追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

廃れた理由の一つがこの惨状(:菫)


View.ヴァイオレット


 髪の後ろをヘアゴムで纏め、一昨日クリームヒルトから貰った帽子を軽く被った状態で闘技場の観戦に来ていた。周囲にはクロ殿とグレイ、アプリコットにバーントとアンバーが居る。シアンさんは午後から抜け出してくると言っており、ロボさんは「チョット悪魔ヲ狩ッテキマス」と言って居ない。
 クロ殿が出場する試合に関しては午後であるし、闘技場観戦自体は招待されていないので必ず見る必要はないのだが、クリームヒルトが出場するというので見に来ている。
 ついでを言うならば、この中からクロ殿と戦う者も居るかもしれないのでそれの観察だろうか。後は……この闘技場はある意味トラウマを持っている場所――決闘の場所なので、周囲に親しい相手が居る状態ならば、少しは過去を払拭できるのではないかと思ってはいるのだが。

「優勝の栄誉を私は手にしてみせるよ! ヴァイオレットちゃん、見ていてね。殿下だろうと本気で行くから!」
「楽しみにしているぞ。しかし、栄誉よりもこの上位陣に与えられる学食一ヵ月無料権の方が欲しいのではないか?」
「あはは、そうだね。ガッツリとお肉を食べたいよ、お肉。ボリュームあるのをお金を気にせず食べたい」

 クリームヒルトは確か学食だと高くつくからといって自分で作っていたな。錬金魔法は素材の採取や購入でなにかとお金がかかると言っていた。
 私は怪我をしないようにと伝えると、クリームヒルトは元気よく返事をして控室の方へと去っていった。

「ヴァイオレット様、クリームヒルトちゃんは戦闘に関しては優れているのでしょうか?」

 去ってから少し経ち、闘技場内部をキラキラした表情で眺めていたグレイが始めるための宣誓を行っている間に私に聞いて来た。相変わらずグレイはちゃん付けで呼ぶようだ。

「魔法の腕前は全体的に平均を超えるか超えないか程度だな。運動能力は少々高めだが。ただ錬金魔法で作られた道具を使用できれば恐らく良い所までは行けるだろう」
「錬金魔法……とはあらゆる素材を別の物に変えるものなのですよね? そのような威力……と言いますか、戦闘で役立つモノを作れるのですか?」
「錬金魔法自体が学問として廃れているからな……私も正直言うならば、詳しくは知らない。ただ、爆弾や魔法を内蔵した火術石のような効果をもたらす道具を作れる事は確かだな」

 錬金魔法。
 クリームヒルトだけではなく彼女も扱っている今は廃れた魔法。
 昔は金を作るだけではなく、薬や採掘道具を作る事で国を支えて事もあるらしい。ただ、使用するのに少々特殊な才能が必要で、地域によっては呪われた力と言われて迫害され、今では扱う者は殆ど居ない。
 私も学園に居た頃は得体のしれないモノという認識があり、仔細は知ろうとはしなかった。グレイのように素材を別の物に変える、という事しか知らない。後は……モノによっては恐ろしい代物を作ると言った程度だ。

「ですが、大丈夫なのでしょうか。この試合は決闘も兼ねていると聞いています。もし錬金魔法で作られた道具の使用が禁止されておりましたら、クリームヒルトちゃんは勝てないのでは……」
「安心しろ弟子。先程説明を受けたのだが、錬金魔法で作られた物ならば試合毎に二個まで持ち込み可能との事だ。試合中に作るのにいたっては特に問題ないと説明を受けた」

 グレイの不安そうな質問に、代わりにアプリコットが答えた。
 聞く所によると、錬金魔法は基本的に事前準備をして試合中に使用することは滅多に無いような特殊な魔法のため今までのルールに制定されておらず、扱いに困っていたのだが、殿下などが積極的に動いて明確に決めたとの事。相変わらず殿下は彼女にご執心なようだ。

「そうなのですか。ですが二個までとは……多少有利かもしれませんが、あまり期待しすぎもよくありませんね――あ、クリームヒルトちゃんが出てこられました」

 私達が会話をしていると、第一試合……というよりは参加人数が多いため、複数名による混合戦が始まろうとしていた。勝者がトーナメントに進出するらしい。
 その中の一名としてクリームヒルトが居た。大柄な男であったり魔力に溢れた女が居たりする中、いつものようなホワンとした小柄な少女が混じっているので、まるで記念受験をしたかのような場違い感がある。
 これは見ている観客も別の意味で注目し、面白半分で「嬢ちゃん頑張れー」などと囃し立てる。

「あー……安心しろ、グレイ。錬金魔法というのは思ったよりも凶悪だったりするから」
「凶悪、ですか?」

 心配するグレイに対し、私達と合流してから何処か考え事をしていたクロ殿が、観客とは違い、どちらかというと他の者達を心配するかのような表情でグレイに落ち着くように言っていた。
 ……クリームヒルトの今の錬金魔法の腕前は私も知らないが、錬金魔法の凄さは私もよく知っている。何故ならかつての決闘で身を持って知っているからな! ……よし、落ち着こう。

「凶悪というか、まぁ作られた道具は便利なんだけど……多分見ていれば分かると思う」

 疑問顔を浮かべるのはグレイだけではなく、アプリコットやバーントとアンバー達も不思議そうな表情をしていた。確かに“道具を作る”という魔法であり、元々は金を作る魔法だ。それが戦闘面において凶悪、という言葉が出てくるのは知らない者からすれば不思議だろう。
 クロ殿が何故錬金魔法の凄さを知っているかは知らないが、私も見た方が早いと言うのには同意見なので、黙ってみることにした。

「……――では、一年の部、第一試合開始!」

 決闘を意味する誓いの宣誓の後に審判の者が合図をし、まずは第一試合という名の混合戦が始まった。
 ある者は剣を構えて突撃し、ある者は呪文を唱え魔力を練り、ある者は詠唱無しの攻撃魔法を放ち、ある者は自己強化の魔法をかける。
 そしてその中、クリームヒルトは持っていた小さな鞄から道具を取り出すと、その道具を他の者達のおおよそ中心の辺りに標的を定め、

「えいっ」

 可愛らしい声と共に、その道具を投げつけた。
 そして、

『――――え』

 爆発が、闘技場内を包んだ。
 私達観客席の所には障壁があるため爆風は来ないが、つい身構えて爆風対策をしてしまう程の衝撃波と熱風。
 場内を爆炎が舞い、なにが起こっているか分からない程に煙で視界が遮られる。

「……クロ様」
「どうした、グレイ」
「今、なにが起きたんです?」
「クリームヒルトさんが錬金魔法で作った爆弾を投げた」
「上位魔法レベルのアレが、爆弾なのですか?」
「そうですねバーントさん。グレイでも詠唱が必要なレベルのアレが、爆弾です」
「対戦相手全員が一撃で倒れているのは気のせいでしょうか」
「事実ですねアンバーさん。いやー、護身符を貫通して倒れるレベルなんて、凄いな、クリームヒルトさん」

「くっ、まだ、まだ……!!」
「えいっ、えいっ、えいっ、あはは!」
「え、ちょ、待っぐはっ!?」

「クロさん、クリームヒルトさんがなんか笑っているのは我の気のせいか?」
「ほら、いつも“あはは”って笑っているだろう? アレの延長線上だよ、アプリコット」
「クリームヒルトちゃんが複数個爆弾を投げているのは?」
「一個の爆弾を分裂させて複数回に分けて投げているのだろう」
「威力が変わらないのは?」
「分裂させてあの威力なんでしょうねー」

 先程まで騒がしかった観客席が、なにが起こったのかと騒然としている。
 恐らく今回の対戦相手全員は錬金魔法の凄さを知らなかったのだろう。でなければ対策を立てないなんて有り得ないからな。
 しかし随分と腕をあげたんだな、クリームヒルト。友として誇らしいぞ。

「あはははは!」

 ただ、クリームヒルトのいつもの笑い声が、少しだけこの場では恐ろしいモノになっているのだとは思った。
 ……錬金魔法はやはり恐ろしいな。

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