追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

少し変な奴らの滞在_8


 いたずらに戦闘はするものではないという尤もなお言葉と共に、俺達はヴァイオレットさんに説教を受け反省を兼ねて全員が俺の部屋で座って待機を命じられた。
 バーントさんとアンバーさんも暴走したと判断し、迷惑を掛けたと反省したのか背筋の伸びた状態で椅子に座り殆ど動かない状態で待機している。
 俺も変に煽ったので素直に待機している。会話をしようとも思ったが今の状態の彼らには話しかけ辛いし、多く会話していては反省の意味も無いので部屋は妙な静寂が支配されていた。

「クロ様、一つ感謝を述べさせて頂いてもよろしいでしょうか」

 するとしばらく経ってから口を開いたのはアンバーさんだった。
 唐突な言葉に俺は少し驚きつつ、答えが必要そうな内容の言葉だったので俺は身構えてから答えを返す。

「突然どうされました。香りは嗅がせませんよ」
「警戒しなくても良いです。そういう意味ではありません」

 なんだ、煽てて油断した所を――といった感じに欲望を満たそうとかではないのか。
 俺は警戒心を解きながら、何故急に感謝の言葉を言おうとしてきたのかを聞いてみた。

「以前のお嬢様であれば私達が失敗をしても説教などはせず、一言か二言注意をして終わるような方でした」
「そうなんですか?」
「ええ、喜怒哀楽の内、取り繕った笑顔を除けば怒る感情以外はあまり外には出しませんでしたから。普段私達を叱る時は冷たく“気をつけるように”や“次はするな”といった感じです」

 今のヴァイオレットさんからはあまり想像できない事だ。だけどあの乙女ゲームカサスだと確かにそんな面はあった。
 普段は不愛想で規律に五月蠅く、殿下に対してだけ親愛の感情を示し、殿下に親愛の感情を向けられる主人公ヒロインに嫉妬し威圧する激情家。ようは他者に厳しいと言った感じだっただろうか。
 ……あれ、なんか今モヤッとした。何故だろう。

「私達はそれで問題ないと思うどころか、それが正しい姿であるとすら思っていました。気高き存在であり、国母であるためには庶民私達とは違い感情を不用意に出すものではない、と。国民を導くためには最適である、と」

 いわゆる高貴で清廉潔白な女王を目指すには、余分な感情を持つべきではないといった感じか。実際にそうあるべしと教えられていたのだろうし、教育に関しては正直疎い俺にとっては是非を問うつもりはない。合う合わないなんて個によるものだろう。

「ですので正直に言いますと、シアンちゃんやアプリコットちゃん、あとよく分からない片言の言葉を放つ存在と友だと聞いた時、私は相応しくないと思っていました。貴族なのですから、平民の友など分不相応だと」

 ロボよ、アンバーさんによく分からない存在扱いされているぞ。俺も未だによく分からない部分があるから間違ってはいないけど。

「ですがここ最近のお嬢様を見ていると……不思議と今のお嬢様の方が良いのではないかと思えるようになったんです」
「例えばどう言った所がですか?」
「私達が来た事に喜んで、クロ様やグレイくんに対して愛情が見えて、シキを紹介する時に楽しそうにして……」
「友と話すお嬢様の声は私が聞いた中でも弾んでいて、楽しそうにする微笑みは取り繕ったものではなくて……」

 そこで彼らは揃って何処か迷うような表情で言葉を詰まらせる。
 その先は言って良いのか。今までの事を否定して良いのか。というような表情だ。
 彼らとしてはヴァイオレット・バレンタインとしてのヴァイオレットさんが好きであり、慕っていたので今の様子を見ると思う所もあるのだろう。
 あの頃に戻って欲しいと思う感情と今の状態の親しみやすさを見て思う感情がせめぎ合っている、という感じか。

「クロ殿、入っても良いか?」

 すると静寂を打ち切るかのように、部屋がノックされる。
 バーントさんとアンバーさんその声にハッとし、表所を平静のモノへと切り替える。
 俺はその様子を確認してから、入ってきて良いと返事をして招き入れる。

「さて、クロ殿。バーント。アンバー。もう良い時間だから来てくれ」
「お嬢様、反省はもうよろしいのですか?」
「それにもう良い時間……と言うのは?」

 入ってきて俺達が大人しく反省して待っていたことを確認すると、ヴァイオレットさんは説教や小言とは違う言葉を俺達に投げかけた。
 それに対しバーントさんとアンバーさんは疑問の表情になり、問いかけると特に含みも持たないかのように答えを返す。

「ああ、今日は私とグレイで夕食を用意した」
『えっ……!?』

 その言葉にバーントさんとアンバーさんは驚きの表情になり、ヴァイオレットさんはその表情をみてしてやったり、というような得意気な表情になる。

「お前らがシキに来てから料理は全てやってくれていたからな。お前らと比べると味は落ちるがな。今日の夕食くらいは客として持て成させてくれ」
『いいえ、そのような――』
「ほう、元だとあるじの言う事は聞けない、ということか? 主が作ったモノを粗末にするつもりか」
『うっ……』

 卑怯な言い回しをするヴァイオレットさんに対し、なにを言っても今は無駄だと判断したのか言い淀む。多分「そんなことはない」とか否定しても「なら主としての命令だ」とか返されそうだ。

「ほら、冷めるから食堂へ来てくれ。手を洗い、着替えが必要ならその位は待つが、温かい方が美味しいから早めにな」
「……承りました。準備出来次第至急向かわせていただきます」
「お嬢様はお先に待っていただけると」

 頭を下げるバーントさんとアンバーさんに対し了解の返事をして、俺を見た後「今日は豪勢だぞ」と微笑み踵を返すとヴァイオレットさんは食堂に向かっていった。……なんだ今の。卑怯じゃないか。

「……改めて、感謝を述べさせていただきます」
「はい?」

 緩みそうな頬を押さえ、出来る限り平静を保ちつつアンバーさんの言葉に対応する。

「悔しいですが、私や兄だけではあのように微笑むお嬢様を見ることは出来なかったでしょう。……以前のお嬢様が、私達は好きでしたから変えようとも思っていませんでした」
「ええ、私達はお嬢様があのような表情と感情を臆面もなく出せる時が来るなんて思っても居ませんでした」

 だけど。と、そこで言葉を区切り、こちらを見るのではなく独り言かのように呟くように、

「以前の気高きお嬢様も好きですが――今のお嬢様は、もっと好きです」
「私もです。今のお嬢様は違った魅力に溢れていて、好きです」

 バーントさんとアンバーさんは、何処か嬉しそうにヴァイオレットさんが向かった先を見ながらそう言ったのであった。
 俺はそのことに何処か嬉しさと安堵を得つつ、それは良かったと返答しようとした所で。

「それに料理をした後の調味料の香りが混じったお嬢様の香り……良い! もっと近くで堪能したいです!」
「楽しそうに弾む声と、足音……素晴らしい! もっと近くで聞き惚れたい!」

 こいつらは最後の最後で台無しにしやがった。

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