追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

アドバイスを受けた結果_未然に防ぐ(:灰)


View.グレイ


 私達が泊っている宿泊施設の一室で、私達はクロ様の誕生日サプライズパーティーを開いていた。
 内容自体は、出来る限り平静を保って帰り、暗くなったクロ様の部屋の雷術石あかりを付けた所で、アプリコット様とシアン様がケーキをクロ様の前に差し出し、「誕生日おめでとう!」と皆で言い、ロボ様がクラッカーを鳴らすという簡単なものだ。ちなみにロボ様はギリギリまで復讐をしようと狙ってきた麻薬組織の残党を返り討ちにしていたらしい。だがどうにか間に合いたいと必死に片付けたとの事だ。
 下手に凝っても良くないというのと、首都に居るからシキでのような勝手は出来ないという理由から結論に至った誕生日企画サプライズである。
 そしてサプライズは上手くいき、まずはクロ様に主役に相応しい服装をしてもらおうと思ったのだが……

「……シアン、これはなんだ」
「どっかの民族の仮面。誕生日に被ると良いんだってさ」
「……アプリコット、これは?」
「全身タイツである。顔は出せるがな。温かいぞ」
「……ロボ、これは?」
「ビキニアーマートイウ、異国ノ衣装デス。由緒正シイ衣装ラシイデス」
「……どうしろと?」
「主役だから、被って」
主役プロタゴニストだから、着るのだ」
「主役デスカラ、着テクダサイ」
「ふざけんな」

 クロ様はせっかくのプロデュース衣装を着るのを躊躇っていた。何故だろう。
 あの仮面は何処かの民族が二十歳を迎える際に被る神聖な仮面らしいし、ビキニアーマーとやらは由緒正しき伝統衣装との事。全身タイツはまさに……まさに…………アプリコット様が勧めているのだから良いモノなはずだ。そうに違いない。

「むぅ、クロさんが着ないのならば誰かに着て欲しいのだが……盛り上げるのに丁度良いと思ったが」
「仕方ありません、アプリコット様。クロ様が着ない以上は私めが着ましょう。確か、伸縮自在の素材のフリーサイズ、なのですよね?」

 だから私が進んで着ることにした。
 アプリコット様の選んだ衣装、というのにはやはり興味がある。

「グレイ、多分これはネタ的なモノだから、気にしなくて……」
「調味料を買いに行った時に見つけてビビッ! と天啓が来たのだが、クロさんが着ないのならば仕様があるまい。弟子よ、着てもらえるか。似合うと思うぞ」
「えっ、本気で良いと思って勧めていたのか……!? インナーと勘違いしたとかではなく、これを……?」

 クロ様が何故か戦慄した目でブツブツとなにかを呟きながら全身タイツとそれを持つアプリコット様を交互に見ていた。
 服飾関係に関しては興味を持ちやすいクロ様ではあるが、今回の服はお眼鏡にかなわなかったようである。残念だ。

「せっかく夫婦揃って着られるように女性用も用意したのだが……」
「えっ、あの服を私が……? クロ殿とお揃い……いや、さすがにラインが……」
「ヴァイオレットさんが……いや、駄目だ。色々と駄目だ」

 そして二着目の全身タイツも用意していたようだが、ヴァイオレット様も着るのは躊躇われるようだ。折角ならばお揃いの服装の姿を見たかったのだが……躊躇われるのならば仕様がない。クロ様も見たがってはいるようだが、駄目なようである。

「仕方あるまい、なら我と弟子で着ようではないか。さっそく隣の弟子の部屋に行くぞ! これを着た我らが登場し、宴を盛り上げようではないか!」
「はい、お供いたします!」
「はいはーい、いてらー。あ、帰りに追加の飲み物も持ってきておいて貰える? 確かレイちゃんの部屋にあるよね」
「承りました」

 私はシアン様の頼みに了承の返事をした後に礼をして、ご機嫌なアプリコット様の後ろについて部屋を出る。どうやらアプリコット様もこの服? を、着たがってはいたようだ。だが今日の主役がクロ様なので譲ろうとしていたのだろう。
 流石はアプリコット様、いつでも誰かにお優しいお方だ。

「……あれ? 兄さん。グレイ君とアプリコットちゃんだけに行かせて大丈夫だと思います?」
「? あぁ、服装的に全部脱がないと駄目だからか。流石に別々か背を向けてだろう、良い年齢だし」
「だよね」

 出る時にバーント様とアンバー様が会話をしていたが、シアン様の絡み酒とロボ様の革命的レボリューション七色レインボー花火リトルフラワーによって聞き取れなかった。
 私とアプリコット様は部屋を出て、隣の私の泊まっている部屋へと移動する。ロックを解除し、部屋に入るとアプリコット様は意気揚々と服を着替えだす。

「さ、早く着替えるぞ弟子よ。上手く着れないようであったら我が手伝うが」
「ありがとうございます。ですが大丈夫です、着替えましょう。……ちなみにこれは下着の上から着るものなのでしょか」
無論全てオール脱ぐぞネイキッド。脱いでから着て、その上に服を着るのだ」
「了解いたしました」

 アプリコット様は説明しながら魔女の帽子を脱ぐ。すると黒い髪が靡いて、ふわっと部屋の空気が少し華やいだ感じがする。それにしても相変わらず綺麗な髪である。ヴァイオレット様とも変わらぬ程の美しい髪は、貴族のような高貴さがあるといっても過言ではないだろう。
 そしてマントを脱ぎ、後はワンピースの服のみになる。
 魔女服とは装飾はある程度施されてはいるが、構造は思ったよりもシンプルで着脱しやすい服装だ。早く私も着替えなくては遅くなってしまう。
 あ、そういえば魔女服と言えば……

「そうです。アプリコット様、ひとつよろしいでしょうか」
「ん、どうした弟子よ?」

 私はふと思い出した事があり、ソレを実行するために必要なものを用意をしてから、さらに服を脱いでいるアプリコット様に近付く。

「……ノンアルコールのシャンパン? 我と弟子の分のようだが……何故今急に?」

 そう、私が持っているのはシャンパンだ。
 本当は勝手に開けるのは良くないと分かっているのだが、先程のヴェール様の話を思い出し、今なら実行できると思った。

「はい、先程のパーティーにて知り合ったお方に、“気になる女の子に対し、シャンパンを渡すのが良い”と教わりまして」
「気になる女の子……?」
「ええ、どうも好意を抱く女の子いせいに対して、会話をするのに良いいう事らしいです。ので、好意を抱く女の子いせいと言えばアプリコット様ですから」

 ヴァイオレット様は家族であるから違うような気がしたので除外した。ならば一番私が気になっている……好意を抱いているのはアプリコット様になる。だから実行してみたのである。
 よし、これならば上手くアドバイスを活かせたと思う。クロ様やヴァイオレット様はもう少し他者に言われる事の取捨選択をして聞くように、と言われているが、今回の様に私も活かせる時はきちんと活かせるのだ。これならば心配されるような事もないだろう。

「う、うむ、よく分からないが頂いておこう。……だが、こういうのは宴の最中などに渡すモノなのではないか? そして会話をする……つまり、会話のきっかけを作るという事は、今こうして自然と話せている相手には意味が無いと思うぞ」
「――ハッ! 成程!?」
「相変わらずだな、弟子よ」

 しまった。確かにヴェール様もパーティーの最中の注意も含めた中でのアドバイスであった。確かにパーティーの最中ではあるが、今ここで渡しても意味が無いという事ではないか。
 これではただ言われたからやっているだけである。まるで私が影響の受けやすい存在のようだ。そんな事は無いというのに。

「ふ、気になる異性女の子、か。……成程な。今は異性の師匠であるから我だが、いずれ……」
「アプリコット様、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。弟子もいずれは我ではなく……と、気にするな、早く着替えよう」
「……?」

 それ以上は何故かこの話題を続けるのは躊躇われた。
 ……何故だろう? 今のアプリコット様の感情がよく分からない。何処か遠い目をするような……? 不思議と感情が分からないのが気になって――感情が分からない? となると……

「あの、もう一つよろしいでしょうか」
「今度はどうしたのだ?」

 私がもう一つ思い出した事があり、失礼だと思いながらも提案をしてみる。

「先程私めは従者として他者の機微に疎いと実感しまして。その際に他者の感情を知る良い方法があると聞き及んだのですが……試してみてもよろしいでしょうか」
「うむ? 良くは分からぬが……とは言え、弟子の精進から来る頼みクエストだ。ドンと来るが良い」

 アプリコット様は私の言葉に疑問を思いつつも、内容を聞かずに私の提案に対して胸を張り承諾をした。流石である。器が広いお方だ。
 私は持っていた全身タイツを近くに置き、失礼をして私より少し高い程度の身長のアプリコット様の前に立つ。
 だがやはりと言うべきか、この距離でもアプリコット様の音で感情は把握できない。……やはり、やるしかないのだろうか。

「失礼します、アプリコット様」
「ん、なにを――むっ?」

 私は少し屈み、アプリコット様に抱き着き身体の辺りの頭を近付ける。そして出来るかぎり音が聞こえるように耳を澄ませて音を聞き取ろうとする。

「……なにをしているか聞いても良いか、弟子よ」
「はい。バーント様に他者の感情はあらゆる対象の音により判断できると聞き及びました。ですので、少しでも音を感じとって感情が分かるか試そうかと」

 だが、心音などは聞こえるが感情は読み取れない。……やはり私には従者としての精進が足りないのだろうか。
 折角ならばアプリコット様の感情を読み取ってみたいと思ったのだが……

「うむ、事情は分かった。ただあの兄妹ブラザーズはあまりにも特殊アブノーマルだ。参考にしてはならん」
「えっ、何故でしょう」
「説明は難しいがアレは特殊で自身の長所を活かしたものだ。弟子の長所は別にあるのだから、別の方法で機微を読み取っていけばよい」
「そうですか……シアン様やブライ様にもしようと思ったのですが、止めた方が良いでしょうか」
「ブライさんには絶対やめろ。只でさえ我慢しているアヤツの歯止めが利かなくなってしまう」

 どういう意味だろうか。……歯止めとは?
 ともかくアプリコット様がそのように注意なさるのならばやめておこう。
 私の長所というのは分からないが、アプリコット様はそれを自身で見つけて活かすべきだと言いたいのだろう。

「……それとそろそろ離れるのだ、弟子。肌に密着されると動き辛い」
「あ、失礼いたしました」

 私は抱き着きをやめて離れ、身を正し礼をする。
 確かにあまり密着するのも良くはない。アプリコット様は着替え中で着衣が乱れている状態でもあるので、体制もとり辛いだろう。それに何故か私の心音もいつもより激しいので呼吸を整える必要もある。

「……ふぅ。我も呼吸を整えねば。…………何故我の呼吸が乱れているのだ?」

 アプリコット様も私と同じようにいつもより呼吸が乱れている気がしたが、私は呼吸を整えるのに必死で何故かは聞くことが出来なかった。





備考:プレゼント一覧
どっかの民族の仮面
割と由緒正しい仮面。誕生日に被ると夫婦円満・健康長寿の加護が得られる(錯覚)。

ビキニアーマー
ようは魔力を持った下着。衣装の下に着る。決してこれ単独の衣装ではない。

全身タイツ
伸縮自在のインナー。冬でもあったかい防寒具。決してこれ単独の衣装ではない。

革命的レボリューション七色レインボー花火リトルフラワー
範囲内以外には音も光も漏れない不思議機能搭載の派手なクラッカー。仕組みはロボも良く知らない。

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