追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

分かりやすい犯罪者より厄介な


「わ、わぁ~! クロ様、ヴァイオレット様! 見てください、シキでは見ないような建物ばかりです! 街並みも綺麗ですね!」
「ああ、そうだな」
「そしてヒトが、ヒトがゴミのようです!」
「その言葉は良くないぞ、グレイ」

 空間歪曲石のワープ先である魔法陣がある建物から出ると、グレイはどこで覚えたのか分からない言葉を言いながら初めての首都に周囲を見て目を輝かせていた。普段は偶に間の抜けた発言をするとは言え大人しいグレイだが、こうしているのを見ると年相応の少年に見える。

「そうだぞ弟子。そこは塵芥だ」
「難しい言葉を使えば良いってもんじゃないからな」

 いつものような言い回しをするアプリコットではあるが、いつもよりそわそわとして落ち着かない様子である。グレイの手前分かりやすくリアクションをとらないだけで、アプリコット自身も首都に来るのを楽しみにしていたようだ。

「うへー……首都は景色変わるの早いなぁ。ところでクロ、これからどうするん?」
「俺達は荷物を預けてちょっと観光する予定だ。明日以降は学園祭とか挨拶回りとかで忙しいし」
「そっか、じゃあここで一旦お別れかー。まったく、いきなり来て明日から歌ったり劇に出たりとかどういうつもりだって話だよね」

 シアンは街並みを見て、以前居た時と比べて変わっている事に時の流れを感じつつ、これからあまり行きたくない所に挨拶に行かなくてはならないせいか若干気が沈んでいるようだった。
 このまま教会に行くと、シキに来る原因の時のようにまた問題が起こすか、遠巻きに見られてストレスを貯めそうである。

「しかしシアンさんが歌う姿か……見てみたいな」
「ん? あ、そっか。イオちゃんの前で歌ったことなかったね。学園祭中にも歌うし、良ければ見に来て……欲しくないかな。多分余計な事をするな、って感じに端の方で歌わされるだろうし」
「端の方で歌うのならば、私も端から見やすいかもしれんな。真ん中で歌うのを見るために学園内の中に入るのは、私は行き辛いからありがたいよ」
「むっ、言うようになったね」

 シアンはヴァイオレットさんと一言二言更に会話を交わすと、「じゃ、また後で」と言って俺達と別れた。
 後で、というのは泊まるのが俺達と同じ所になる予定だからである。例え拘束されてでも逃げ出してやるとか言っていたので若干心配ではあるが。
 ともかくまずは俺達も荷物を預けないと。お目付け役のバーントさんとアンバーさんは気にしないだろうけど、せっかくなら全員が手軽に動けた方が良いだろうし。

「グレイ、観光したいのは分かるがまずは宿泊施設の確認と荷物の預け入れからだ」
「あ、はい! 承りましたクロ様!」

 満面の笑みで自身の荷物を持ち、ウキウキとして油断をすると見失いそうなグレイを見るとなんと言うか……

「首都に来てまずは良かったことの一つだな、クロ殿」
「ええ、そうですね」

 ああして素直かつ無邪気に喜ぶグレイを見ると、首都に来て良かったのかもしれないと思うのであった。







 首都に来なきゃよかった。

 荷物を預けるため宿泊所へと向かう途中で出会った相手に対して、マズイの次に思ったことがそれである。
 元より首都は良い思い出と相手もいるが、嫌な思い出と相手がいるのも確かである。
 ヴァイオレットさんも今は間違いなく敵が多い上、貴族などの間ではヴァーミリオン殿下と婚約破棄したということで遠巻きに噂もされるだろうと覚悟はしていた。
 他にもあの乙女ゲームカサス登場人物キャラクターとか、決闘相手のメアリーさんとやらにも会うかもしれないと、ある程度対策はしていた。
 ……うん、対策はしていたんだけど。

「うぅ……聖女を……私達は聖女を見たのだ……!」
「素晴らしい、素晴らしいぞ……歴史あるアゼリア学園の伝統劇を平民の小娘が主演と聞いた時は堕ちたものだと思っていたが……!」
「ああ、我々は間違っていた! あれはまさに歴史に残すべき女優である! くそ、今から特等席は取れないのか!」

 この方面での対策はしていなかったなーと思いつつ。目の前で泣き崩れている老若男女を見て俺達は混乱していた。
 どうもつい先ほどここで学園祭の劇の主演の方々が軽く宣伝の為に短めの演技をしていたらしい。そしてその演技を見た者達は神を見たかのように感極まって泣いているらしい。ハッキリ言って異様な光景過ぎる。
 そして今はその主演の方々はもう去った後らしいのだが。

「良いですか! 今回劇の主役を務めますはメアリーさんという素晴らしい女性なのです! 彼女の演技を見ないというのは学園祭の楽しみは九十九割無くなると言っても過言ではないでしょう! なので是非! 今見逃した貴方もどうぞご覧ください! 今からだとチケットは売り切れで立ち見になりますが、充分に価値があります!」
「ああ、うん。余裕があれば見に行くよ」

 それほぼ十回分損してるやんけ。というツッコミはぐっと抑え。
 目の前に居る可愛い小動物系銀髪赤眼の美少年から劇のチラシを受け取り、愛想笑いをすると彼は満足気に次に渡すため礼をして去っていった。

「あれを相手するのかー」

 目の前の異様な光景と、あの乙女ゲームカサス攻略対象ヒーローの一人である、チラシを渡したシルバ・セイフライドを見ながら俺は小さく呟いた。嫌な予感がしてヴァイオレットさんに待機してもらって様子を見に来て正解だった。
 洗脳かのような光景を見ながら、俺はこれから起こるだろう事に頭を痛めた。
 ……どう転んでも只では済まなそうだ。

「クロ様、首都では良くあることなのですか?」
「あってたまるか」

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