追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
クロの知識不足による騒動_2(:菫)
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落ち着け、落ち着くんだ私。
シュバルツはクロ殿が媚薬を買ったというが、それが事実だとは限らない。
私を揶揄うために吐いた嘘であるとも考えられるし、そもそもクロ殿が使うとは限らない。別の誰かが望んでいたモノを覚えていたクロ殿が見つけたことに喜んで買った可能性だってある。
別の使い方をすれば身体機能の回復を促せる薬品ともなるし、変態医師や毒物愛好家辺りに任せれば治療としても扱えそうだ。
そうか、それならばなんら不思議ではない。はは、私としたことが慌ててしまったな。はは、まったくこの程度で慌てるなど。
「ちなみにクロくんは今日にでも食べると言っていたよ」
くそ、逃げ道を防がれた。
え、今日ということは今夜? どうする、どうすれば良いんだ私。
確かクロ殿は夜の件に関して、
『ヴァイオレットさんが落ち着いてから』
とだけ言われていた。
どうもクロ殿はそういった方面は苦手なようである。私も好きという訳ではないが、逸らかされているだけと思っており、当時は気が進まないのならばならば私からも無理に誘うまい、と思ってはいた。
だがついに私が落ち着いたと判断されたということか。
しかし初めはそんな薬に頼らない形が良かったが……いや、そもそも迷惑を掛けて引っ張ったのは私が原因ではないか。ならばとやかく言うことは出来ない。
私も万全の状態で受け入れようではないか。
「……何故貴女がここに居るのですか」
私が意気込んでいると、そこに現れたのはクロ殿――ではなく、グレイが居た。
私とシュバルツを見て警戒態勢を取りながら素早く間に入り込んでくる。
「やぁグレイくん、キミとも会うのも久々だね。相変わらず美しい」
「……ありがとうございます。それで、貴女は私の母になにをしたのですか? 顔を赤くさせて……まさか薬でも盛ったのではないでしょうね」
すまない、グレイ。確かに顔が赤いのはシュバルツの言葉が原因だが、別に危害を加えられた訳ではないんだ。心配してくれているのは素直に嬉しいのだが。
「理由はキミも成長すればいずれ分かるよ。ところでグレイくん、キミは今日私と遊ぶ気はないかい?」
「お断り致します。このような状態の母を置いて外に出られる訳がないでしょう?」
「そうかい、正直キミは今夜屋敷に居ない方が良いと思うけどな」
「……まさかシキの方々になにかするつもりですか!?」
「違うよ」
すまない、グレイ。そういう訳ではないんだ。
私もフォローをしたいが、なにを如何すれば良いか分からないので言葉が上手く出てこない。くそ、まさかこれがシュバルツの作戦か……!
「……なんだろう、あらゆる方面から誤解を受けている気がするな」
「なにを訳の分からない事を言っているのですか」
「いや、なんでもないさ。ただ私はクロくんとヴァイオレットくんを二人きりにさせた方が良いんじゃないかと思ってね」
クロ殿と二人きり……今この状況で、クロ殿と……
「このような状態で二人きりになどさせる訳が――」
「ふんっ!」
「ヴァイオレット様!?」
危ない、甘言に騙されるところであったが頭を壁に打ち付けることで耐え抜いた。
なにに対して騙されるのかは分からないが、落ち着きが取り戻せたのだから良しとしよう。うむ、痛い。
「だ、大丈夫ですかヴァイオレット様。痛くは……」
「大丈夫だ。心配してくれてありがとう。これは……ただ暴走しないための必要な処置だ」
「シュバルツ様。ヴァイオレット様に精神関与魔法でも?」
「誓ってしていないと言えるよ」
「……そうですか」
やめてくれグレイ。その「母上はこんなに馬鹿だったでしょうか」とでも思っているかのような目で見ないでくれ。被害妄想かもしれないが割と効く。
ともかく痛みで少し落ち着きは取り戻せた。グレイに今回の事を説明するわけにもいかないし、ここは何事も無かったかのように振舞うとしよう。
「グレイ、大丈夫だ。シュバルツに危害を加えられた訳ではな――」
「只今帰りましたー」
「――い゛っ!?」
「母上!?」
しまった、動揺して舌を噛んでしまった。
どういうことだ。何故クロ殿が帰ってくる。いや、落ち着くんだ。ここは私達の屋敷なのだから帰ってきてもおかしくは無い。おかしくは無いのだが、今は帰ってきてほしくなかった。もう少し仕事で遅くなっても良かったのに。
「やぁ、お帰りクロくん」
「ただいま……あれ、なんでシュバルツさんが家に?」
「ちょっとした所用だよ。すぐに帰るから安心したまえ」
シュバルツはクロ殿が帰って来た時に紙袋を持っていることを確認すると、そのまま立ち上がりクロ殿に近付き肩をポン、と叩く。
「ちょっと心配事あったが、彼女の様子を見る限り大丈夫そうで安心したよ」
「はぁ、そうですか?」
「クロくん。私が今回売ったものは有効活用したまえよ」
その含みのある笑顔をやめろ。
微妙にこちらに視線を向けながら「後は頑張りたまえ」とでも言いたげな表情やめてくれ。
「ええ、勿論。素敵なモノをありがとうございます!」
クロ殿はいつもよりいい笑顔でシュバルツに返答をした。
素敵なモノ……だと。クロ殿はやはり使うつもりだというのか。
シュバルツはその返答に満足気な表情(張り倒したい)をすると「Auf Wiedersehen(さようなら)」と言いつつ軽く手を振って去っていった。……本当に心配で来ただけだったようだ。
「クロ様、素敵なモノとはなんでしょうか」
グレイは警戒態勢を解くと、私の心配をしながらクロ殿に訪ねていた。
視線が紙袋の方を見ている辺り、買ったものが気になるようだ。
「ああ、それは後のお楽しみというヤツだ」
クロ殿は問いに対し、嬉しさを隠しきれない表情(可愛い)でなにかが入った紙袋を抱えている。
お楽しみ……やはりそういう事だというのか……!?
「ところでグレイ、なんでヴァイオレットさんは顔が赤くて口元を抑えているんだ」
「顔が赤い理由は不明ですが、口に関しては先程舌を噛みまして」
「え、大丈夫ですか!?」
クロ殿は心配そうに私に駆け寄ってくる。
や、やめてくれ。今この状態で近寄られるとどうすれば良いか分からなくなる。まずは近付かれないように大丈夫という事をアピールしなくては。
「大丈夫であるぞ。心配をかけてすまなくはない」
「グレイ、冷やすものを用意しておいてくれ。熱もあるかもしれない」
何故だ。
「成程、顔が赤いのはそれが理由なのですね。承知致しました」
だから何故だ。私は毅然と振舞っているというのに。
「大丈夫です、今日の食事当番は俺とグレイでやっておきますから、ヴァイオレットさんは休んでください」
クロ殿は紙袋を近くの机に置き、私に羽織るモノをかけて部屋に連れて行こうとする。
大丈夫なんだクロ殿と言いたいが、上手く頭が回らない。
「だがそれでは……その……クロ殿が買って来たび……薬を……」
私は自分でも声が照れで小さくなっていることを実感しつつ、クロ殿の顔を直視できないでいた。そして自分でもなにを言っているかが分からない。
「買ってきた……あ、もしかしてシュバルツさんからなにを買ったか聞きましたか?」
その言葉に只でさえ早く脈打っている心臓が更に早くなって来たことを感じる。
不味い。クロ殿の言葉が異様に近く感じて声がいつもより脳に響く。
落ち着くんだ私。今からこの状態でどうするというんだ。公爵家で習ったことを思い出せ。こういう場面では如何すれば良いと教わったかを。
…………基本的に男性に任せるとしか教わっていないな。まだ早いと言われていたな。くそ、如何すれば良いんだ……!
「そうですね。落ち着いたらヴァイオレットさんにも差し上げます。今の状態になら丁度良いかもしれません。楽しみにしていてください」
ん? それはつまり……
「……つまり私にも服用させると?」
「服用? まぁそうなりますね。とても良いモノですから」
「…………」
「……ヴァイオレットさん?」
………………よし、覚悟は決まった。
クロ殿は私にも一押ししようとしてくれている。ならば私もそれに答えるべきだ。
貴族らしく、妻らしく。後に恥じることが無いような心持ちで挑もうではないか。
初日に断られて以来、着てすらいないあの寝間着の出番が来たようだな……!
「クロ様、良いモノと言うのは食べ物なのですか?」
グレイは冷やすものを持ちつつ、クロ殿に尋ねて来た。
グレイには上手い事誤魔化さないといけない。流石にグレイの年齢では早すぎる話題だろうから言う訳には――
「ああ。ヴァイオレットさんが落ち着いたらグレイにもあげるから、皆で食べような」
…………今、クロ殿はなんと?
「……クロ殿、グレイも一緒に?」
「ええ、良いモノは皆で食べた方が良いですからね。その方が思い出に残りますし」
……ふむ、成程。
グレイも食べる、と。
一緒に食べよう、と。
家族仲良く媚薬を食べる、と。
――ふむ、つまり。
「やはりクロ殿は変態変質者なのか!?」
「えっ何故急に!?」
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