追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
アッシュの受難_2(:茶青)
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「――メアリー!」
女性の中でも高い身長。キメ細やかで透き通る白い肌に、スラリと伸びた手足。仕草の一つ一つが見惚れる程の精錬された動き。何処を見ても欠点が無いのではないかと思われる程の完璧な女性。
彼女――メアリーは美しい金色の髪を靡かせ心配そうな表情でこちらを覗き込んでいた。
「ええ、おはようございます。アッシュ君。やけに深刻な表情でしたけど……悩みがあるのならば私で良ければ聞きますよ?」
「いえ、大丈夫です。少し来月の事について考えていただけですよ。予算や来客について頭を悩ませていまして」
宝石すらも霞む赤い瞳が私を心配そうに映していることを私は恥じ、メアリーに心配を掛けさせまいと私は心からの笑顔を作る。作った笑みでは直ぐに見破ってしまうメアリーは、私の表情に裏が無いと感じ取ったのか安心したかのように微笑んだ。……相も変わらず美しい御方だ。もしも今の彼女を表現するならば聖女という言葉が相応しいだろう。
「来月って言うと、学期末の学園祭……ですか?」
「ええ。クラス代表として色々やることがありましてね。問題は山積みです」
「こんなに早く動くんですね。それも生徒なのに……」
「そうですね、主な事は教員が行っていますが、生徒も今の内から管理を任せる力を養わせることが目的のようです」
学園祭。
アゼリア学園で開かれる学園祭は、来月の下旬に数日間に渡って開催される卒業式などと並ぶ大きな行事だ。
まずは闘技場での学年・種目別戦闘試合。軍やあらゆる職種の関係者が生徒の品定めも行う、生徒にとっては絶好のアピール場所となる行事。ただ身分差圧力による八百長や裏での賭けが問題になっているため管理をしなくてはならない。……貴族の身分差による圧力を行う者には本当の圧力を教えてさしあげる予定だ。
そして各クラスによる出し物。出し物に使う魔法の管理や利益重視を目指した出し物が無いかの確認。衛生管理もしなくてはならない。また先述の闘技場への参加や貴族と平民間の協調性の不一致など問題は山積みだ。
最終日には全てを総括したパーティー。OB・OG、様々な関係各位などとの交流会だ。ようは試合や出し物などで注目を浴びた生徒がスカウトを受ける場所である。
「成程。私でよければ手伝いますよ? 良い勉強になりそうですから」
……それは魅力的な提案だ。
メアリーは社交辞令などで言っているのではなく、私が助けを求めれば嫌な顔一つせず手伝ってくれるだろう。そしてメアリー自身の能力と魅力で学園祭はより良くなる。そう確信を持てるほどメアリー素晴らしい女性だ。
それに手伝いという事は二人きりになれる機会も――
「いえ、それには及びません。いざという時は手を貸して貰うかもしれませんが、早くから貴女の力を借りると、私一人ではなにも出来ない腑抜けになってしまいそうですから」
だが今から手を借りていては侯爵家の者、もといアッシュ・オースティンとして情けなくなってしまう。私は彼女を頼るだけではなく、愛しき存在として見てもらえるよう正しい方向で努力しなくてはならない。
「ふふ、アッシュ君がなにも出来ないなんて思いませんよ。今まで見てきてアッシュ君は誰よりもヴァーミリオン君を支えるために頑張って来たじゃないですか」
「そう言われると嬉しいですが、今まではあまり良い方向の努力とは言えませんでしたから。だから貴女に平手打ちをされたわけですから」
「うっ……それを言わないでください」
私が意地悪く言うと少々顔を赤くして視線を逸らした。……可愛い。
平手打ちとは、過去にメアリーが私にした出来事だ。かつての私はヴァーミリオンを国王とするためにあらゆる事を裏でやって来た。私の手が汚れてもヴァーミリオンが国王になる為には――と。
だがそれを見破ったメアリーに学内で己の立場を顧みずに平手打ちをされ、涙目ながらに私の身を案じての言葉を投げかけられた。使い潰されても問題ないと思っていた私にはそれが衝撃的で、私にも違う価値があるのだとメアリーは教えてくれた。
多くの者が一連の出来事を見ており、貴族ではない彼女は停学、果ては退学の危機があったが、それらを覚悟しての行動が全て私を案じてくれての事が嬉しかったのを覚えている。
「貴女には感謝してもしきれない程の恩をあの時に受け取ったのです。忘れることも言わなくなる事ありませんよ」
「意地悪ですね、アッシュ君は」
「ええ、それで貴女の可愛らしい表情が見られるのならば意地悪で良いですよ」
「……むぅ」
私がそう言うと今度は少し頬を膨らませそっぽを向く。……可愛い!
いや落ち着くんだ私。メアリーが可愛らしいことは確かであり事実だが、落ち着かせなければならない。このまま可愛らしいメアリーを思いきり抱き締めてその色っぽい唇を奪いたいがそれをしてはシキに居たあの色情魔と同じになってしまう。いや、私はメアリーを愛しているから誰これ構わず誘うあの男とは違うし、男色の気もないから違うんだ。だから自制しろ、私。
……やはりシキは感染するなにかあるのだろうか。隔離した方が良いのだろうか。
「あ、ところでアッシュ君、学園祭で思い出したんですけど」
「はい、どうされましたか」
メアリーは頬を膨らますのをやめ、思い出したかのようにこちらに向き直る。
学園祭で思い出した事と言うとパーティー関連のことだろうか。1学期末のパーティー……あのヴァイオレットがメアリーに決闘を申し込んだパーティーの前にドレスについてアドバイスをしたことがある。今回は前回の生徒のみのパーティーとは違うので、勝手の違いなどなにか助言が欲しいのだろうか。
「ヴァイオレットさんが学園祭に招待される、って本当ですか?」
「――――」
しかしメアリーの質問は私が想定したものと全く違うものであった。
「……何処で、それを?」
「ちょっとした噂です。噂なんであまり信じていなかったんですけど……その反応からして本当みたいですね」
「……ええ。確かです」
メアリーが質問したことは事実だ。
確かにヴァイオレット……ハートフィールド男爵夫妻は学園祭に招待されている。名目的には元学園関係者に送られる招待――という扱いだが、詳細は不明だが何故か関係者招待にプラスで王族名義の招待をされているのだ。
事実上の勅命なので拒否は出来ない。無視をすればクロ・ハートフィールド男爵の立場は今の状態よりも危うくなるだろう。
だが私達にとってはヴァイオレットが招待されていることが問題だ。あの決闘騒ぎは風化しておらず、ヴァーミリオンやエクルといった当事者の他にもヴァイオレットを恨む生徒は多く居る。正直どう扱おうとトラブルは避けられないだろう。……頭が痛い。
「メアリー、彼女とは――」
だが私が一番心配していたことはメアリーに関してだ。
両者の仲は間違いなく険悪だ。メアリーは優しいのでヴァイオレットを恨んでいなくともヴァイオレットがメアリーの事を――
「大丈夫ですよ」
しかしメアリーは私の手を取り、安心させるように微笑みかける。
「私は皆が居ますから。皆が居ればなにも怖くありませんよ」
唐突に触れられて私は心臓が跳ね上がるのを感じる。この行為はあくまでも私を安心させる行動であり、所謂母が子を安心させるような慈愛を持った行動であると理解しているがどうしても緊張してしまう。……一人の男として見て貰えないだろうか。
いっそのこと抱き寄せてその身体を――
「それに、彼女は修道女になってもう会えないかも、って思いましたから」
――いけない。それでは駄目だ。無理矢理奪ってしまいたいがそれでは意味がない。沸き上がる感情を抑え、私はメアリーの言葉に意識を戻す。
そういえば私達はヴァイオレットは学園を去った後に修道女になったのではないかとメアリーに聞いていたのであったか。だがなにを持ってメアリーは修道女になったと思ったのだろうか。
「でも、まだ会えるというならば嬉しいですね。無事でいてくれたんですから、会えるのが楽しみです」
私はヴァイオレットに対してメアリーが不安や恐怖を覚えていないか不安であったが、その心配はなさそう――いや、メアリーは強い女性だ。心配かけさせまいと気丈に振舞っているだけかもしれない。
私は以前ほどヴァイオレットに対して憎しみは抱いていないが、許している訳ではない。もしもメアリーを悲しませるようなことがあれば、私が守らねばならない。
しかし無事でいてくれたというのはどういう意味だろう。バレンタイン公爵による軟禁などを心配したのだろうか。
「ええ、本当に――楽しみですねぇ」
だがメアリーの見る者を全て惹きこませる微笑みのせいで、そのような疑問は吹き飛んでしまう。
彼女を見ていると全てが化かされている気分になる。まるで全てを見通すかのように行動しているのかと錯覚するほどに。
これも惚れた弱みというヤツだろうか。
「ところでアッシュ君。貴方にもう一つ聞きたいことがあって探していたのですよ」
「聞きたい事、ですか?」
私の問いに対し、先程までとは違う悪戯をするような怪しい微笑みの後メアリーは、
「――カーバンクル、って知っていますか?」
その精霊の名前を言ったのであった。
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