子はベッドに入って聞くだけで良いぞ」
「おお、ですがそれでは私めは興奮して眠れないのでは?」
「ふ、安心するが良い。こんな時の為に我が話のレパートリーは多くあるのだ!」
「流石です、アプリコット様!」
そう、アプリコット様の場合はいわゆる師弟愛というヤツの為に!
私は師匠の役に立つのが嬉しいのだ!
備考:サブタイトル
『○○に気付くのはまだ先』
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