追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
即負け2コマ
「よっし、私も合法的にちょっと殿下を殴ってきます! 主にさっきのヴァイオレットちゃんを馬鹿にした先輩を止めなかったという意味で!」
そう言い意気揚々と他の誰かに聞かれれば処刑されそうな言葉を言いながら、ヴァーミリオン殿下との戦いに笑顔で赴いたクリームヒルトさんは。
「負け、た……!」
負けてしまいボロボロの状態で項垂れていた。
実際はダメージは護身符が大方肩代わりをしているので、ボロボロに見えるだけなのだが。
「良い試合でしたよ。ナイスファイトです」
俺は次の試合のアプリコットの試合を見ることが出来る通路で試合を横目で見つつ、項垂れるクリームヒルトさんを励ました。
「ありがとう、ございます。でも今の私なんかじゃ全然届かなくて……だけどなんなんだろう、殿下の力が前よりも上がっていたような気がする……」
俺が声をかけると項垂れるのをやめ起き上がり、俺の隣でアプリコットの試合を見つつ、今の試合を振り返っていた。
クリームヒルトさんの相手はヴァーミリオン殿下である。殿下は強いのは確かだが、全く手が届かないという程ではないのだが、今回相手をしたのは覚醒した殿下だ。
先程の一年の部決勝で、己の内側と向き合うことが出来た殿下は、一皮むけて魔法関連が強くなっている。あの乙女ゲームにおいてのトゥルーエンドでメアリーさんを守る為の強さを手に入れ始めているのだ。まだ強くなり始めとは言え、まともに戦える相手と言えばアプリコットやシャトルーズのようななにかに大きく秀でた者か、アッシュやシルバ、エクルのような特殊な強さを持っている者くらいだろう。
……だけど、クリームヒルトさんがただやられたかと問われれば否定しなくてはならない。
殿下の力は以前よりも増し、トゥルーエンドにおける国とメアリーさんを守る覚醒的な力の上がり方をしていたが、クリームヒルトさんは間違いなく殿下の力に届いていた。
錬金魔法の道具を上手く処理され、道具が無くなったクリームヒルトさんであったが。他の魔法や身体能力を使っての戦闘は、虚を突きあと一歩があれば届いていただろうというものであった。結局は殿下の魔法によって派手に負けたので、傍から見ればあっさりと負けてしまったように見えただろうが。
「……クリームヒルトさんは誰かに戦い方を教えて貰っていたのですか?」
失礼ではあるが、少し疑問に思ったので聞いてみた。
あの乙女ゲームにおける主人公の過去は、錬金魔法関連を除けば片田舎で同年代の子供と遊んでいたとか、少しやんちゃで魔法を勉強せずに使っていたとかその位しか語られていない、と思う。
俺の知らない所で語られていたり、俺の死後に続編とかスピンオフとかで語られている可能性もあるが。
「お父さんには自己防衛の基礎は教わりましたけど、それ以外は独学ですね。モンスターは危険だし、年の近い子は皆私より数歳下で、戦いにならないので」
と、彼女は言うが、それにしては戦い慣れていた感がある。
俺もハッキリとは見ていないので断言は出来ていないが、目がやけに据わっていたような気がする。彼女の透明な瞳がより澄んでいたような――
「ふあっはははははは! 我、大・勝・利だ! これで偶然などという者はおるまい! ――ゼヒュー……!」
俺達が会話をしていると、第二試合のシャトルーズとの戦いに勝利したアプリコットは、杖を支えにしながら強化魔法の反動でプルプルと震えた身体で俺達の所に戻って来た。
「おう、勝利おめでとう。とりあえずは反動できついだろうから次の備えて休んでおけ」
「ふ、ふふふふ、そうさせてもらおうじゃないか……! ごふっ」
見るからに満身創痍だが、今回の戦いにおいては見事に勝利を収めていた。上手い事魔法の戦術が嵌ったようである。今まで見せた以上の上位魔法を使ったのだから、観客もアプリコットを見た目だけだと思う事は無いだろう。
……シャトルーズは大丈夫かな。アッシュに負けても自責の念が強かったが、さらにアプリコットに負けたとなれば何処かに強くなるために流浪の旅とかに出そうだ。
「アプリコットちゃん、勝利おめでとう! 錬金魔法で作った疲労によく効く薬を飲む? どんな疲労もまるで無かったかのように回復するよ」
「……副作用があるのでは?」
「あはは、疲労を忘れることがメリットでありデメリットだよ。うん、本当によく忘れられるよ」
「つまりそれは疲れを忘却の彼方に置くだけで疲労は残っているという事ではないか?」
「その通りだよ!」
「その通りではないわ!」
クリームヒルトさんは本当にそんな麻酔のようなものを作ったのだろうか……ああ、いや冗談なのか。アプリコットの身体を支えて楽しそうに会話をしているだけだ。アプリコットにとってもああして会話をしている方が楽なようだし、ここはクリームヒルトさんに任せよう。
「それじゃ、俺も行ってくる」
「あ、はい。頑張ってくださいね!」
「負けることは許さないぞ。いくら相手が大海の姫君だとしてもな」
「相手の名前はメアリーちゃんだよ?」
「そういう意味ではない」
俺は激励(?)にありがとうとだけ応じ、闘技場の戦う場所へと赴く。
第三試合である俺とメアリーさんの戦い。賭けの為にも俺は勝たないとと自身を意気込ませる。
どちらが勝ち残れるかと言うメアリーさんとの賭け。“負けたら勝った方の言う事を、無理のない範囲で一つ聞く”という有りがちかつ単純な賭け。だけどメアリーさんはこう言っていた。
『私の叶えて欲しい事は決まっていますよ』
まるで勝つことを確信している――と言うよりは、勝っても負けても良いと。まるでこの賭けを提案すること自体が彼女の目的であるかと言うように、告げたのだ。
『貴方の過去を聞かせてください。貴方のこの世界の見え方が、気になります』
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