追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

灰-風邪をひいて_2(:灰)


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 ヴァイオレット様に何枚もかけられたカバーのお陰で大分温かく、氷術石を利用した熱を冷ます魔道具のお陰で少し楽になって来た。
 さらにはエメラルド様とオーキッド様が持ってこられた薬のお陰で熱は大分引き、始めと比べると頭も回るようになってきた。が、まだ気分が悪い所もある。なんというべきかぐるぐると周っている感覚、というやつだろうか。

「申し訳、ありません、アプリコット、様……こほっ」
「気にしなくて良いぞ。なにか気になる所はあるか、弟子よ? 冷やす奴を変えた方が良いか?」

 【空間保持アースガルズ】にて感染予防をして居るアプリコット様が汗で湿った服を脱がせ、身体を拭いてくださりながら心配そうに尋ねてくる。
 頭を冷やすモノはまだ十分に冷たい。
 気になる所というと……まだ部屋も温かくなっており、湿度も特に不快感は無い。食欲はまだあまりわかない。水分は取れるので脱水状態にはならない。汗をかいて少し服が湿り、不快感はあったが、今拭いて貰い新しい服を用意してくださっているのでそれは問題無い。
 強いて言うのならば……

「私めが、倒れると、クロ様とヴァイオレット様の、身の回りのお世話などが……」

 後は気になる事と言えば、普段ならば今頃年末年始において領主として色々と仕事があって忙しいのに私が倒れて迷惑を掛けてしまっているという事だ。
 難しい事はよく分からないが、私でもできることは出来るはずなのに、仕事を増やしてしまっている。

「……気にする事は無い。今はヴァイオレットさんも居る。いつもよりは楽であろう」
「ですが……」
「我が看病しているし、早く治すことが親への孝行だ」
「むぅ……」
「むくれても駄目だ」

 アプリコット様は私を嗜めながら一度タオルを絞り、私の背中を拭いていく。
 確かに早く治せば早く仕事の手伝いも出来る。そして空いた時間にはアプリコット様やブラウンさんなどと遊ぶ事も出来る。
 分かってはいるのだが、こうして休むことしか出来ない状況がひどくもどかしい。それに……

「ですがクロ様はお湯を沸騰させてから七秒経った後のお湯に焙煎を十秒間隔で二回繰り返し三滴零れた後に四回に分けて中心から五回巻く渦巻にお湯を直角から注いでいかなくては満足のいくコーヒーを淹れられません……!」
「お、おおう、弟子よ。そんな細かな淹れ方を毎回やっているのか……」

 当たり前である。珈琲も紅茶もその時々の表情というものがある。
 今言ったのもあくまでも傾向があるだけで時期や銘柄によって変えている。淹れるのならば満足のいくまでやらなくては。
 権利だ対策だの難しい事は浅学の私には分からないのだから、出来る事をやらなくては。
 ……あれ、でもなんでここまで拘る様になったのだろう。

「今の状態の弟子が入っても逆に迷惑が掛かる。珈琲はクロさんも淹れるし、無事の確認が出来ねばヴァイオレットさんの精神的にも危うい。ほら、拭き終わったから替えの服を着て大人しく寝る事だ」
「うぅ、はい……」

 ともかく、アプリコット様の言う事が正しいので私は大人しくしぶしぶ服を着る(+着せて貰う)。
 分かってはいるのだけど、どうしようもないと奴なのだ。

「いわゆる嫌よ嫌よも好きの内、状態なのですね……こほっ」
「何故急にその言葉が出たかは分からんが、使い方が違うという事は分かるぞ」

 む、違うんだ。
 確か口では嫌と言っていても脳や身体が別の事をやろうとしている状態と聞いたのだが。確かカーキー様がそういうぷれいではよく見る、とイエロー様と話しているのを聞いただけであるが。確か同時に似たような意味でクッコロというのも聞いたが。

「ところで、ヴァイオレット様が精神的に危うい、というのは……こほっ」

 しかし、ヴァイオレット様の精神が不安定になるとはどういう意味だろうか。
 私は着替えた服のまま寝転がり、アプリコット様に掛けカバーをかけて頂きながら聞いてみる。

「ヴァイオレットさんが弟子の体調が心配で早く治らないと気が気ではないのだ。愛されている証左というヤツだ」
「……それは」

 それはとてもありがたい事だ。
 私に産みの母や父の記憶は無いが、そこまで大切にしてくださるのならば私は幸福だ。
 それにこうして魔法の師匠であるアプリコット様にも付きっ切りで看病してもらえている。
 迷惑かけた分、復調したのならば恩返しの為に働かないと――

「ほれ、汗も拭いてスッキリしたのならばもう休め」
「はい、そうします。今頃クロ様と、ヴァイオレット様が一緒に仕事を……一緒に……?」
「? どうしたのだ、弟子」

 そういえば今頃クロ様とヴァイオレット様は領主としての仕事に追われているはずだ。
 領民が少ないので本来は仕事は少ないはずなのだが、何処かの誰かのお陰で仕事は定期的にやって来るので処理をする必要があるとクロ様は以前説明してくれた。

「確かクロ様達は今書類仕事を為されているのですよね……?」
「そうだな。いつでも対応できるように家内で終わらせられる仕事をすると言っていたな」
「つまり、今頃執務室で……こほっ」
「そうだな、クロさん達は両者共執務室に居ると聞いている」

 なんだろう、このシチュエーションは何処かで聞いたことがある気がする。
 そう、普段なら居る第三者がなんらかの要因で居ない。
 そしてその第三者が外出や病気などで身動きが取れない。
 さらには執務室というここから少し離れた場所。

「確かこの屋敷を立てた領主が少し立派に建てたと聞きますが……」
「……ああ、ある条件に限り中の音が外に漏れないように出来るとかなんとかいうヤツか。まったく、建てた領主はなにを――と、そんな事は今言う事では無いな。それがどうしたのだ?」
「密室で、父上と母上しかおらず、邪魔が入り辛く、いつもと精神状態が違う母上……」
「む?」

 そして私は一つの結論に辿り着く。

「つまり、私めに弟か妹が……!?」
「違う」

 だが私が出した結論はあっさりと否定された。
 いつもよりハッキリと否定されたのは気のせいか。

「ですが夫婦仲良くしていると子供が生まれると……」
「間違ってはいないが、違う。仲が良いのは確かだが、今の状態でない事は確かだ。というか今の状態で弟子の想像した通りだと割と最低な事だぞ」

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