追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

子供達の過ごし方_1(:灰)


View.グレイ


 最近ヴァイオレット様が優しい。
 元々過ごす日々が長くなる内に段々と私に対して優しくはなって来てはいたのだが、以前の誘拐騒動以来特に優しくなった。
 私としてもあの時に私の為にいの一番に駆け付けてくれた事は素直に嬉しかったし、私の為に頭を下げたと聞いた時は申し訳なさもあったが妙な感動を覚えた。
 私のような元奴隷がこうして両親に優しくされるのは幸福であるだろう。

「良いか、グレイ。知らない者には付いて行くな。知っていてもブライさんのような視線を向ける者には付いて行くな。日が落ちるのも早くなってきているから夜道は気をつけるんだ。あと――」

 幸福ではあるのだが、私が出掛ける度にこうして心配されるのは少々不満がある。
 心配してくれているのは私を大切に思ってくれているというので良いのだが、私とて二桁の年齢だ。クロ様やヴァイオレット様と比べると対応できることも少ないが、ある程度は自身で判断が付く。
 両親などには私は信じやすい性格だから気をつけろと言われるのだが、そんなことはないと思う。知識の取捨選択くらいはできているつもりだ。

「という訳で弟子よ、今日は新たな魔法の実験だ!」
「今日はなにを教えていただけるのですか?」
「まずはとある者から教わった【伊吹ダイミョー大明神イブキ演舞カグラ】について実践しておこう」
「おお、それはどういう魔法なのですか!」
「それはだな。とある者が使う呪を力に変えると言う魔法を応用したモノで、呪を魔力変換して魔法の威力をあげる魔法だ!」
「さすがですアプリコット様!」
「ふふ、そう褒めるものではない」

 今日は魔法の師匠であるアプリコット様と一緒に実戦練習を行っている。そしてなんという素晴らしい魔法なのだろうか。呪と言うのはよく分からないが、アプリコット様が言うのだから凄いのだろう。
 私の他にはブラウンさんと何故かエメラルド様が居る。普段ならば毒を食べて喜ぶ珍しい御方なので魔法に関しては興味があまりない筈なのだが。そしてブラウンさんは立ったまま寝かけている。

「珍しいですね。貴女が魔法を教わる所に来るとは」
「……親父に外で遊ばないと変態医者の所に連れていかれる所であったからな。あの医者を相手するくらいならアプリコットの方がマシだ」

 と溜息を吐きながら包帯が巻かれた右腕で頭を掻く。
 確かエメラルド様の父君であるグリーン様はこの包帯の下の傷を治したがっていたはずだ。なにを言ってもエメラルド様は右腕を毒蛇に咬ませたり、毒を塗って薬を塗るという行為を繰り返すので包帯の下は治癒魔法で完治しきれない程グズグズになっている。
 大切な娘なのでグリーン様はそれに頭を痛めており、この間おでこが広くなってきたと愚痴を零しているのを見た。

「というか領主……お前の父親はどうした」
「クロ様なら縫い作業中です」
「ああ、成程。母親は?」
「ヴァイオレット様ならフライハイでヒャッハー中です」
「ロボと共に哨戒中か」

 クロ様は屋敷でヴァイオレット様の衣装を縫っている所だ。その作業を見ているのも楽しいし、別に見ていてもクロ様は気にしないが折角ならば集中して良いモノを作っていただきたいので席を外している。
 そしてヴァイオレット様は「ちょっと相談してくる」と言いロボ様の所に行き、何故か宙を舞っている。

「弟子! エメラルド! そしてブラウン! 実験を始めるためにまずは森に入るぞ! 我に付いてこい!」
「はい、アプリコット様!」
「はいはい、分かっわぁーた、分かっわぁーた。ブラウン、起きろ。そろそろ行くらしいぞ」
「……はっ! ……あれ、エメラルドお姉ちゃんがなんでここに? 確か毒を取りに洞窟の方に行ったって」
「それ2日前の話だからな」

 ブラウンさんを起こし、私達はアプリコット様の後に続き森へと入っていく。
 今日は森で実験を行うらしい。どうやら力を試すのに周囲に迷惑が掛かりにくいように、森の開けた所に行くようだ。

「あ、弟子達よ。虫刺され予防と体調の管理には気をつけろ。体調に不安を覚えれば小さくても報告するのだぞ。水分が欲しければ用意してあるからな」
「お前本当に妙な所でマメだよな」
「当たり前だろうエメラルド。他所様の大切な身体を借りている年長の者として当然の義務だ」

 アプリコット様はそう言うと私達に改めて【虫除けの加護】をかける。これで小さな虫や蛇などは避けてくれるはずだ。相変わらずの細かな気配りを見習いたいものである。
 そう言えばこの部分をヴァイオレット様はエメラルド様と同様に意外そうな表情で見ることがあるが、何故なのだろうか。







伊吹ダイミョー大明神イブキ演舞カグラ

 それは伊吹という地に住む大明神の神通力を酒を媒介にし一時的に借り入れることにより、魔力を高める力を得る。
 本来は身体能力を向上させるものらしいが、それを魔力に変換できないかという試みらしい。

「という訳でジュの力を再現するために黒魔術師殿オーキッドさんに呪いの状態を一時的に付与するアイテムを借りて来た」
「あの男はなんてものを作ってるんだ」

 アプリコット様はマントの内側から毒々しい色をした瓶を取り出す。コポコポと音がして触れたら本当に呪われそうだ。

「んー……それって毒みたいなものなのアプリコットお姉ちゃん? 呪いって身体を蝕む魔力なんでしょ?」
「それを私にかけろアプリコット! さぁ頭からバシャッっと! 遠慮はいらないぞ!」
「誰が掛けるモノか!」

 ブラウンさんの疑問に反応したエメラルド様は液体をかけるように言い、断られると瓶を奪い取ろうとする。私も止めようとするが、それをブラウンさんが背中から止め両脇を持ってエメラルド様を宙吊りにすることでエメラルド様を静止した。……ブラウンさんは私より年下なのに身長が高くて羨ましい。

「そもそも呪いは毒ではない! ともかく実験の準備だ。弟子よ、準備をするから手伝って貰えるか?」
「承りました」

 私はアプリコット様に言われ魔法実験の準備をする。少し離れた所に私より大きい程度の岩を魔法で生成し、それに先程の呪いを付与する液体をアプリコット様がかける。その過程で「くっ、今度作ってもらうか……」などという呟きが聞こえて気がしたのが少々心配であったが、ともかくこれで準備は完了らしい。

「後はお酒を辺りにばら撒いて、と。ふ、では始めるぞ弟子達よ! 威力のある我が闇との魔法では危険であるから、水魔法で行くぞ」
「……比較的安全だからか」

 アプリコット様の準備も整い、実験が始まろうとしていた。
 エメラルド様もブラウンさんから降ろされ、その実験の様子を見守っていた。

「……そういえばグレイ」
「どうされましたか?」

 アプリコット様が呪文を唱え始め、魔力を高めている間にエメラルド様がお互いにアプリコット様から視線を逸らさずに、世間話かのように私に話しかけてくる。

「お前、確か以前学園の連中が来て調査していった最終日にネフライトと話していたよな」
「ネフライト……ああ、はい。そうですね」

 ネフライトというとクリームヒルト様の家名であったはずだ。
 確かに以前の調査最終日に私とクリームヒルト様は少しではあったが会話をした。向こうは誘拐されたことに対する心配の声をかけてくれたのだが、その様子からとても優しく明るい方であったのを覚えている。
 ヴァイオレット様の元御学友で、両者が楽しそうに会話をしていたのを記憶している。確かエメラルド様とも会話をしていたはずだ。

「アイツ、なにか違和感なかったか?」
「違和感と申しますと?」
「言葉では言い表し辛いんだが、なんというかだな……」

 包帯をしていない左手で頭を掻き、どう言葉にして良いか悩んだ後に妙な事を言い出す。

「有るはずべき所に居ないといけないのに、なにかが足りなくて空回りしているような――」

 自身でもなにを言っているのか分からないような表情のエメラルド様が話していると、

「――あ、マズイ」

 そんな呟き言うアプリコット様の言葉が聞こえ、会話が遮られる。
 私とエメラルド様はその言葉に嫌な予感がしつつ、咄嗟に動ける体勢に移行する。

「伏せろ!」

 すると移行したと同時に、アプリコット様の魔力が暴走し対象が何故か爆発した。
 爆発と言っても小さなモノではある。だがそこは問題ではない。
 魔力の暴走はアプリコット様が唱えていた魔法の暴走、つまり水魔法の暴走だ。所構わず攻撃した、などではなく、魔力で練り上げられた水が弾け飛んだということだ。つまり、周囲一帯がびしょ濡れである。
 ……ちょっと寒い。

「…………さて、アプリコット。私達に言う事は?」
「申し訳ありませんでした」

 アプリコット様は素直に謝った。





備考:その頃のショタ狂いブライ
「――はっ!? なにか見逃してはならねぇ場面を見逃した気がする!」

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