追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

まず会話を始めようとする所から


「そうですね、暴力はいけませんものね」
「分かってもらえましたか」
「では、裸で語り合う所からですね!」
「服を着て話し合いましょう」
「ではいっそ壁ドゥンからの脱衣……?」
「いっそじゃない」
「難しいですね……」
「難しいかもしれませんけど、根本が違うと思うんです。何故服を脱ごうとするんです」
「まずは己の全てを曝け出しあわないと駄目かと……」

 間違ってはいないだろうけど、間違っている。
 しかしメアリーさん自身もまだ混乱しているのだろう。ずっとゲームの世界だと思い、プレイをしている感覚だったのが現実だと認識しようとしている。一気にいかずに徐々に慣れていかないと難しいだろう。

「……でも、私にヴァイオレットと話し合う資格があるんでしょうか」

 メアリーさんはしばらく考えていると、なにかに気付いたかのように沈みだす。
 資格……というと、今までの扱いについてか。

「今部屋の外でヴァーミリオン君達が攻撃的だったような扱いを受けているのも知っていたのに、役回りという言葉だけで、まともに向き合おうとすらしていなかったのですから……」

 学園での扱いなどは知ってはいたが、そういう役回りなので気にはしなかった。
 俺がさっきまでのメアリーさんに腹を立てていたように、生き物とすら扱わない状態で婚約破棄と公爵家からほぼ絶縁状態に追い込んだ。
 ヴァイオレットさんが殿下を好きだという事を知っていた以上は、メアリーさんは面白半分で追い込んだ、と自身の行動に思う所があるのだろう。
 ……しかし、殿下達の態度に腹は立つし、先程の医務室前の発言に対して言いたい事もあるが、ヴァイオレットさんが攻撃的だったのも事実だろうしな……

「気にしないというのも駄目ですが、ヴァイオレットさんが貴女に攻撃的だったのも確かでしょう? 身分差とか色々言ってきたでしょうし」
「いえ、正直ヴァイオレットの叱責や周囲の方々の暴走によるイジメの類も“わ、本当にゲーム通りにやられている!”って認識だっただけですし」

 それはそれで良い事なのか判断がつかない所である。ここでもゲームの世界だからというのが役にたった? のか……

「まぁ、“はっ! 今は虐めていてもシナリオ通りに行けば私は殿下に好かれるんだから掌を返す準備だけはしておくんだな!”……みたいな感じじゃないだけ良いですが」
「思いませんよ! ……思っていないと思います。でも、ヴァイオレットに対しても紫水晶アメジストの紙飛行機とか思っていましたし……もしかしたら内心では……やはり酷い事を……うぷっ」
「し、深呼吸を! 落ち着いてください!」

 メアリーさんは俺の言葉に意気消沈し吐きそうになったので慌てる。
 ゲームの世界だと思っていた以上は、筋書き通りに行けば実際そうなると思っていただろうから否定はできないと言う所か。根は悪い子ではないのだろう。
 しかし俺の発言で沈んでしまっていては悪いし、殿下達になにをしたんだと問い詰められても困る。俺はどうにか前向きにさせようと悩み、ある事を思い出した。

「メアリーさん、そういえばお礼を言いたかったのですが」
「お礼、ですか?」
「ええ、メアリーさんのお陰で俺がヴァイオレットさんと出会えたという事です!」
「……はい?」

 俺の言葉にメアリーさんは吐きそうな表情から理解不能そうな表情になる。うん、先程まで嫌いと言っていたヤツが唐突にお礼を言って、意味の分からないことを言いだしたらそうなるだろう。ある意味成功である。

「どういう……意味でしょうか」
「言い方は酷いですが、メアリーさんがトゥルーエンドのようにヴァイオレットさんを学園から追い出したおかげで、巡り巡って俺という身分差が激しい男と結婚する事になったんです。うん、つまりは大切な相手に出会わせてくださりありがとうございます」
「え? ええ、どういたしまして……じゃないですよ!?」
「でもメアリーさんが殿下と仲良くせず、カサスで言うエクル先輩ルートと似た歩みだったら、ヴァイオレットさんはなんかよく分からない内に復活した竜種にやられてしまって俺に会うことは無いですし」
「そうですけれど……そうです、けど……!」

 辺境の男に嫁ぐルートは細かい派生を除けば、ようは殿下と仲良くならなければ起こりえない。……そりゃ大切な相手と仲良くされたから決闘を挑むわけだし、他では“決闘して負け、辺境の相手へ追いやられる”という事実が起こりえない訳だ。

「なので決闘という状況にしてくれてありがとうございます。お陰でヴァイオレットさんは死なず、俺と結婚してくださるという結果になりました」
「なんですかそれ。それでは私が善い事をした事になってしまいます」

 メアリーさんにとってはそんな事を一切考えずに行動し、偶々俺との結婚という結果に落ち着いただけでとてもではないが自分のお陰とは思えないだろう。

「俺にとってはヴァイオレットさんと家族になれたから、その点に関しては善い事ですよ。それに先程も聞いたでしょう。俺はヴァイオレットさんに――大切ニサレテマスカラ」
「……言われて顔を赤くするくらいは、クロさんもヴァイオレットが好きで、ヴァイオレットもクロさんが好きなんですね」

 そうだよ、貴女がさっき照れたようにあんな風に言われるのは嬉しいけど恥ずかしいんだよ。
 俺のそんな様子を暫く見ると、メアリーさんは先程まで沈んでいた表情を変え、小さくだが確かに笑う。

「ふふっ、ですが結果だけ見ればそうなりますね。過程は酷いですが」
「まったくですね。それに俺がシキに居た過程も酷いですし、過程なんてそんなものかもしれません」
「……ありがとうございます、私に気を使ってくださって。そうですね、ヴァイオレットだけ今と向き合わないのでは、今までと変わりませんね」
「ええ、ですから向き合う機会として、今度妻と息子も交えて“決闘ありがとう!”とお礼を言いに向かわせて頂きます」
「新手の嫌がらせですか」
「はい」
「認めるのですね」

 実際にそんな事をしたらシアンに「一回懺悔っとく?」とか心底心配そうな表情で言われそうなのでしないけど。
 ともかく、メアリーさんは「資格が無いから」と後ろ向きの考えは無くなったようだ。お互いに思う所や周囲の柵はあるけれど、当事者が向き合おうとしなければ話にはならない。それを自覚したメアリーさんが徐々にでも向き合おうとすることを祈るばかりである。

「やっぱりまずは向き合うために私が丸坊主に……もしくは低頭を二日間……出家……それともこの後のパーティーでお酒を飲んで、大人の語り合い……? 私ってアルコール大丈夫なのでしょうか……前世では料理に入った少量で死にかけましたし……」

 ……とりあえず、変な方向に行かない事を願うばかりである。

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