追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

だからこそ出来た事(:偽)


View.メアリー・スー


『幸福にしたい皆って、誰の事ですか?』
『その皆って、何処に居るんでしょうね』

 二つ言葉が私の中でグルグルと周り続けます。
 私はこの世界で生を受けて、父母や周囲の居る様々な種族の方々。多くの幸福を願ってきました。
 病弱だったとはいえ十七年間生きた知識があり、魔法や身体能力、そして偶然出会った錬金魔法の師匠の方に錬金魔法を教えて貰い、それらを十全に発揮できたため神童などと評された時もありました。
 そして私は思ったのです。

 ――この力と運命は、私がこの世界ゲームで皆を幸福にするために与えられたのです

 私が好きな作品のキャラや世界を幸福にするために。
 そして十五になり、舞台である学園に入学すると、主人公であるクリームヒルト・ネフライトや私の知っている登場キャラたちが私の知っている形で目の前に現れました。
 私は喜びましたが、以前から気付いていた事を実感します。
 このままでは、救われる者も救われない。トゥルーエンドですら不幸になる者が居る。そして主人公であるクリームヒルトはどのような選択をするかも分かりません。
 好きなキャラである皆さんが、不幸になるのは我慢なりません。
 せっかく大好きな皆さんキャラ達が居るのですから、幸福に――

『幸福にしたい皆って、誰の事ですか?』
『その皆って、何処に居るんでしょうね』

 幸福に、してあげられるのならばどんなに嬉しいと。思っていたのに。
 苦労も身分差による差別も受け入れ、対応できていたというのに。
 私が幸福にと願って来た相手は――誰、だったのでしょう。
 目の前に現れた憧れのゲームのキャラクター? 不特定多数の顔も知らないNPC? 
 彼らは何処に居て、何処に生きているのでしょう。画面の向こうでもなく、夢の中でもなく。遠い架空の存在という訳でもなく。

「だから俺は……貴女のように、ゲームのキャラだからと、役割ロールを決めつける貴女が嫌いです。ヴァイオレットさんは大切な家族ですから」

 少なくとも彼は、ヴァイオレットの事を大切な女性として見ています。
 イベントや望まぬバッド貴族の結婚エンドなどではなく、大切な家族として、悪役ヴァイオレット令嬢・バレンタインを。

「私は……」
「え?」

 私は銃口を下ろし、だらんと腕を下げ、警戒の為に敷いていた魔法の発動準備を取りやめます。
 力が入らず、立っている足も辛うじて立てているだけで今にも崩れ落ちそうです。

「私が居る世界は、“火輪が差す頃に、朱に染まる”の世界ですよね?」

 私は上手くピントが合わない状態で、彼に問いかけます。
 あれ、おかしいですね。私はなにを当たり前の事を聞いているのでしょう。
 私はこの世界ゲームに来て、彼もこの世界ゲームに来た同郷お仲間なはずです。

「ですからこの世界は――」
「そうと言ってください、お願いします。そうでないと私、わた、しは……」
「メアリー、さん?」

 そうでなければなりません。そうでなければ……

「う……、ぷっ、げ、は、っ……!」
「え、ちょ、メアリーさん!?」

 私は急激に気分が悪くなり、吐き気がこみ上げその場に蹲ります。
 彼は蹲った私を心配し、警戒心を解いて駆け寄り背中に手を当ててくださいます。敵対し、嫌いと言った私にも、真っ先に心配してくださいます。

「大丈夫ですか!? ゆっくり、呼吸を落ち着かせてください。医務室に――ああ、でもメアリーさんのなんかよく分からない水の幕のヤツが消えていないし――!」

 ですが何故でしょうか。何故私は急に吐き気を……別段ダメージを受けたわけでもないのですが……
 何故、何故、何故――いいえ、理由は分かっているのです。
 理由はただ一つ。

「怖い……」
「え……?」

 単純に、怖くなってしまいました。
 モンスターに対する恐怖では有りません。命を脅かす存在への恐怖でもありません。
 私は……

「偽物の行動しか取れていない私が、皆を、惑わせて……」
「惑わせる……?」
「だって、そうじゃないですか。この世界がゲームの世界じゃないのなら、私は、ゲームの知識なんて使って、みん、なを惑、わせ……」

 言葉も途切れ途切れに、今まで仕出かしたことを振り返ります。
 先程の一年の部決勝での言葉も、本来であればクリームヒルトが本心から出てきていた言葉です。
 私のような言うタイミングだけを見計らった自分の考えた言葉ではない、なんの重みも無い言葉で殿下を惑わせてしまいました。

「ですから、この世界はゲームだと言ってください。そうでなければ私は、ただの――」

 全能感故に無責任に相手の道を変えた、ただの迷惑なメアリー存在・スーでは無いですか。

「――ごちゃごちゃ、五月蠅い、です!」
「え――あ痛!?」

 私は彼――クロさんに胸倉を掴まれたかと思うと、そのまま頭突きを喰らわせられました。痛いとは言いましたが、多少ヒリヒリする程度です。

「貴女は間違いなく素晴らしい方だと言ったでしょう。確かに相手を見ていなかったのは事実だとしても。幸福を願ったのは確かでしょう?」
「ですけど、それは主人公……ゲームでのクリームヒルトの真似をしただけで――」
「真似しただけで確実に全てが上手くいくなら苦労はしませんよ! そんなもんでこんな異常なほど好かれていたら怖いですよ、洗脳でも使っているのかと思う程なんですからね!」
「洗脳なんて……私はただ、」
「ただ、幸福を願ったのでしょう。良いじゃないですか。その願い自体は正しいんですから。実際に貴女を好いているのは、貴女に魅力が無ければ始まらないでしょうが。寝る間も惜しまず学園祭の準備や劇の練習をしたり、日々魔法の訓練しているって聞いていますけど、ゲームだと思っていたとしてもその行動自体は本物なんですから、そんな貴女に惹かれているんでしょう」

 クロさんの勢いよく捲し立てられる言葉に私は気圧されながらも、疑問をぶつけ返し、クロさんはそれでも私を肯定はしました。
 クロさんは私を嫌いでも、私がゲームの中と軽く考えていたとしても、やったことは無かった事にはならず、想いまでは否定しませんでした。
 幸福にした相手は居るのだと、惹かれてくれた方が居るのだと。
 私は――

「あ、れ……? おかしいな、俺からぶつけたのに、なんでこっちの方がダメージが……?」

 クロさんは言葉を言い切ると、突然フラフラしだして私の胸倉から手が離れます。
 一体どうして――あ、そう言えば私の頭には脳震盪防止に一定以上の衝撃を跳ね返す魔法陣が敷いてあったのでした。本来かなりの衝撃しか跳ね返さないのですが、クロさんの身体能力を考えると先程の一撃で魔法陣が発動し、反撃を喰らった衝撃が護身符の耐久を超えはしないものの、軽減しきれないダメージとしてクロさんの脳に返ったとすると――

「あ、マズ、い。もう、だ、め……」
「え、クロさん!? クロさーん!?」

 私の呼びかけ虚しく、クロさんはそのまま倒れて気絶されました。
 ……大丈夫でしょうか。

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