追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
だからこそ害を為そうと言うのならば
ヴァイオレットさんの決闘の相手が転生者かどうか。
どう表現すべきかは分からないが、“殿下達と仲が良い”女性は殿下達の素性と行為の結果を知った上で動いている気がする。得だと知った上で己の利益の為だけに動き、周囲を利用しているような。
勿論全てが正しいわけではないので第三者の言葉は参考程度に抑えておくのが良いのだろう。第三者の言葉は主観が入っている以上は事実がそのまま伝わるわけではないのだから。
「どうかしましたか、クロさん?」
「いえ、なんでもありませんよ。教えていただきありがとうございました、クリームヒルトさん」
いずれ会う機会や、もし俺達に手を出してくるようならば転生者ということを念頭に入れなければならないが、今ここでとやかく考える必要もない。
それに俺が主人公だと思っているクリームヒルトさんだが、じつはその女性の方が主人公の可能性だってある。デフォルトネームは確か無かったはずだし。
「あの……私の方が年下ですし、平民ですから敬語は良いですよ?」
「平民はともかく、お客様ですから。その所の分別は弁えなければ」
「…………」
「どうされました?」
「いえ、私の知っている貴族の方って、お客様でも平民相手にはこんなに物腰柔らかくないですから。ちょっと意外だなーって思いまして。あ、ごめんなさい、失礼でしたね」
「はは、構いませんよ」
そういう貴族が多いのは確かだし、別段言われても気にもしない。ただ前世とかワンルームに妹と二人暮らしとかだったし、魂が平民の俺にとっては貴族社会の在り方が合わないというだけだ。
いや、まぁ敬語も得意ではないのだけど。ただ下手でも敬語を使っていた方が当たり障りが無いから楽なのでしているだけだ。
……そういえばヴァイオレットさんに敬語を外すタイミングはどうしようか。なんだかんだで続けてはいるが、もっとフランクに話した方が良いかもしれない。
ああ、そういえば。これを聞くのを忘れていた。
「ところで、その女性の名前ですが……」
最後にその女性の名前を聞こうとすると、
「……ふむ、仲が良いのだな」
ジト目でこちらを見るヴァイオレットさんが現れた。
言葉の端々からは何故かチクリとする棘を感じる。何故そのような視線を投げかけるのか、などと言うつもりは無く……うん、傍から見れば夫が同級生と隠れるように会話をしているんだ。変に勘繰られても仕方ない。
「いや、気にすることは無い。クリームヒルトは魅力的な女性だ。クロ殿が惹かれるのも無理はない」
「魅力的な女性であることは認めますが、浮気ではないのでご安心ください」
「第二王子も愛が多きお方と聞く。所謂甲斐性というヤツなのだろう。殿下も別の――うぐっ」
「何故自ら古傷を抉るんですか」
ここで慌てたらますます怪しいし、そもそも浮気でもなんでもないので慌てる必要もない。一つの家族を持つだけでも精一杯で幸福なのに、妻が居るのに妾が居るとか王族でもない限り許したくないし、持ちたくもない。前世の母を思い出すし。
ハーレムとか凄いとは思うが、当事者には絶対になりたくない。俺だったら絶対に刺される。
「ふふ、冗談だ。束縛を強くするつもりはないから安心してくれ」
ヴァイオレットさんはそう言って小さく微笑む。
……こう見るとヴァイオレットさんも随分と変わったなと思う。シキに来たばかりの頃は行動がたまにぶっ飛ぶことはあったけど、こんな表情なんてあまりしなかった。
それがもしもシキに来てからの影響であれば、嬉しい事ではある。いや今でもたまにぶっ飛んだ行動をするときはあるけれど。
「へぇ……ヴァイオレットちゃんが冗談を言った上に嫉妬している……」
クリームヒルトさんが後ろの方で小さくなにかを呟いた気がした。ヴァイオレットさんもそのことに気付いたのか、不思議そうな表情を向ける。
「なにか言ったか、クリームヒルト?」
「ううん、なんでもないよ。ヴァイオレットちゃんが夫人なんだなーって思っただけ」
「? そうか」
「同級生が夫人……なんかイヤらしい響きだね!」
「お前は偶によく分からないことを言うな」
「そうかな?」
確かに前世だとシチュエーションをそのままタイトルにした作品とかでありそうではある。一応王国では基本的には学園卒業後に結婚するものだが、成人すれば結婚自体は出来るので、同級生が旦那であったり夫人であることはあるにはあるのだけれども。
「あはは……あ、そうだ。ヴァイオレットちゃん、クロさん。一つだけ聞いて良いですか?」
「はい、構いません」
「どうした?」
クリームヒルトさんは改めて俺達を見てなにを思ったのか、一度クルっと回転してからキリっとした表情で俺達に問いかけて来た。……今の回転は必要だったのだろうか。
「結婚って、幸せですか?」
あまりにも素朴で、真面目に聞くには少し恥ずかしいような質問。
真っ直ぐな表情は茶化されることは望んではおらず、純粋に友が幸福かを聞く簡単な問いであった。
「少なくとも……初めは戸惑いも多かったけれど」
だけどその問いを受けて、不思議と感じたことがあった。
ヴァイオレットさんの決闘の相手とか、クリームヒルトさんの周辺状況とか、この世界の行く末とか、殿下達を虜にする女性についてとか。俺が知っていたと思っていたとは違い、分からないことが多いけれども。
もしも俺が知らないことや、与り知らない者による行動の結果でこうしていられるのであったのなら。
「今こうしてヴァイオレットさんと居られることが幸せなことは、確かですよ」
ヴァイオレットさんと出会えたことには感謝しないといけないと、そう思えた。
自分が自分で思っているよりも、この生活が楽しいらしい。
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