追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

表情(:灰)


View.グレイ


「アプリコット様も首都に行かれるのですか!」
「うむ、その通りだ弟子よ!」

 日も短くなった冬の夕暮れ。
 いつものように凛々しく美しいお姿に黒い魔女のようなマントを翻し、私の屋敷に訪れたアプリコット様から嬉しい報告を受けた。
 なんとアプリコット様も私達と首都に行かれるそうだ。本来なら空間歪曲石ワープするやつは申請と資金が必要なため一緒に行っても首都までは別々になるのだが、アッシュ様のご厚意で使えるようになり、首都まで共に行けるとのことだ。つまりは学園祭を見学に来て入学を検討してはどうかという事だろう。アッシュ様には感謝しなくては。

「ですが以前首都は多くの種族の陰謀が司る腐敗した空間のため、我には合わない。という事を仰っていたような……」
「確かに我は言ったな。だが、時には清濁を併せ飲むことも重要なのだ。怨念が犇めく場所でこそ新たな魔道の先を開くことができる可能性もあるという事だ」
「成程、流石ですアプリコット様!」

 よく分からないが、つまり合わない所に行ってこそ見えるモノもあるということだろう。自身の魔法適性を高めるためにあえて他の属性の魔法を使うという訓練方法もあると聞くので、そういった類なのだろう。多分。

「ふふふ、それに学園祭では外部の者も参加できると光とデビル闇のクライ御前endless試合battleがあると聞く。それに参加して我の力を見せつけるのも悪くはない」
「アプリコット様なら優勝間違いなしです!」
「ふふ、そう褒めるでない。だが慢心は禁物だ。過去の為政者や神々も最期は油断で幕を閉じるものなのだからな」
「はっ……! 申し訳ございません、私めとしたことが……!」
「気にするな。この経験を未来-サキ-に生かせば良いのだ」
「アプリコット様……!」

 ああ、なんと頼もしい御方なのだろう。クロ様やヴァイオレット様とは違った種類の強さを持っている。そしてアプリコット様はいつも私に色んな世界を見せてくれる。今回も首都や学園では新しく、そして楽しいモノを見せてくれるだろう。

「グレイくんはアプリコットちゃんが本当に好きなんですね」

 アプリコット様との会話に花を咲かせていると、私の代わりに紅茶を淹れて来たアンバー様が微笑ましそうにそう聞いて来た。

「はい、勿論です! アプリコット様は魔法や生涯の師匠として大切な御方です! あ、私めの分までも申し訳ございません。ありがとうございます」
「ふ、良い返事だぞ我が弟子! あ、紅茶ありがとうございます」

 好きというよりは尊敬の方が近い感情だろうが、それでも好きという事には変わりない。
 私は素直に好意を示すと、アプリコット様は満足気な表情になり、その後感謝の言葉を忘れずに礼をする。

「それと学園祭の他にも目的はある」
「ほう、と仰ると」
「首都の料理は盛んだからな。シキでは手に入りくい新たな調味料を使った新しい味を追求もするつもりだ」
「アプリコット様はお料理好きですからね」
「料理に手を抜いては良い魔力マナも練られん。強制はしないが弟子ももう少し上達を目指すべきだぞ。あまり上手くないからな」
「うっ……ですがアプリコット様と比べると全員が下手になるかと思います。アプリコット様より上手い御方を私めは知りませんから」

 シキ以外の料理者を私はあまり知らないが、アプリコット様の料理の腕前は間違いなくシキでもトップクラスだ。繊細な味付けから濃いめの味付けまでなんでも熟すので憧れて偶に教えて貰うが、残念ながらあまり上達しない。アプリコット様は優しい表情で「回数をこなせば上手くなる」と言ってはくれるのだが。
 私は紅茶を啜っていると、ふとアンバー様の表情がいつもより険しいことに気付いた。アンバー様がそのような表情をするとは珍しい。

「……グレイ君。アプリコットちゃんの料理の腕前って……そんなに高いの?」
「ええ、ヴァイオレット様が食べて美味しいと仰って、教えを願う程には」
「ヴァイオレットさんは上達が早いからな、教え概もあるというものだ」
「……そうなの、ですか」

 都市部に居られたヴァイオレット様もアプリコット様の料理を褒め、都市部の料理者と遜色ない程度にはと言うのだから他の所でも通用する腕なのだろう。

「まぁ弟子は紅茶や珈琲を淹れる腕は我でも敵わんがな。同じ葉や豆でも弟子が淹れると違う表情テイストを見せるからな」
「…………」

 アプリコット様の言葉に「ありがとうございます」と言い礼をする中、アンバー様はますます神妙な表情になる。ますます珍しい。

「そういえばお嬢様も私や兄さんが淹れるよりグレイくんが淹れる方が良い表情かおりを発するような気がするし……もしかしたら料理も私よりも……」

 神妙な表情をしていると思っていると今度は考え事なのか顎に手をやり考える仕草を取る。しかし頭の中だけでは考えが纏まらないのか、ブツブツと小さな声でなにかを呟く。

「――はっ! もしかしてお嬢様が見せる表情かおりは私程度では最上級のモノを引き出せなかったというの!?」

 何故かは分からない。ただ、アンバー様の仰る事が妙な方向に行っていると何故か思った。

「アプリコットちゃん」
「お、おおう。どうした太陽の輝きアンバーさん。急に詰め寄ってきて」

 アンバー様は急にアプリコット様に近付くと両肩を掴み詰め寄る。急な事にアプリコット様も表情と声に戸惑いを隠せないでいた。
 あとアンバー様の名前が妙な響きだったのは気のせいだろうか。

「お金なら払います。だから私に料理を教えてください」
「別にお金は要らんが……どうしたのだ、急に」
「私は私が恥ずかしいのです! 今まで料理で最高峰の表情かおりを引き出せていたと思っていたのに、もしかしたらそれは只の自己満足では無いのではないかと!」
「ア、アンバーさん。香りを引き出すとは?」

 急な変わり様に私も訳も分からず戸惑うばかりで、なにも出来ずにいる。
 おかしい、あの偶に私に抱き着く以外はいつも冷静な女性がここまで変わるなんてなにがあったというのか。

「つまり私はお嬢様の為にも料理の腕をあげたいのです。ですのでご教授願えればと」
「そういうことなら構わぬが……貴女は充分な腕前と聞く。なにを教えれば良いのだ?」
「具体的にはアプリコットちゃんの料理中の香りを嗅がせてください。香りの表情テイストで貴女の料理の腕前ぎじゅつを盗んで見せます」
「貴女はなにを言っているんだ」

 アンバー様はなにに突き動かされているのだろう。





備考:バーントの場合
「貴女の料理中の心音を聞かせてください。音の表情テイストで貴女の料理の腕前ぎじゅつを盗んで見せます」

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