追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
微妙にトラウマ
よく考えればメアリーさんが勝者としてあの待機室に来たのならば、騒ぎは収束するだろうから、メアリーさんが勝者となった今は別に戻っても良い気はするけれども。それはそれでメアリーさんや勝つだろう殿下達と同じ空間に居ることになり疲れそうなので、できるだけゆっくり帰ろうとしていた。
俺はなんか前世で一時期はやっていた黒くて丸いデンプンが入った飲み物を飲みながらアプリコットと会話をしていると、俺達と同じように外に居たクリームヒルトさんと出会い談笑をしていた。クリームヒルトさんの場合は待機室の五月蠅さに外に出た――のではなく、次に使う道具を錬金しようとしたら失敗して爆発し先生に怒られていたらしい。
するとそこに、
「クリームヒルトさん!」
先日の一件で少々嫌な思い出がある、シルバ君が俺達に話しかけて来た。
用があるのはクリームヒルトさんのようで意識が俺の方にあまり向いていないとは言え、どうもあの黒いオーラを思い出すと少し怖い。
「シルバ君。どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ。そろそろ一回戦が終わるのに、まだ戻らないから心配したんだよ?」
「あれ、そうなんだ。ありがとう、今行くね」
しかし、今目の前に居るシルバ君は黒いオーラとは無縁そうな無邪気な笑顔を振りまく少年に見える。二人共背が低い方なのと、その無邪気さも相まって二人が話しているとどうもホンワカとした空間になるが、油断はできない。この場合の油断とはなんなのかは分からないけれど。
「ところで貴方はさっき魔法無しで勝ち抜いた――あれ、何処かで会った事ありましたっけ?」
……どうやらシルバ君は俺と前に会った事を覚えていないようだ。一度しか会っていない上に十分と会話していないので仕様が無いかもしれないが。どちらかというと俺が魔法を使わずに(補助魔法を除く)勝った方が印象に残っているようだ。
それならそれで構わないが、もし……というか絶対にシルバ君はメアリーさんが好きなことは確かだ。今俺の身分とか、ヴァイオレットさんの夫という事を隠して接するべきか、明かして接するべきか微妙な所だ。
今までの殿下とかの反応を見る限り、明かすと敵意を示されそうだし、隠して後でバレると別の面倒さがありそうだ。俺達が招待されたと知れ渡ってる以上は、劇に出た彼の事を知らぬでは通じないだろうし、「黙っていて僕達の内情を知ろうとでもしたのか!」と難癖付けられる可能性もある。……考えすぎかもしれないけれど、先日の黒いオーラの件で怖くなっているな、俺。
「もしかしてあなたは――」
あ、俺が自己紹介するよりも早く向こうが思い出したようだ。
とにもかくにも、どうされても対応は――
「闇の力を操りし龍殺し魔法使い、アプリコットさん!?」
――うん、違った。俺の事を思い出してもなにもいなかった。てかなにその異名。
「え、アプリコットちゃんを知っているのシルバ君?」
「ええ、僕と同じ呪われし闇の力を有しながらも己の魔力に惑わされることなく、制御する事で龍さえ屠る魔法を扱う女性だと聞いています! そしてついたあだ名が【邪竜殺し雄風高節】!」
「そ、そうなの!? アプリコットちゃんがそんな異名を!?」
シルバ君、多分それ自称だと思うよ。
飛翔小竜種くらいなら倒せるだろうけど、邪竜と呼ばれる程のドラゴンは少なくとも討伐したことないよ。それにアプリコットは確かに闇魔法は操るけど、本当に呪が込められているシルバ君の魔力と違って、ただの闇魔法だよ。
そういえばもしアプリコットがジークフリートだとクリームヒルトさんと夫婦になってしまうなー、逸話の名前的に。はは。
「ふ、我の異名がここまで轟いていたとは。その通り、我が真名はアプリコット! 闇の力を操りし魔法使いなり!」
「お、おお! さっきの魔法を見て確信しました! 貴女は僕と同じ闇の力を操りし魔法使いだと!」
さっきの魔法……ああ、あのよく分からないけど凄かった闇魔法の【ようこそ天獄へ】の事か。よく分からないけれど闇魔法としてはおどろおどろしい視覚効果があったからな。その前の【黒炎・邪竜】とかと含めて闇の沼から竜が出ている感じだったし。
「でもアプリコットちゃんがドラゴンスレイヤーって本当なの、シルバ君!」
「ええ、シャトルーズに聞いたから間違いありません!」
「あ、じゃあ多分自称なんだね」
クリームヒルトさんは誰から聞いたかを確認すると、あっさりとアプリコットの自称という結論に至っていた。……クリームヒルトさんにとってのシャトルーズの評価が気になる所である。
「あ、申し遅れました。僕の名前はシルバ・セイフライドと申します!」
「ああ、一年の部で準決勝まで残っていたから覚えているぞ。基本六属性を巧みに使った魔法の使い手であったな」
「いえ、それほどでも――え、基本六属性って……」
「ん? 一見闇魔法しか使っていなかったようだが、アレは属性魔法全てに闇魔法を付与した魔法攻撃であろう? いやはや、あそこまで闇魔法での強化が上手いのは初めて見たぞ。我も参考にしたいくらいだ」
「わぁ、やっぱり本物なんだ! 大抵見た相手は闇魔法としか認識しないのに僕の魔法を一発で見抜いていたなんて! メアリーさん以外では初めだ!」
「おお、初見でそこまで見抜くなんて凄いねアプリコットちゃん!」
「ふ、そう褒めるでないぞ」
……置いて行かれてしまったな。
確かシルバ君は呪の力が魔力そのものに込められてしまうため、どの魔法を扱おうと闇魔法系統になるのであったか。
だから忌み子として疎まれていたり、唯一の理解者であった父と共に迫害を受けた。
そして父の死後アゼリア学園ならば制御する術があるのではないかとアゼリア学園に入学し自身の力を制御方法を探ろうとするが、避けられたりして塞ぎ込んでいた所をク――メアリーさんに救われたはずだ。
呪の力を上手く闇魔法に落とし込み、他の魔法も強化するという事に成功し、周囲からは呪われていたのは勘違いだと認識され、ストーリーが進むにつれて段々と明るくなっていく子だ。……あの黒いオーラを思い出すと、別の意味で操っているのではないかと思ってしまうが。
「――ああ、クロ・ハートフィールド選手!」
「はい?」
三者が話に盛り上がっていると、背後から声をかけられた。
振り返るとそこには左腕に“係員”と書かれた腕章をつけた学生が居た。どうしたのかと聞くと、一対一の試合組み合わせが決まったのだが、俺が待機室に居ないから探して渡しに来たとの事だ。
俺は感謝の言葉と、アプリコット達にも渡しておくと伝え余分に三枚組み合わせ表を受け取った。係員の学生は礼をしてその場から慌ただしく去っていった。まだまだ仕事があるようである。
「さて、と」
係員に心の中で労いの言葉を掛けつつ、未だに三者は騒いでいるので、先に組み合わせを見ようと紙を見やる。
俺の名前は……お、あった。第三試合か。対戦相手は――
『 二回戦 第三試合
クロ・ハートフィールド 対 メアリー・スー 』
「……マジですか」
その組み合わせを見てつい言葉が出てしまったのは仕様が無い事だと思う。
予想外の組み合わせに、俺はどうしようかと小さく溜息を吐き頭を抱えたのであった。
◆
(「ふふ、彼との対戦ですか。良いでしょう、結局彼は一度も待機室に戻ってきませんし、良い機会で――まさか、彼はこの組み合わせを予見していた……? だから待機室に来なかった可能性が……“どうせ直ぐに顔を合わせるから”と言う意味だったのでは……ふふ、面白いですね。彼の真意を確かめなくては……!」)
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