追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
想う形と間柄はそれぞれ
ヴァイオレットさんのストレートな好意に当てられたため、気持ちを切り替えるため深呼吸を何度かし、落ち着いてから劇場に赴いた。正直まだあまり落ち着いていないが、大分マシにはなった。
いつも以上にニコニコとしていた気がするクリームヒルトと入口で別れ、挨拶回りをする。しかし案の定と言うべきか、挨拶をすれば相手はヴァイオレットさんの事情を知っていて、挨拶以上の会話をせずに切り上げられるか、遠回しな嫌味を言われたりした。
俺の事を知っている者も数名おり、ますます避けられてはいたが覚悟はしていたので別に構わない。ただヴァイオレットさんやグレイが不快な思いをしなければ良いと思いはした。
「カーキーのご家族に会えたのは良かったですね」
「そうだな」
ただ助かった事と言えば、色情魔の実家であるロバーツ家の名代として出席した、カーキーの兄と妹に会えた事だろうか。
カーキーはアレでも辺境伯家の次男坊だ。一応はカーキー関連で兄妹には何度か会い、親しくさせてもらっているので今回の劇観覧にあたり周囲に牽制をしてくれた。お陰様で露骨な嫌味や会話は抑えられている。
「しかし、失礼だがまだ信じられないな。カーキーが辺境伯家とは。しかもあのロバーツ家……」
劇場の特等席に座り始まりまで待機する間、周囲にはまだ俺達以外は誰も座っていない事を確認してからヴァイオレットさんが小声で呟いていた。
ロバーツ家はカーキーの祖父がたった一代で準男爵家から辺境伯家までのし上がった伝説的な家系だ。部外者と罵る類も居るが、輝かしい一族として語られる事も多い。だけど当のカーキーがアレでは信じ難いのは仕様が無いだろう。
反対かというように長男と長女は性関連には妙な噂が立たず、結婚も一応しておりとても真面目で優秀ではある。
「しかし以前からロバーツ家の兄妹とは私も交流はあったが、素晴らしい兄妹だな。優秀なだけではなく、仲が睦まじいから羨ましいよ。私は兄妹仲は良いモノではなかったからな」
そういえばヴァイオレットさんには年齢が大分離れた兄が二人いるのであったか。あの乙女ゲームでは設定だけの存在で、今世でも会ったことは無いので俺も詳しくは知らない。
以前からカーキー関連の影響で交流がある俺としては彼らが優秀であるのは知っている。領主としての在り方や交渉方法などの際にはお世話になったし、彼らの手腕はバレンタイン家から一目置かれる程には素晴らしい。シキの住民や平民にも分け隔てなく接するような出来た兄妹だ。
……うん、そしてあの兄妹は優秀ではあるのだが。
ただ問題がないかと言われれば、答えは否定しなくてはならない。……あれ、最近同じ思考をした気がするけど気のせいだろうか。
「そうですね。あの御兄弟は愛し合っておりますから。私めとしてもあのように想い合う間柄である事を羨ましく思います」
「グレイ、そこは仲睦まじくに留めておけ。愛し合っているでは別の誤解を生むからな」
「……? あ、失礼いたしましたヴァイオレット様。そうですね、そのように言わなくてはなりませんでした。近親婚……でしたか。法律で禁じられているのでしたね」
「うん……? そうだな、禁止されてはいるが……ん?」
グレイの言っている事に妙な感覚を覚えたのか、ヴァイオレットさんは妙な疑問を感じているようであった。
我が王国では近親婚は禁止されている。
過去の王族や貴族などには血を濃くするためにあえてしていた家もあったそうだが、今の国教が国教として認められてからは教義では禁止なので、法律で改めて禁止になったらしい。
前世に妹がいる身としては、そういう行為を近親者とするというのは正直思い浮かべたくはないが……
「……愛の形はそれぞれだからなぁ」
「? どうした、クロ殿?」
まぁ、カーキーの兄妹が仲が色々と良かろうと出しゃばらない方が良いだろう。愛した相手が偶々身近にいた、という事なのだから。……それにあの攻略対象もそういう間柄の元に産まれている訳だし。
「いえ、世の中は広いと思っただけです。あ、そろそろ始まるみたいですよ」
「うん……? そうだな。始まるみたいだな」
周囲の特等席も埋まってきて、時間なのか照明が少しずつ暗くなっていく。
暗くなるに伴い、劇を楽しみにしていただろう観客達も徐々に静かになっていく。どのくらい埋まったのか確認をすると、入り口付近などは立見席で観客が犇めぎ合っていた。
これは殿下の影響か、あるいはメアリーさんの影響か。どちらにしてもこの広い劇場が埋まるとは凄い状況だ。どうも【空間保持】とかの魔法をかけて途中入場すらさせないようにしているらしい。
「……クロ殿」
周囲が暗くなってきて、劇が始まろうとした時。ヴァイオレットさんのが小さな声で俺の名前を呼ぶ。
俺が視線でどうかしたのかと問うと、ヴァイオレットさんは不安そうな表情で、これから見る劇について心配をしていた。
殿下から向けられている感情が「どうでもいい」とは言ってはいたが、本心ではどうかは分からない。やはり過去の想い人が主演な事に色々と不安があるのだろうか。……あれ、モヤッとする。
「あの頃の私は認めなかったが、彼女は素晴らしく美しい女性だ。だから、その……」
手を太腿の上で強く握りしめ、暗くても分かるほど表情が緊張しているのが分かる。
彼女とは恐らくメアリーさんの事なのだろう。素晴らしき女性だからつまり……
「見惚れるのは仕様が無いが、す……いや、なんでもない劇に集中しよう」
つまり、俺が見惚れて好きになってしまわないかを心配しているのだろう。
――うん、俺の嫁は今日も可愛い。
俺は握りしめられた両手に手を置き、安心するように微笑んだ。
ヴァイオレットさんは俺の表情を見ると、同じく安心したかのように微笑み、劇の方へと改めて視線を向けた。
「……お嬢様の緊張した心音と声……フゥ」
「……お嬢様の緊張から来ると息の香り……フゥ」
……うん、そして少し離れた所にいる従者兄妹は今日も変態だ。
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