追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

聖女_化物 に感謝を


「『俺の父親が殺されたのは、俺が十の誕生日の日だった』」

 幕が上がり、まず初めに現れたのは暗い中一つのスポットライトを上から浴びるヴァーミリオン殿下であった。
 先程会った時の騎士のような服装とは違い、まるで一兵卒かのような服装と装備で独白から始まる。

「『俺の父は英雄だった。数多くの戦場を経験し、多くの命を奪ったが、それ以上の命も救った』」

 演劇に関しては素人ではあるが、殿下の演技を評するのならばかなり上手いと言えるだろう。
 発声、息遣い、音程、間。そのどれもがとてもではないが学生素人とは思えない程にまとまっている。特等VIP席という名の眺めが良いだけの遠い場所に居るはずなのに、近くに感じ取れる演技力。まさに今の殿下は役者であった。

「『殺した奴に恨みは無い。父も殺してきた以上は当然の帰結であり、世の中では有り触れた光景だ。だが、俺は成さなければならない。復讐という名の虚しき目的を』」

 先程のヴァイオレットさんへの嫌悪を隠さない感情に身を任せた行動からは想像もつかないが、アレが王族としての存在感オーラというものなのだろうか。とにかく、劇を見に来た観客が殿下の登場から騒ぐことなく見入っているのがその証左だろう。

「『――例え、それが愛する者を泣かせる事になったとしても』」

 劇の内容は、簡単に言うならば“復讐と恋”だ。
 ようは復讐を目的とした英雄の子が、父親を殺した原因となる相手の一族に復讐をしようとしたら、一族の一人に幼少期から仲良くしていた女の子が居て、気持ちが揺れ動き、どのような選択をするのか。という筋書きだ。
 正直学園生の演劇らしくない内容だと思うが、アゼリア学園ではこういう内容の劇が普通らしい。前世でも日本以外の国ではこういった劇をしていたのかもしれないけど。

「『よう、兄弟! 久しぶりだな、元気そうでなによりだ!』」

 独白が終わりどんどんと役者が出てきて、五人の役者が舞台の上に立つ。
 その五人は直接面識は無かったり、会ってから話し込んだ訳でもないが、俺が一方的に知っている面子であった。

 ヴァーミリオン・ランドルフ。赤髪紫目の才能に恵まれた全体的な能力に優れている第三王子。
 アッシュ・オースティン。茶に青味のかかった髪黒目の第三王子の優秀な近侍バレット
 シャトルーズ・カルヴィン。濃い緑髪に黄緑色の目。騎士候補にして五人の中で身体能力の頂点。
 エクル・フォーサイス。白髪黄褐目の眼鏡をかけた伯爵家にして魔法に優れた二年生。
 シルバ・セイフライド。銀髪に赤眼のなんか怖かった特殊魔法使いの唯一の平民。

 全員が乙女ゲーム“火輪かりんが差す頃に、朱に染まる”における攻略対象ヒーローである。
 サブを含めればまだ多くは居るが、メインと呼べるのはこの五人である。そんな五人が今舞台の上で演技をしていた。それぞれが個性的で、殿下程ではないが練習したのか素人としては充分に上手い演技力だ。しかしシャトルーズだけは出て来たのは良いのだが、台詞は殆どなしで仏頂面している。……多分下手に喋らせるよりは黙ってもらっていた方が絵になるからだろうな、と思う。

 ――顔面偏差値高いな、おい

 当然と言うべきなのか、全員が全員タイプの違う美男子だ。
 俺がヴァイオレットさんの味方である以上は、決闘の時メアリーさんの味方をしただろう彼らは敵に相当する。が、あの中に俺が入ったら俺の場違い感が半端ではないだろう。
 ここにヴァイオレットさんやメアリーさんも入るとなるとさらに霞みそうである。メアリーさんが彼らと並ぶ美少女かどうかは知らないけれど。クリームヒルトさん曰く美少女らしいし。
 ともかく、敵とは言えわざわざ事を構える必要もあるまい。舞台に揃った彼らと、彼らに登場に見惚れている観客の反応を見て、改めて敵対はしたくないと思う。学園内では味方なんてクリームヒルトさん位だろう。

「『そう、彼女だ。今は教会に居るが、彼女は正しく聖女と呼ぶべき存在だ。どうやら来たようで――』」

 そしていつになったら主演であるメアリーさんが出てくるのだろうと思っていると、台詞からして彼女が出てくるような場面に差し掛かった。
 恐らくヴァイオレットさんもそのことを感じ取ったのだろう。一瞬表情が強張り、唇を小さく噛んでいた。

 ――しかし、聖女ね。

 恐らく教会に居るというのはシアンが呼ばれた理由が関係しているのだろう。どこかのシーンで端役でのシアンが見られるかもしれない。ともかく、劇ですら聖女のような存在と崇めるなんてどんな女性なのやら。
 別に好意を持つ女性が魅力的に見えるのは仕様が無い事だろう。
 だけどあまり噂でしか聞いていないメアリーさんに対しての印象はあまり良くない。美女だ聖女だと騒がれても、クリームヒルトさんの役割を奪い、ヴァイオレットさんを排斥した。さらには殿下達を誑かす嫌な女性にしか――



「『皆さん、お揃いですね』」



 嫌な女性にしか、思えなかったのだが。
 が舞台に降り立った時、間違いなく劇の空気が変わった。
 美しい金色の髪は全てが計算されているかのように靡き。
 赤い瞳は全てを受け入れるかのように慈愛に溢れ。
 全身は完成されたかのような体形プロポーション
 遠くに居るのに、傍に居るかのような存在感。
 女性的な美しさに溢れながらも、不思議と守ってあげたいと思うような女性。それが彼女が舞台に降り立っての第一印象だ。

 ――ああ、あの子は確かに聖女化物だ。

 恐らく彼女を見た者は見惚れるか、打ち拉がれるかだろう。
 学生であるにも関わらず、本業プロを嘲笑うかのような存在感と演技力は正に暴力だ。観客には素晴らしいと思えても、その道を歩んでいる者にとっては上過ぎて追いつけないと認めてしまう程に完成されている。
 視線も息遣いも声も一挙手一投足も自然であり、演技であり、物語神話が再現されているのではないかと思わずにはいられない。まさに物語神話における聖女の降臨だ。
 それを演技歴一ヵ月かそこら程度の十五歳の女の子が為している。まさに異常で異様な光景だ。
 宣伝で同じような演技をしたというならば、宣伝の場での多くの者や観客が役割通りの聖女として観客が感じ取るのも無理はないと言えるだろう。

 ――成程、殿下達だけではなくアゼリア学園の生徒達も魅了する訳だ。

 彼女があの乙女ゲームカサスクリームヒルトさん主人公のように、分け隔てなく接し、救い、場を明るくし、学園の腐った部分を解決し、殿下達だけではなく生徒達の問題を解決していけば人気も出る。
 例え彼女が俺と同じ転生者で、あの乙女ゲームカサスから解決策を知っていたとしても、解決さ救われる側からすれば関係ない事だ。長年抱えていた負の感情が解決さ救われたという事実に変わりは無いのだから。
 さらには彼女の穢す事すら躊躇われる美貌と蠱惑的な声を持っていたら、まさに預言者メシアを相手しているかのような気分に陥るだろう。彼女の演技はそう錯覚させられる。

 ――それはそれとして、ヴァイオレットさんの方が魅力的ではなかろうか。

 うん、確かにメアリーさんは美しく魅力的女性だ。それは一目見ただけでもよく分かる。
 髪も肌も綺麗だし、演技も声も素晴らしい。先程聖女と見間違うのは無理が無いと評した通り、彼女の存在感オーラは偉大である。一種の世界自然を相手しているかのような規模の違いを感じる。
 だがそれはさておいても、どちらが魅力的な女性かを選べと問われれば俺は迷わずヴァイオレットさんを選ぶ。九対一。あるいは十対零でヴァイオレットさんに軍配があげられる。
 勿論見た目だけで魅力的かどうかを判断するべきではないとは事は理解している。特に性格は第一印象では分からないものである。メアリーさんの性格は相手を救いたいという想いを常に抱いているような良いモノかもしれないし、全ては権力や美少年を目的とした計算された悪女かもしれないのかは今の俺には分からない。
 前者後者問わず、殿下がメアリーさんに惚れた結果、巡り巡って俺なんかとヴァイオレットさんは夫婦になれた。……よし、ならばある意味メアリーさんに感謝しなくてはならないな。
 ありがとうメアリー・スーさん。
 貴女がヴァイオレットさんを排斥しただろう事は許せませんが、それはそれとしてヴァイオレットさんと結果的に出会わせてくれてありがとうございました。直接そんなことをお礼は言えないので、心の中で感謝を述べさせて頂きます。あと演技力凄いですね。
 ただ、もしヴァイオレットさんが今のメアリーさんの役をやったら、もっと魅力的な劇になったのではないかと思わずにはいられない。ヴァイオレットさんの演技力の程は分からないが、磨けば間違いなく光ると思う。
 ああ、見たい。むしろヴァイオレットさんの主演の劇とか見てみたい。
 だけどそれだと、こうして多くの観客に見られることになる。ヴァイオレットさんの魅力が多くの者に知れ渡るのは良いことかもしれないが、少しだけ嫌だ。何故かは分からないけれど、嫌である。

 とりあえず確信を持って言える事がある。
 今の段階ではヴァイオレットさんの方が魅力的な女性だ、と。
 多分覆ることは無い。

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