追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

何処に居る誰(:偽)


View.メアリー・スー


 クロさんが放つ右の拳は護身符がある私のお腹を目掛けて放たれます。
 迷いの無い恐ろしく早い、喰らえば間違いなく護身符の耐久性が一気に失われると分かる一撃――ですが。

「【緩和リラゼーション】【束縛リスト】」
「っ!」

 私は衝撃の緩和とクロさんの動きを止めるための仕込んでおいた魔法陣を展開させ、彼の動きを止め、拘束します。
 彼が格闘主義というのは知っています。ヴァーミリオン君からも注意を受けましたし、先程の戦闘を見て魔法をあまり使いたがらないようで――そして私の身体が、真横に回転しました。

「――!?」

 足が自身の意志とは関係無しに地面から離れる感覚に一瞬戸惑いますが、すぐに落ち着かせ状況を把握しようと周囲に視線を向けます。

 ――なるほど、絡めとった腕を回転させたのですね。

 クロさんの腕を絡めとった魔法は私に付与されています。つまりは私がクロさんの腕を掴んでいるようなもののため、足の支えを超える力を加えることで私の態勢を崩した訳ですか。……無理矢理にも程がありますね。
 恐らくは体勢を崩した所に追撃を喰らわせようとしたのでしょうが、ただやられる訳にも行きません。

「【水創生アウトブレイク魔法ウォーター】」
「くっ――!」

 クロさんの顔目掛けて水をぶつけ目をくらませ、同時にクロさんの拳を絡めとっていた魔法を解除します。回転の途中だった私の身体がそのまま私の身体が天地逆になった所で、銃を再び構え、撃ちます。

「――っ!」

 ですがそれもクロさんは避けました。
 ……クロさんが拳を放って数秒と経っていないのに、魔法も使わず随分と動けるものですね。
 私は銃を撃った直後に、引き金を引いたほうと逆の左手で地面に手を付き、腕を思い切り伸ばし身体を宙に浮かせながら、さらに数発銃弾を撃ちます。ですがやはり彼は銃弾を避けます。
 撃ち続けながら私がそのまま着地する瞬間に、クロさんは距離をつめてきます。動きが取りにくい着地を狙い一瞬に詰めて来たのでしょうが、甘いです。

「【雷上級サンダー魔法ボルト】」
「っ!」

 私の着地と同時に、足元に仕込んであった衝撃と同時に発動する魔法陣が起動されます。
 発動した魔法の種類を見た瞬間にクロさんは前に向いていたスピードを無理矢理止め、瞬時にバックステップで魔法の範囲から距離を取ります。
 そして私は牽制をするため銃を構えながら態勢を整え、彼との距離を図ります。

「やはり貴方は、この世界では随分と場慣れしているようですね」
「……魔法を発動させて、身体が宙に浮いたのに動揺は一瞬で、水魔法を放ちながら引き金を引いて、逆の手は地面に付き回転の勢いを一瞬で殺してそのまま片手で飛び上がり、撃ちながら足元に魔法陣を敷いて着地と同時に魔法を発動させ、態勢を整える貴女言われてもね」

 どうやら褒めてくれているようですね、嬉しいです。
 ですが褒めては下さいますが、クロさんの表情は変わらず拒絶の意志が感じ取れます。

「クロさん、お聞かせください。貴方は何故私を嫌うのですか?」
「……理由は先程も言ったはずですが」
「はい、聞きました。ですがどうしても分からない事があるのです」
「……なんでしょうか」

 警戒心を抱き、構えたままクロさんは私の質問に答えようとして下さいます。
 良かった。まだ会話をしてくれようとはしているみたいです。ならばもっと会話をしないと。会話は相手を知るためにも重要な事ですから。

「貴方は仰いました。大切な相手を生き物とすら扱っていない、と。その大切な相手とはヴァイオレット・バレンタインの事ですよね?」
「ええ」
「でしたら分かりません。私は彼女を物として扱った事などありません。何故そのように思われたのですか?」

 正直言いますと、クロさんはなにかを勘違いしているのではないでしょうかと思うのですが……

「ならば、何故。ヴァイオレットさんが不幸になるのは当然だと思っている?」

 するとクロさんは先程私に対して一度見せた、敬語を使わない口調でこちらの問いに対し質問で返します。
 ヴァイオレットが不幸になるのは当然だと私が思う理由……その問いに先程も答えた言い回しを使うならば「この世界での彼女の役割だからです」と返すべきなのでしょうか。
 ヴァイオレット・バレンタインは“火輪かりんが差す頃に、朱に染まる”における、身分差による恋愛を阻む悪役令嬢。主人公の邪魔をし、立ち憚るかたき役で救いは起こりえない、どのルートでも、主人公がどう行動しようと中盤にはフェードアウトする役柄ロール
 皆を救おうとも、彼女の場合は性格が災いし相容れず救われません。つまり当然と表現するよりは、こちらの方が正しいでしょうか。

「私は、彼女の幸福の在り方を知りませんから」

 婚約者であったヴァーミリオン君は、勝手に婚約が決まった事と婚約者が居ないと面倒なのもあり、ヴァイオレットに好意は一切抱いておらず、恋が一方通行で報われないと設定されています。バッドエンドで主人公を傷付けた際に、ヴァーミリオン君などに激昂されたとはいえ殺されてしまう位ですから。
 性格は公爵家の教育の中で厳しいモノへと変質し、ヴァーミリオン君に直接拒絶されないと治りません。そして拒絶されると自棄に陥り、主人公の差し伸べた手も振り払い、修道院でも手を焼き抜け殻に、嫁げば嫁ぎ先で依存しどのような扱いをされても捨てられる恐怖で全て受け入れてしまいます。
 他にもやはり性格が災いし、モンスターの犠牲者などにも――ともかく、カサスにおいてヴァイオレット・バレンタインはどう歩もうとも、。それにヴァーミリオン君達の悩みを解消する以上は決闘は避けられませんから。

「知らない、か」
「ええ。クロさんも知ってはいるのではないでしょうか。彼女の役は――」
「ねぇ、メアリーさん。貴女は皆を幸せにしたいと願っているんですよね」

 私がクロさんに確認を込めた問いをかけようとすると、クロさんに再び丁寧な言葉に戻り、言葉を遮られます。

「はい、そうです。先程は“誰”を救いたいと仰いましたが、その問いに答えるのならば、皆さんです。手の届く範囲の皆さんを幸福にしたいのです」
「そうですか」

 私は疑問に思いつつも、その問いには答え辛いことは無いので素直に答えます。
 そして私の言葉にクロさんがふとなにかを悟ったかのように力を僅かに緩め、フ、と小さく口元を緩ませたので、納得してもらえたのかと思っていると、改めて私の方へと顔を向けます。

「その皆って、何処に居るんでしょうね」

 ……何処に居る? クロさんはなにを言っているのでしょうか。

「メアリーさん、俺にとってヴァイオレットさんは大切な方です」
「はい、そのようですね。お互いの信頼関係が見えますから」
「ええ。ですが俺が大切なのは、ヴァイオレットさんであって、ヴァイオレット・バレンタインというキャラじゃないんです」

 ……? クロさんはなにを言っているのでしょう。
 わざわざそのような事を言われずとも、その位私にも分かっています。

「俺は、ヴァイオレットさんに幸せになってもらいたいんですよ」
「ですが、」
「幸福なルートは彼女には無い、と言いたいのでしょう?」

 私が言おうとした言葉を、クロさんは代わりに言います。
 分かっているなら、何故。

「ですが私が願う事に、あのゲームは関係ありません」
「関係ない、ですか? それは……」

 関係ないという事は無いでしょう。何故ならこの世界は――

「ええ、関係ないんですよ。俺は何処かに居る名も知らぬじゃなくって、俺の傍に居てくれている彼女が幸せになって欲しい。ただそれだけなんですから」

 だからその願いにゲームは関係ないのだと、は言いました。
 まるで一人の青年が、一人の女性が大切かと言うように。
 ……この世界は、“火輪かりんが差す頃に、朱に染まる”の世界です。
 私が前世で好きな作品で、隅までプレイし、設定資料も読み込んだ世界です。
 魔法が日常に溶け込むほど、魔法が発展し、モンスターなんて存在が居る世界です。
 私は自由に身体を動かすことが出来、味も感じ、呼吸をするのにも痛みが無い世界です。
 私の知っているキャラが、私の知っているものと同じ外見で、同じ声で、同じ過去で、同じ性格で接することが出来る世界です。
 あのゲームの対応を間違いなく行えば、ゲームと同じように喜んでもらえ、笑って貰い、時には強引にされて胸の高鳴りを覚えることが出来た、前世では画面越しにしか堪能できなかった世界です。


 私が今居るこの世界は――――あれ? 





備考:恋が一方通行で報われないと設定されています。
・設定資料集などにある「しかし彼女の○○は叶うことは無い」のような感じに、シナリオライターが与太話で書いた設定。一応事実ではある。

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