追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
拳で殴り合うようなもの(:菫)
View.ヴァイオレット
友達。
私がかつて貴族には不要だと切り捨ていた存在。
相手を同等と認めて、心を許すことが出来る存在。
今の私だと、友達と呼べる存在はクリームヒルトやシアンさんなどを始め少しずつでき始めたが……
「……すまない、聞き間違えでなければお前は今」
「貴女と友達になりたいと言いました」
そしてその“友”に彼女、メアリー・スーがなりたいと言い出した。
私がかつて嫉妬し、侮辱した彼女が私と……?
――はっ、まさか!
「将を射んとする者はまず馬を射よという……!」
「クロさんは魅力的な方だと思いますが、そういう事ではありません」
違うのか。
クロ殿を好きになったから、まずは私の方から油断させ近付いて奪うという事ではないのか。しかしだとすれば彼女の言葉がますます分からない。
「スー。私はお前とは友になれる資格は無い。私がかつてしてきた事は――」
「資格でいうならば、私の方が遥かに有りません。私が貴女達にして来た事を考えれば」
「どういう意味だ?」
「仔細は語れませんが――そうですね。酷い話になりますが、良いですか?」
「……構わない」
彼女は考える仕草を取り、少し間を置く。
以前のように優雅で綺麗なのだが……不思議な事に今までと違うように感じられる。なにが違うかと問われると分からないのだが。
「“他者への没頭は、支援、妨害、愛情、憎悪のいずれにしても、つまるところ自分からの逃避の一手段。競争は、基本的に自己からの逃走なのである”」
「……それは」
誰かの言葉のように彼女は語るが、誰の言葉かは分からない。
ただ意味としては……他者のために頑張る事は、相手を思う事であろうとも自分から逃げるという意味だろうか。つまりは。
「私はですね。“私”と“世界”から逃げていたんです」
つまり彼女は自己から目を逸らすために今までの振舞をしていたというのか?
だがそれにしてはあまりにも――
「逃げていたにしても、お前は多くの者を救ってきたではないか」
仮に彼女が逃げていたとしても、彼女がこのアゼリア学園を善くしようと尽力し、行動してきた。
初めは私を含む貴族達には睨まれてはいたが、今……学園祭では殆どが彼女を慕う程には彼女は私には到底為しえないあらゆる事を成し遂げて来た。
第一逃避であろうと、それを言ってしまっては他者を救う、という事が全て逃避になる。逃避に問題は無いと思うのだが。
「ですが、私が見ていなかったのも事実なんです。見ても居ないのに、取り繕った言葉だけで行動し……貴女を学園から追い出した」
「……つまり私を追い出した事に罪悪感を感じ、友達になる事で罪悪感を緩和したいという事なのか? 己がやって来た事は間違いだったと。私を追い出すべきでは無かったのだと。言うつもりなのか」
意地悪かつ以前の私のような嫌味な言い方になる。
しかしもしそんな理由で友となりたいというのならば、例え後ろめたさがあろうともなる気はない。そんなものでは対等とは言えない。
「違います」
だけど彼女は、真っ直ぐな瞳で否定してきた。
……ああ、そうだ。彼女は笑顔であり他者に優しくしながら、強さを持ち、間違っていると思う事はキチンと否定する。だから私は先程彼女が救っていると言ったんだ。
「罪悪感は確かにあります。ですが、私が幸福にしたいと願った事だけは否定したくはありません。空っぽでも、私は手の届く範囲を幸福にしたいという行動原理は、未だに変わっていません」
「……そうか」
それを聞いて少し安心した。
何故今になって“私は見ていなかった”などと言い始めたかは分からない。私の与り知らぬ所で彼女にとって転換期が訪れたのだろう。
だが、空っぽだとしても彼女は確かに私にも手を差し伸べた。
……そして、殿下達も私の知らぬ所で救われただろう。その想いを否定はしないのならば、それで良い。
「ですが、私は今まで目を逸らしてきた事に向き合いたいんです。敵対していてヴァイオレットを見ようとしていなかった、貴女と」
彼女は私と今相対しているのは優しさからも来ているだろうが、なによりも――
「私が見ようともしていなかった、貴女と向き合うために私がしたいと思う事をするんです」
「……それはつまり」
だから彼女は私と――
「ええ、貴女と友達になって、お話して、更衣室で胸を揉み合って、一緒にお風呂に入って、食べさせ合いっこをするんです! そうすれば貴女と向き合えると思うんです!」
「そうか、成程。……なる、ほど?」
あれ、おかしい。
途中まで納得していたはずなのに最後で理解できなくなった。
「待て、私も友が多く居た訳では無いが、何処かおかしかったぞ」
「私は昔本で読んだんです。女の子の友達は気になる異性の話をして、更衣室では互いの胸の大きさを確かめることでスキンシップを取り、お風呂でも同じように触り合い、互いに“あーん”と食べさせ合うモノだと! 場合によっては抱き合うとか!」
「何処の世界の話だ」
いくら女同士とは言えそんな過剰なスキンシップは……いや、有りうる……のか?
クリームヒルトがクラスの友と食べさせ合う姿を見た事があるし、彼女もまるでそれが当然とばかりに自信満々だ。
……私が世間知らずなだけで、世の女性友達同士というのはそういう事をする……のか?
「いや、そもそも私はお前と友となるべきではないという根本的な問題が残っているのだが」
よく考えれば資格云々の話はなにも解決していない。
彼女も彼女なりに思う所があるというのは分かったが、私が彼女と友になれば様々な障害が立ち塞がる。
「そんな、何故なのですか!」
「いや、私と友になれば殿下やアッシュ達が黙っていないぞ。そちらを解決しなければ」
「――はっ! よく考えればそうですね!」
彼女は今気づいたと言わんばかりに驚愕の表情になる。
……彼女が変わったのは確かだが、別のなにかが抜けている気がする。今は清らかな聖女というよりは、年齢相応の人族少女、という所か。
「それに私自身もまだ整理がついていないからな……」
他にも私自身のケジメが付いていないのもある。
まだ解決していないことが多いのに、全てを飛ばして彼女と友になるなど……
「そんな……ヴァイオレットがまだヴァーミリオン君が好きだったなんて……!」
「何故そうなる」
「え、ヴァーミリオン君がまだ好きだから、仲の良い私と友達になるのが気が引けるんじゃ? クロさんと夫婦でも過去の恋心が……的な」
「喧嘩を売っているのか」
売っているのならば高く買おう。
今はクロ殿が好きで好きで好きなのに、今更心の浮気を疑われては腹が立つ。
整理が付いていない、というのはそういう意味ではない。
「でも私が昔読んだ本では、今の彼氏と昔の彼氏の間で揺らぐ恋心……的な話が多かったんですが」
……いつか彼女の読んだという本について問い詰めた方が良いかもしれない。
「――はっ! まさか私が多くの男性に囲まれてしまっているのに嫉妬して……!」
「やはり喧嘩を売っているのだな!」
「何故そうなるんですか!」
「そうとしか聞こえない!」
よし、やはり喧嘩を売っているのだな。高く買おう。
彼女が多くの男性を魅了しているのが事実だとしても、私には不要なものだからな。
「残念だったな! 私にはもう愛しの夫も息子も居るものでな! どうぞご勝手に殿下とだろうとアッシュとだろうと多くの男性を侍らせでもするがいい!」
「未だに手を出してもらえない乙女がなにを言うのですか!」
「手を出しまくっているお前に言われたくない! お前は私より大人ではないのか!」
「私だってそっち方面はまだなのですよ! むしろそちら方面があったらR的なモノでもっと早く実感できていたのに!」
「なんの話だ! だとしてもお前はアッシュとキスをしたと噂になっているぞ! 殿下やエクルなどともしていているのではないか!」
「うっ……ぐっ……思い出してしまった……! うるさいです、結婚して四ヶ月も経ってキスすらしない夫婦なんてまるで仮面夫婦じゃないですか!」
「ぐっ……うっ……クロ殿が私を大切にしてくれている証拠だ! 私の気持ちに整理が付いていない内はと気を使ってくれているのだ!」
「ヴァイオレットみたいな魅力的な女性を前に我慢できるなんてクロさんも凄いですね! クロさんもヴァイオレットが好きなのは確かなのに!」
「ありがとう!」
「――はっ、という事はまさか私と友達になれないのは、嫉妬や恋心ではなく、過去の清算と私の周囲の方々が原因という事に……! ですがまずは乗り越えるために友達から始めませんか!」
「どういう意味だ!」
「私達がまず仲良くなろうとする事で、周囲に異を挟ませないのです! まず一歩を踏み出さねばなりません! そのためにもまず友達から!」
「よし、友達でもなんでもなってやろうではないか!」
「本当ですか!」
「ああ、だからまずは謝罪させてもらうぞメアリー! あの時は色々と申し訳なかった!」
「いえ、私の方こそ配慮が足りていませんでした!」
私達は謝り合い、ガシッと手を取り合った。
わがたまりはまだあるだろうが、当初の目的である謝罪は果たされて――
……あれ、なにかがおかしい。
備考1:「クロさんは魅力的な方だと思いますが、そういう事ではありません」
意訳:良い方だとは思いますが異性としてはあまり……
備考2:R的なモノ
剣と魔法の乙女ゲー“火輪が差す頃に、朱に染まる”はR15なのでR18的な事はゲーム内では表現されません。
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