追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
【5章:年末年始と小話】 年末年始はいつも通りに
シキに戻って来た。
数日しか首都に居なかったにも関わらず、大分懐かしく思える。なんか三ヶ月くらい離れていた気がする。
まずは領主代行をしてくださったスノーホワイト神父様にお礼を言わなくてはならない。帰って来た日は深夜であったため、日を改めて次の日の午前中にお土産を幾つか持ち、ヴァイオレットさん達と家を出た。
「すっかり積もりましたね」
シキは雪はそれなりに積もる気候なのだが、今年は降るのが遅くて行く前は雪が積もってはいなかったが、今ではすっかり雪景色だ。雪だるまとかカマクラとか作れそうである。
「昨日も思ったが、改めて明るい時に見ると本当に積もったのだと実感するな……光が反射していつもより明るく見える」
「首都ではここまで積もるのはあまり見られませんからね……あ、足元とか注意してください。わりと足をとられますから」
「ありがとう。だが何度か雪のある地方には行っているから慣れ――ていてっ!?」
「――おっと」
「……すまない、クロ殿」
家を出て早速ヴァイオレットさんが雪に足を取られて転びかけていた。
シキに来てから慣れて来てはいるだろうが、元々は土を触ってこなかったのだ。地面が土の雪の積もった地の歩きは慣れていないだろうと気をつけておいてよかった。
近くに居たお陰で、身体を支えられて手を取ることが出来――
「…………」
「クロ殿?」
「あ、いえ、気をつけて下さいね。転んでも雪がや――クッションになるとは言え、限度がありますし濡れたら霜焼けとか風邪とかもありますから」
「ああ、気をつけよう」
落ち着こう。今日のヴァイオレットさんはいつもより厚着だったので意識はしていなかったが、今近付いた時にふわっと良い香りを感じ先日の事を思い出してしまった。
そういえば今朝早くにお風呂に入っていたな。同じ香油を使っているはずなのにどうしてこうも香りが違うのだろう。さらに不思議そうにこちらを見上げると肌が見えているのが顔部分くらいしかないので、どうしても……落ち着こう、そんな事を考えていると気持ち悪いと思われてしまうかもしれない。ヴァイオレットさんにそのように思われたくはない。
「あ、ちなみにこの時期は偶に褐色大人ショタが雪の中で眠っている事があるので注意してくださいね」
「待て、大丈夫なのか? 注意で済む事なのか?」
「二、三日程度なら放っておいても大丈夫っぽいです。冬眠のようなモノ扱いらしいです。とは言え、無事はきちんと確認しますが」
「……注意しておこう。あの子は強いのか鈍いのか分からない子だな」
多分両方だと思います。
去年なんか俺の誕生日の後、新年まで家の布団で寝続けていた事もあった子だし。
ともかく話題は逸らすことは出来た。ヴァイオレットさんの体勢に問題無いと確認すると、そっと離れバレない程度に冷たい空気を吸い込み心を落ち着かせる。
「それじゃ、行きましょうか。グレイも行こう」
「あ、はい、承りました」
少し落ち着いた所で、先に外に出て手の平で作れるサイズの玉で雪だるまを複数作っていたグレイに呼びかける。
ああいう無邪気な姿を見ていると、グレイにシキの子達と遊ばせるようにしなくてはな、と思う。グレイには挨拶もそこそこに途中で子供達と遊ばせるように取り図ろう。
「……別に離さなくても良いのだがな」
◆
数少ない子供達がそれぞれ元気に雪遊びをして、俺達に気付くと元気よく駆け寄ってお土産話とお土産をせがんでくる。
こういった無邪気な子達を見ていると、将来的にシキにいる変態の様にならない事を祈るばかりである。数少なくはないが居る変態性を許容できるシキ元来の住民の様になって欲しいと願わずにはいられない。
「ねぇ、シュトにはシキよりも色んなシュゾクがいて、ヒトも多いって本当なの!?」
「シュトはイナカのシキと違ってヘンタイ、というのが多くいるんでしょ!?」
「エメラルドおねーちゃんがウモレルようなドク好きがいるって本当!?」
「カーキー兄ちゃんもビックリなオンナタラシがいるんだよね。わたしの年でもコーフンするようなヘンタイがいるって!」
うん、この辺りはきちんと教えてあげた方が良いかもしれない。シキレベルの変態が溢れかえっていたら王国は亡国になってしまう。
一応俺とヴァイオレットさんで多少動揺しながらも「そんなことはない」と一つ一つ誤解を解いていった。
「そうなんだー!」
「クロにいちゃんがいうんならたしかだねー」
「トカイのオンナのヴァイオレットおねーちゃんがいうんならそうなんだ!」
まぁでも、俺が来た時は領主は信用されなかったし、ヴァイオレットさんが来た時は若干威圧的な感じが残っていたのと、人見知りな所もあってこんな風に話しかけて貰えなかったから良い傾向と言えば良い傾向なのかもしれないが。
「無邪気だな、子供は」
「ええ、成長を見守らないと実感しますね」
ともかく子供が喜びそうな少し派手な安全魔法玩具のお土産を渡し、頭を撫でてあげるとそれぞれが嬉しそうにした後に「じゃ、またねー」と言いつつ見送られた。
色々な変態性に溢れかえってはいるが、変態性が濃ゆくないああいう住民もいるのだ。
二十歳にもなった事だし、より一層領主として仕事を――
「おい、首都には色んな種族が集まって少年祭をしたというのは本当か!」
「怪我はしていないのか! カサブタでも良い! 首都を経て帰って来てからの怪我経過を観察させろ!」
「首都で新たな毒物が発見されたと聞いたが密輸はしたのか!」
「新たな女の子をシキに連れてくる目途はたったか!? なに、無い? ならば今から行ってくるぜハッハー!」
――まぁこいつらも大切な領民と言えば領民だ。
もし自身らの問題がシキに及ぶ時は守らなければならないな。
「……無邪気だな、大人も」
「……ええ、ある意味そうですね」
己の欲望に対して邪気が無いので無邪気というので、ある意味間違ってはいないがこんな無邪気は嫌である。
とりあえず……
「はい、最新の怪我の新事例の書に、毒蛇の漬物、あとお前の好きな店のレビュー本」
『しゃっあ!』
「そしてグレイ」
「こちら私めが首都の紙で作りましたお守りというものですが……これでよろしかったのでしょうか」
「ひゃっふっ! ――んんっ、ありがとう、グレイ君。首都は楽しかったかい?」
「はい、楽しめました!」
とりあえずそれぞれが喜びそうなものを渡していった。頼んだら寸分の間違いも無く集めてくれたバーントさんやアンバーさんには感謝しなくては。……特にカーキーに対してのレビュー本は感謝しなくては。別に買わなくても後腐れない奴ではあるけれど。
「時に、俺が留守中変な事は無かったか?」
「どの程度を変というかにもよるぞ」
「お前らが変と思う程度だ」
「クロ殿、その聞き方はどうかと思うぞ」
そう言われても、毒を含んで倒れていたとか全裸の変態が己の美しさを誇示してくるとかだったらまだシキでは普通だ。慌てて対処するだけで良いし、細かい事は神父様に聞けば良い。
不安に思うとしたら首都で会うと思っていたアレとも会わなかったから、シキでなにかしていなかったかという位だが。アイツにシキをどうこうできるとは思えないけれど、念のために聞かないといけない。
「特に無いな……こんな怪我の症例が……はぁ、はぁ……!」
「特に目を引く者は無かったな……これさえあれば万能薬に一歩……はぁあ……!」
「いつも通りのシキだったぜ! ……ハッハーぁあ……!」
「俺はいつも通り鉄をうってただけだったからなぁ……はぁ、これが、これがグレイ君の……!」
「そうか、良かった」
「これは良いと言って良い状況なのだろうか……」
「そのままでいてください。慣れて良いモノでもありません」
「う、うむ……?」
ヴァイオレットさんも多少は慣れては来て入るが、この状況には多少抵抗はしていて欲しい。それぞれが本とかを手にして興奮している姿というのは俺だって抵抗感がある。憲兵とかいたら間違いなく捕縛対象である。
ちなみに後で知った事だが、ブライさんはグレイが心配で心配で碌に武器をうてなかったらしい。家には積み上げられた捨石山で溢れかえっているとの事。グレイも成長して少年じゃなくなるのに大丈夫なのだろうか、この鍛冶師。
「よく分かりませんが、皆様に良いモノを渡せたようなによりです。私め達の首都への良い思い出を皆様に少しでも共感できたのならば嬉しい限りです」
「…………」
「あ、あの、ヴァイオレット様? 何故無言で抱きしめるのです?」
「なにも言わなくていい。グレイは私達の癒しでいてくれ」
「は、はぁ……?」
そしてグレイはこの興奮している様子を見て、喜んでいる判断したのか嬉しそうにしていた。喜んでいるというのは間違ってはいないのだが、純粋と言うべきなのか素直に喜べない感情とヴァイオレットさんの言うように癒しでいて欲しいと思う気持ちがせめぎ合ってしまう。
「あ、そうだ。一昨日は二十歳の誕生日だったな、クロ。ほれ、怪我対治療用の包帯などだ」
「クロ坊、包丁とか一式だ。新婚の時は急で渡せなかったからな。キチンと研いである」
「ああ、私も渡す予定だったんだ。ほれ、冷えた時に飲む漢方だ。グレイにも飲めるように調整してある。まぁ持ち歩くのも不便だろうからな。私がコイツらのも含めて持って行っておいてやる」
「お、おう。ありがとう」
……こいつら、本当に普段は変態だけどしっかりしている時はしているからなぁ。だからこそ領主として俺もなんとかやれている訳だけど。領主の誕生日をわざわざ物付きで祝ってくれるなんてそうそうないぞ。
「ああ、そうだった。俺もこれを渡すぜ!」
「……ちなみに中身は?」
「四十八の体勢簡単解説書とサテュリオンっていう、一粒でチョコの百倍効果のある代物さ! そろそろマンネリ化するかもしれないからなハッハー!」
「ありがとよ、だが有難迷惑だ!」
「ぐっふー!?」
とりあえずこの下半身で生きている男に対しては普段もアレだが気遣いもアレなんだ。
いや、悪いヤツでない事は分かっているのだが。
「ヴァイオレット様、チョコ、というと以前食べた食べ物ですよね? 私めは食べた後の記憶が曖昧なのですが……百倍というとどのようになるのでしょう?」
「私も美味しかったという記憶しかないな……だが栄養が百倍という事は……保存食のようなモノだろうか?」
「成程。では四十八の体勢というのは?」
「私にもよく分からないな……アンバーが将来の私に必要と言ってはいた気がするが」
とりあえず妻と息子に興味を持たれて変な知識を植え込まれる前に前にさっさと去るとしよう。いや、俺も詳細は知らないけれど。
……なんとなく懐かしさを感じるシキではあるが、年末年始も相変わらず騒がしくなりそうである。
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