追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
現実擬態
魔法の揺れない加護とやらのお陰で速度や路面状況の割にはあまり揺れない馬車に揺られながら、外を見ながら燥ぐグレイとアプリコットを見て微笑ましく思いつつ、隣を並飛翔するロボとヴァイオレットさんの談笑を見つつ、小さく溜息を吐く。
「どしたの、クロ。イオちゃんやレイちゃん見て溜息を吐くなんて」
するといつものスリットの深い修道服ではなく、首都に行くという事で一般的なシスターが着る修道服を着て動き辛そうにしているシアンが俺の様子を見て話しかけて来た。ちなみにシアンの荷物の中にはいつもの服も入っている。
「ああして楽しそうに笑っているけど、俺のせいで首都に呼び出されて首都が嫌にならなければ良いな、って思っただけだ。アレとも会うだろうし」
「ああ、あのクソ野郎? そりゃ心配もなるよね」
「その評価には同意見だがシスターとしてその言葉はどうなんだ」
俺はシアン以外には聞こえないように答えを返し、シアンは納得したのか罵倒を躊躇いなく吐いた。
ロボに言われて危害などが及ばないよう頑張ろうと決めたが、それでも不安は不安だ。特に俺達を王族名義でわざわざ呼びつけたアレは黙っているとは到底思えないし、ヴァーミリオン殿下達がヴァイオレットさんに攻撃しないとも思えない。
アッシュはヴァイオレットさんの様子を見て思う所があり態度も軟化していたが、そのような期待を他の攻略対象にするべきではないだろう。
「それにメアリー……だっけ? 第三王子とか色んな男を手玉に取っているっていうイオちゃんの決闘相手って。どうせ会うんでしょ?」
「ああ、そうだな。学園でも人気の聖女と評される女性らしい」
「聖女、ねぇ。そりゃ楽しみね」
俺の言葉を聞いてシアンは小さく鼻で笑う。確かに十五才程度の女性が聖女なんて言われてたらそのように反応するのもおかしくはないだろう。シスターとしてはどうなんだとも思わなくはないが。
メアリー・スー。
錬金魔法を得意とし、アゼリア学園の一年生でありながら既に将来を期待視されている。
文武両道、才色兼備、一騎当千の戦闘力、魔法適性は錬金魔法以外にもあらゆる方面に優れ、他者を救うのに迷いは無く、物事をあらゆる観点から見ることが出来る常識に捕らわれない奔放でありながら不思議と守ってあげたくなるような貞淑な女性。
ヴァーミリオン殿下を始めとした学内でも有名な方々を魅了し、将来は国母や重要な官職につくだろうと言われているスーパーパーフェクトヒューマン・ウーマンとのこと(クリームヒルトさん談)。
「うわぁ、凄い子だね。是非ともお目にかかりたいね」
「気に入らないからとか言って喧嘩売るなよ?」
「売らない。上の存在を自分の所まで引きずり下ろそうと足を引っ張るとか最低じゃん」
「お前俺の幸福を許せないって喧嘩売って来た事何度もあったろ」
「それはクロだからやっているだけ。思考停止して全員に同じ対応すれば必ず上手くいく、ってもんでもないでしょ」
それはそうだろうし、シアンも俺の身体能力ならば対応できるからとしている部分があるだろう。
俺としてもシアンの性格や対応には過去に何度も助けられているから、変えて欲しいとも思えないが。
「しかし同じ対応……か」
「?」
ふとシアンの言葉に引っ掛かりを感じ、ある事を思い浮かべる。
メアリーという女性が今の評価を得ているのは、彼女自身の能力によるものが大きいだろうが、なによりもあの地味に面倒な奴らの対応を間違えなかったからだろう。
俺の知っている殿下を始めとした攻略対象の対応はひどく面倒だ。同じ言葉でも時期が違えば心には響かないし、同じ行動でも少し対応をミスればいつの間にか勝手に居なくなることが多い奴らだ。
あの乙女ゲーにおいて同じ選択肢をすれば良いってもんでもないし、選択肢以外にも地の文などでサラッと流される立ち居振る舞いも重要だ。もし彼女がそれらを把握したうえで行動したと言うのならばそれはそれで素晴らしい事だ。なにせ多くの者を救っているのだから。
だが……
「……なぁ、シアン。俺って醜男か?」
「突然どしたん?」
「いや、ふと気になってな。質問だから、正直に答えて欲しい」
「んー……」
シアンはシスターという立場上、答えを求められれば嘘を吐くことは出来ない。真摯に受け止め、答えを返すことで導くという教えがあるためだ。
腐敗した教会関係者だとそんな教えは知ったこっちゃねぇやな所があるが、シアンはそこの所の教えは全うするので悪いが答え辛くとも素直に答えてもらおうと思う。
「美醜なんて主観だからねぇ。……平均よりは少し上程度じゃない? 整ってはいるんだから少なくとも醜い、って事は無いと思う。あくまでも人族基準だけど」
「そうか、わざわざありがとう」
「ん、別に良いけど」
俺の質問に対して素直に答えると、シアンは何故そのような質問をしてきたかをこれ以上追求はしなかった。こちらから理由を言わない限りは聞くべきではないと判断したのだろう。……普段の様子からだとギャップはあるが、シスターの仕事をさせると真っ当なんだよなシアンは。それを服装や行動が台無しにしている訳だが。
「例えばの変な話だし、答え辛かったら独り言だと思ってくれ」
「んー、はいはい、私は持って来た本でも読んでるね」
シアンはそう言うと大衆娯楽の小説を開いて読みだした。
多分まともに読む気はないが、読書をしているので勝手に話していれば良いという事だろう。
「登場するキャラが同じで結末が違う複数の物語があって、その内のあるキャラだけはどの結末でも悲惨な目に遭って救われないとする」
「悪趣味な物語ね」
「読み手も“そのキャラはそういう扱いなんだ”と思い始めて、可哀そうとは思いつつも自業自得な部分も多々あるから進むにつれて気にしなくなってくる」
「慣れって怖いわねー」
「その読み手だった者が、ちょっと遠くへ足を運んだらその物語と似た空間に身を置くことになって、その酷い目に遭うキャラに対して自分もやっても良い! とか思うのはどう思う?」
「んー……シミュレーテッド・リアリティ?」
「……そうなるのかな」
「……なんでそんな独り言を呟くのかよく分からないけれど、そういう女の子は、意外と脆いかもね」
「…………」
「…………」
少しだけ揺れる馬車の中。
シアン以外は俺の言葉を聞いていないこの空間で、俺は敵か味方か分からない女性についてが気がかりだった。
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