追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

戦力整備が逆鱗に触れる(:菫)


View.ヴァイオレット


「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……成仏してくれ、元オークよ……」

 クロ殿がよく分からない言葉を紡ぎながらオークの前で手を合わせていた。なにをしているのかは後で聞くとして、とりあえずはオークを倒してから亡骸に対して今まで見たことの無い表情をする二人を落ち着かせよう。

「落ち着けアプリコット、カルヴィン。このオークはリバーズが改造しただけで殿下ではない」
「ほ、本当ですかヴァイオレットさん! わ、我を慰めるために嘘ではないですよね!」
「ああ、むしろ殿下であったら止めを刺してやれて良かったと手を合わせるだろう」
「ふ、ふふ、俺を見くびるなよバレンタイン。お、お前に慰められるほど俺は落ちぶれていない」
「そう思うのなら言葉を震わすな」

 と言うかシャトルーズのヤツはまだオークを殿下の成れの果て的なものだと思っているのか。カタカタと震えてやってしまったと言わんばかりである。
 ……いや、確かにオークの顔が殿下でありシャトルーズの立場ならば、私も同じ反応をするかもしれないが。

「よくも……よくもヴァーミリオン様を! 僕の愛したヴァーミリオン様(の顔を持つオーク)が! ああでもこのようなお姿も美しい!」
『やはりか!』

 よし、オークも居なくなったことだしまずはアイツを黙らせる所から始めよう。
 駆け付けて助けてくれたアプリコットとシャトルーズは精神的に不安定で戦力として見なせなさそうであるし、クロ殿は……

「この言霊の掛け方は……?」

 クロ殿はオークの死骸を見てなにかを感じ取ったかのように眺めている
 先程まではアンバランスなオークに対して気味悪がっていたが、今ではリバーズの魔法に関して疑問を感じているように見える。
 しかし直ぐにその余裕はないと判断したのか視線をリバーズの方へと向け、身体も向き直る。

「ローシェンナ・リバーズ。大人しく捕まるつもりはないか。俺達は周辺に居たモンスターを討伐してからここに来た。戦力差は理解しているだろう?」

 大人しくしていれば罪を軽く掛け合うと言いつつクロ殿は刺激しないよう両手を軽くあげ、攻撃をしないアピールをする。
 クロ殿はリバーズが追い詰められてグレイに危害を加えることを防ごうとしている。会話を試みて少しでも通じることを願うかのように。

「まだだ、まだ終わらんぞ! この日のために戦力は揃えて来たんだ。それに僕の言霊は半死体にも通じる! 【起きろ】!」

 だが、その試みは無駄に終わる。
 リバーズはその身に宿る火を大きくし、今まで以上に強い魔力を感じる命令を下す。
 すると致命傷であったはずのオークが僅かに動き、起き上がろうとしていた。その起き上がる様子に意思は感じ取れず、文字通り動く体を為しているだけだ。

「クロ殿!」
「……ええ、この気配は先程の」

 さらには周囲からモンスターの気配が強くなってくる。妙な感覚が混じっているのは恐らくこのオークのように動けないのに強制的に動かされているモンスターも居るからだろうか。
 ――この男は、何処まで狂うつもりだ!

「ふ、うふふふふふふふ! お前らに戦闘で勝つ必要はない、時間を稼ぐだけで良いんだ! 少年、お前さえいれば手出しは出来まい!」
「このっ……!」

 リバーズは大いに笑うとグレイが居る簡易牢へと近づき、
 アプリコットもシャトルーズも状況の変化に慌て、迎撃態勢を取る。私も周囲の状況から迫りくるモンスターを把握しようと視線を回し、少しでもモンスターを理解しようとした。

「周囲の奴らはシアンとかがどうにかできるとして……成程。これをヴァイオレットさんにけし掛けようとしたんですか。……この戦力をヴァイオレットさんに」

 ただクロ殿だけは構えを取らず、腕を下ろして小さく呟いていた。
 周囲を確認し。私達とリバーズの間にオークが立ち塞がっていることを確認し。

「悪いな、オーク」

 オークを文字通り、

「――はっ?」

 浮き上がるのではなく、まるで軽いモノを投げ飛ばしたかのように地面の十数センチの所を真っすぐに滑空し、オークの身体はグレイの居る場所と逆のリバーズの横の壁へと直撃する。
 洞窟内が余波で大きく響き、全員がまともに立っておられず体勢を崩す。その中クロ殿だけが地面を蹴りリバーズとの距離を一気に詰める。

「【動く――】……!」
「遅い」

 リバーズが言霊で行動を強制するよりも早く、クロ殿はリバーズの首を右手で掴み言葉を発せさせないように締め上げた。

「――迅い」

 今の速度は、シャトルーズが味方であるクロ殿に警戒するほど早かった。
 クロ殿が身体能力に優れているのは知っていたが、ここまで早い姿を見るのは初めてであった。

「ヴァイオレットさんかアプリコット、【沈黙魔法サイレンス】をお願いします。シャトルーズ卿、申し訳ありませんが簡易牢を解除して、グレイの魔法封じの手錠をリバーズに嵌めてもらえますか」

 リバーズが魔法を発動しようとすれば発動部位を締め上げ発動を妨害しながら、クロ殿が今まで聞いたことの無い落ち着いた声で私達にお願いをする。
 呆然としていた私とシャトルーズであったが、アプリコットだけは状況を理解してクロ殿に近付き、【沈黙魔法サイレンス】をリバーズにかけようと近付いていった。……慣れているのだろうか?
 私達も遅れてではあるがアプリコットに続き簡易牢と魔法封じの手錠を外そうと牢に近付いた。

「……ネフライトさんに聞いてみるか」

 クロ殿が小さく呟いた言葉は、周囲の音によって上手く聞こえなかった。

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