追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
ノンストップで黒いオーラを添えて
俺はなにも見なかった。
そう自分に言い聞かせて先程の異様な光景を無視したかったが、そういう訳にもいかない。
直接は見ていないが先程の光景を作り出した要因の一つはメアリーさんだ。学園祭に行かなくてはならない以上、彼女が関わっているのならば知らなくてはならない。
聞く所によると宣伝のための演技とやらが素晴らしくてこのような状況に陥ったらしい。
先程貰ったチラシを見る限りでは、主演はヴァーミリオン殿下とメアリーさんとのことなので、この場合両者の演技が素晴らしかったのだろうが、特に素晴らしかったのはメアリーさんの演技なのだろう。殿下を褒め称える声も聞こえるが、どちらかと言うとメアリーさんを崇め奉るような声が大きい。ハッキリ言って怖い。
「学園祭での劇、ねぇ」
俺の時の学園祭の劇は代々貴族しか主演になれなかった。ようは歴史と誇りあるアゼリア学園の劇なのだから出演者も身分のある者がやるべきという風潮だ。
あの乙女ゲームでもそうであり、ルートによっては主人公が初の平民主演となる……が、今年の主演は平民のメアリーさんらしい。
ならば劇は見ない方が良いだろう。俺の時は俺がやらかしたのが学園祭の時だから劇は見られなかったので少々興味があったのだが、ヴァーミリオン殿下とメアリーさんが主演とかヴァイオレットさんが泣き崩れそうである。……あれ、なんか今またモヤッとした。何故だろう。泣き崩れるヴァイオレットさんが見たくないのは確かだが、それとは別のモヤモヤがあったような……
「行きましょう、クロ様」
俺の思考を遮るように声をかけたグレイは、俺の持っているチラシを覗き込み内容を確認すると、先程まで楽しそうにしていたにも関わらず不機嫌そうな声と表情になっていた。傍から見る分には不機嫌とは分からないが、声の抑揚がいつもより無いので不機嫌だと分かる。
「どうしたグレイ。不機嫌そうだが」
「いえ、そのような事はありません」
目を逸らして早く行こうとする様子を見ていると、とてもではないがそのような事が無い事は無い。
しかしどうして不機嫌そうに……ああ、そうか。
「そうだな、じゃあ早く宿泊所に行くか。観光も出来なくなってしまう」
「はい、そうしましょう。……クロ様、ここを真っすぐではなく少々迂回して回る道はないでしょうか。どうやら宣伝の方々はこの道を進んだようですし」
「確か……うん、あるな。じゃあ宣伝の方々の行った先は混むだろうから、右の方に曲がって行くか。とりあえずヴァイオレットさん達と合流しよう」
グレイは俺の提案に了承の返事をして、ヴァイオレットさんが居る少し離れた所に早足で戻っていく。
ああいう感情を上手く隠せていない様を見ると、まだ十一歳なんだなと実感する。
「……そりゃ、母親を捨てた相手と奪った相手が主演となれば不機嫌にもなるか」
さらにはその宣伝でこうした楽しみにするような者達を目の当たりにしたのだ。グレイとしては複雑なのだろう。
俺はチラシを適当に折り、ある程度小さくなったら俺でも使える炎魔法で燃やしてしまう。
よく考えればメアリーさんが転生者かどうか云々を置いたとしても、俺にとってもあまり好ましくない内容だった。作ってくれた相手には悪いが、どうせ嫌でも目にするものだ。貰ったものだし、ちょっとしたストレス発散に使わせてもらうとしよう。
ある程度燃えたらフッと息を掛け火を消し、残りカスを身近にあったゴミ箱に捨てる。
俺もヴァイオレットさん達が待機している場所に戻ろうと踵を返し、グレイの後に続こうとした所で。
「何故捨てたのです」
ある意味ヤベェヤツに絡まれた。
俺の前に現れて睨んできているのは、銀色の髪に赤い瞳が攻撃的に見える160に満たない小柄な先程チラシを俺に渡した少年。つまりは攻略対象の一人のシルバ・セイフライド。
攻略対象の中では唯一の平民で、入学当初は呪われた力とされている魔法を使用していると噂され、暗い性格だったが主人公が分け隔てなく接し、元の明るいになっていた子。普段は可愛らしいが、時折見せる強さとのギャップが人気だったキャラである。
そんな少年が俺を睨んできている。
……軽率だった。彼については分からないが、先程明るく接していきた以上は呪われたとされている力は制御出来ているはずだ。
もし彼がクリームヒルトさん……ではなくメアリーさんと接したことによって明るくなったのならば、メアリーさんを慕っているはずだ。それなのにメアリーさん主演のチラシを破棄してしまっては、相手が誰であろうと嫉妬して――
「何故燃やしたんですか僕が敬愛しているメアリーさんが主演のチラシですよ確かにメアリーさんの顔などが書かれていないとはいえMary・Sueという美しい七つの文字が並んでいる名前が書かれているのですよ確かに貴方は先程の演技を見てはいなかったようですがそれが燃やして良い理由にはなりませんよね彼女が今の様子を見たらどう思われるのですか自身が出ている劇のチラシを燃やされるなんて傷つくかもしれないじゃないですかいえメアリーさんの場合は自身が書かれた名前があるチラシを燃やされたという事よりも私達や他者が一生懸命作り盛り上げようと渡してくれたモノを燃やされたという事に悲しむでしょうねええメアリーさんはとてもお優しい方ですから分かりますかメアリーさんはお優しい方なんです時にもっと自分を大切にしてほしいと思う程には他者の為に喜怒哀楽を表現できる御方なのです僕だけではなく殿下を始めとした身分の高い御方もメアリーさんを認め尊敬し親しく思う程にはあらゆる方々を救っているのですそのような素晴らしい御方が僕達の学園祭を盛り上げようと今まで殆どが貴族の方しか主演になられなかった劇の主演を務めることで貴族平民関係なく学園祭を楽しめるように尽力されておられるのですよ更には主演で忙しいにも関わらずクラスの学園祭準備にも手を抜かずに協力して素晴らしいモノに仕立て上げて下さりました僕達はそんなメアリーさんの努力と美しさに応えるべくこうして直前まで宣伝を行って学園祭を盛り上げるというメアリーさんの願いを叶えるべく協力しているんですそしてその一つとしてこうしてチラシを配っているのですよ」
怖い怖い怖い怖い!
なにこれなにこれ!? 彼からなんか黒いオーラみたいなもの感じるんだけど!
確か他の攻略対象に嫉妬する、みたいなシーンは割と多かったシルバ君だけど、この方向の嫉妬はなに!?
シルバ君は俺の右腕をガッ! と掴み手元に引き寄せると右手にもう一度先程のチラシを渡してくる。
「ですから、次は燃やしませんよね?」
「……はい」
にこやかな笑顔と共にチラシを渡してくるシルバ君に、俺は素直に受け取るしかなかった。
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