追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【3章:日常と騒動】 クロの知識不足による騒動_1(:菫)


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「~~♪」

 少し肌寒くなってきたとある日の午後。私は屋敷の台所にて夕食の準備に取り掛かろうとしていた。
 基本的に我が家では1日交替で食事を準備する。そして今日の当番が私だ。
 シキに来るまでは侍女アンバーや専属の料理者が作っていて経験が無く、作るのに抵抗と戸惑いがあった料理であったが、今ではクロ殿グレイ息子の助けもありそれなりのモノは作れるようになってきた。それに今では料理を作るというのも悪くは無い……どころか、楽しいと思えるようになってきた。

「今日の余っている食材は……と」

 私は氷術石が使用された食材保存庫(クロ殿曰く冷蔵庫)を確認し、今日の夕食の献立を決める。足りないモノはシキで買うとして、今日はなにが出来るだろうか。
 クロ殿は外に力仕事に行っており、グレイは屋敷内での仕事が終わり次第夕食の準備の手伝いをしてくれる。両者とも疲れているだろうから、食べやすくて栄養価の高い物が良いだろう。

「後は好みもあるからな……」

 クロ殿は卵料理全般が好きで、果物フルーツ乾したドライ食べ物が苦手。
 グレイは肉料理全般が好きで、チーズが苦手。しかし多少入った程度なら大丈夫。
 ただ、両者が甘い物が好きということは共通している。食後のデザートと言ってはよく甘い物を食べている。
 食べ過ぎには注意をしたいし、過剰な甘味は肥満の元になる。二人共運動は欠かさないから肥満はあまりないだろうが、甘味は依存しやすいので適量を心掛けねばならない。

「……食後に焼き林檎の蜂蜜を和えたものを作っておくか」

 それとは別だが、林檎は今が季節で大量に貰ったな。腐らせるわけにもいかないし追加しても良いだろう。
 林檎単品ではなく蜂蜜を和えるのは別にグレイが蜂蜜を特に好いていることは関係ない。私が作ったモノを美味しく食べてもらえるのが嬉しくて甘やかしているなどではないから大丈夫だ。貰ったものを腐らせるわけにもいかないからな。

「あ、だが蜂蜜を切らしていたな」

 く、しまった。蜂蜜は先日漬けたもので無くなっていたのであった。そして蜂蜜は現在シキには入ってきていない。
 これではグレイの喜びが半減してしまう。いや、あの子は林檎を切ったモノだけでも十分に喜ぶだろうが……だが、折角なら私が料理したもので喜んでもらいたい。
 しかし林檎を使った料理となるとなにがあるだろうか。私の貧しい料理品目レパートリーではすぐに思い浮かばない。これならばもう少し料理に興味を持っておくべきだっただろうか。

「ならシュトルーデルはどうかな」

 と、私が悔やんでいると私の背後から声をかけられた。
 シュトルーデル? あまり聞かない料理名だ。一体どういった料理なのだろうか。

「それはどういった料理だ?」
「薄く伸ばした生地に林檎やアーモンド、シナモンとかを塗して焼く帝国の料理さ。蜂蜜を使わずとも十分に甘く美味しいよ」
「ほう、美味しそうだな。作り方を教えて貰える……か?」

 待て、今私は誰と話している?
 クロ殿も戻っておらず、グレイも仕事中だ。それに女性の声である。
 シアンさんやアプリコットのような声とは違う、凛々しいという言葉が合うような女性の声。この女の声を忘れるわけがない。
 私は声のした方にゆっくりと視線を投げかけると、そこに居たのは――

シュバルツ変態!?」

 黒い長髪に赤い目を持つ以前に私を殺そうとした女がそこには居た。
 私は室内で攻撃の構えを取り、シュバルツに対して警戒をする。何故この女がここに居る? そして私の前に姿を現したということは、もしや私にまた依頼が舞い込んだとでもいうのか。
 もしくはクロ殿に脅されていることの復讐に来たとでもいうのか。

「ふ、そうだ。誰しもが美しさを求める時は変態になるモノさ。偉大な先人も言った。“美しさを求めるなら変態になれ”と」

 くっ、この女無駄に精神が強い。私が警戒態勢を取ったというのによく分からないポーズを決め自身の美しさを誇示している。
 ああ、でもこの女本当に外見は綺麗だ。こんな状況ですら微妙に憧れてしまう美しさを持っている。……いけない、余計なことは考えるな。

「安心したまえ。私はシキの者達には危害を加えないと約束した身だ。キミ達に依頼があった所で断るよ」
「……信用できない」
「だろうね。私はキミの信用は一生得られないだろう。だけど私は大切なヴァイスに危害が及ぶ愚行は犯さないとだけ言っておくよ」

 シュバルツはそう言うと手をあげて自身が無抵抗というアピールをする。シュバルツ自身が無抵抗でも、周囲にモンスターがいれば警戒は怠れない。だがこのまま膠着しても何も進まない。
 ……仕方がない。警戒は怠らず、なにをしに来たかの話位は聞いておくか。

「それでなにしに来たんだ。危害を加えない代わりに嫌がらせをしに来たのか」
「まさか。私は今回クロくんに商品を卸しに来ただけだよ」

 そういえばこの女、金次第で大抵の事をやるなんでもや的な仕事に就いているのであったな。
 私に危害が及ばない様に王国などの情報を仕入れているがてらに、シュバルツが持ってくる商品も買う時があるとクロ殿は言っていたか。クロ殿は個人的に買う物としては主に布製品を買っていたな。「新しい布だ!」と言って嬉しそうに燥ぐ姿を何度も見た。……うん、思い返してもあの時のクロ殿は可愛らしい。――違う、そうじゃない。

「だとしても私の前に現れた理由にはならないだろう。不法侵入の罪に問われ自ら牢にでも入りに来たという訳でもあるまい」
「そうだね……本当はキミに会わずに、大人しくシキを去る予定だったんだけど気になる事が出来てね」
「気になる事?」

 この自身の美しさと故郷の家族達以外には、あまり気に留めるモノが少なそうなこの女が神妙な表情でわざわざ私に直接聞きに来る程の事……一体なんだ?
 まさか王国でバレンタイン家実家や殿下関連でなにかあった訳でもあるまいに、私にしか答えられることなどあまりないだろうに――

「キミ達、夫婦仲が上手くいっていないのかい?」
「喧嘩を売っているのか」

 もし売りに来たのならば高く買ってやろう。
 丁度これからクロ殿やグレイを守る対策の為に魔法の技術を高めようと思っていたところだ。練習台になってもらおうか。

「いや、すまない。そういうつもりはないんだが、どうしても気になってしまってね」

 しかしシュバルツの様子は喧嘩を売りに来た様子は見受けられず、純粋に気にしている……と言うよりは心配しているといった表情であった。複雑ではあるが、そのような表情をされては戸惑ってしまう。

「私達の間柄は良好だ。何故そう思ったのだ?」

 私も魔力準備をやめ、改めてシュバルツに向き直るとどうしてそのような判断に至ったのか聞いてみた。

「私がクロくんに頼まれて情報の他に王国外の商品を仕入れているのは知っているね」
「ああ」
「今回は帝国に戻った時に仕入れた商品を見せたんだが……ある商品を見せた時に、普段嬉しそうに選んでいる布以上にクロ殿が喰いついた商品があったんだ」

 クロ殿が喰いついた商品? それと今回の質問となんの関係あるというのだろう。
 ……まさか変態カーキーが喜ぶ類の本などを買ったのだろうか。そうだとしたら悲しいが、男性である以上興味を持つことは仕方のないことだろう。その場合グレイの目には触れないように気を払ってもらうとしよう。
 だがシュバルツは若干言い辛そうに間を置いて、予想外の続きの言葉を紡ぐ。

「クロくんは嬉しそうに……媚薬を買ったんだ」

 ……今、なんと?

「……媚薬?」
「うん、媚薬」
「……………………」

 私はその言葉にたっぷりと間を置いて考え、シュバルツの言葉を反芻し、

「……はい!?」

 はしたなく大声で叫んだのだった。





備考:三章は数話で終わる小話を続けます。
のんびりが足りない気がしたので……今話がのんびりかどうかは微妙ですが。

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