追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
守ると言えば聞こえは良い
グレイの身を考えれば直ぐにでも行動した方が良いだろうし、俺も早く動きたい。
だけどなにをするにしても情報不足だ。グレイを攫うにしても何処に隠れたのか。どのような方法で気付かれず攫ったのか。時間帯から考えられる行動――など、残念ながら俺一人では可能性を考えるには視点が不足しすぎている。
かといって容疑者が多い以上は迂闊に相談も出来ない。シアンや神父様、アイボリー辺りやシキに在住している領民は信用できるが、誰が誰を見ているか分からない。危険が及ぶ以上はある程度自衛できる者に話すべきであるし、ある程度自衛できる者は目立つ者が多い。
「どうしようか……」
そしてヴァイオレットさんには相談をするべきか。
責任感に関しては人一倍強い人だ。同時に脆い部分もある。
今話すにしても後に話すにしても、どちらにしようとヴァイオレットさんの精神状態は危うくなるだろう。
グレイも大切だが、ヴァイオレットさんも大切だ。それにグレイ自身が原因でないとしても、攫われたことが発端としてヴァイオレットさんの精神状態が悪くなったとあっては、慕ってきているグレイの心も傷付くだろう。“自分が気を付けていれば”なんて、終わって落ち着いた後に後悔するかもしれない。
「なにがどうしよう、なのだ?」
「ああ、ヴァイオレットさん。実は――って」
どうしようかと居てもたっても居られず、屋敷の中をうろうろしていると、先程の独り言を聞いていたらしいヴァイオレットさんが不思議そうな表情でこちらを見ていた。
おかしい、人の気配なんてしなかったのに突然現れた気がするぞ。
そうか。まさかヴァイオレットさんは……!
「【闇に囁く追跡者】を発動した……!?」
「クロ殿、どうした。アプリコットのようなことを言い出して」
あ、どうしよう。ヴァイオレットさんが本気でこちらを心配している。
手のひらをこちらに近づけようとしているが、熱は無いので大丈夫だと手で制する。
「いえ、その、ですね」
どうしようか。
まだ考えがまとまっていないのに、突然来られてもどう対応すべきか悩む。誤魔化すか? でも後で誤魔化しているとバレたらバレたでヴァイオレットさんは傷つきそうな感があるし…………どうしよう。
「もしかしてクロ殿もグレイを見つけていないのか? 私もまだ見つけてはいないんだ。私が付いていながら、こんなことになってしまうとは……すまない」
ヴァイオレットさんは申し訳なさそうな表情で俺に謝ってくる。
その表情からはグレイの心配と、俺にも心配をかけさせているという謝罪の念が感じ取られた。グレイの無事を、心から願うように。
「……ヴァイオレットさん」
「どうした、クロ殿?」
彼女を心配かけさせないために俺は話すことに決めた。
俺が守るだけの対象ではなく、家族の一員として共に困難を超えるべきだと思ったから。
「落ち着いて聞いてください」
◆
「――そうか。状況は理解した」
俺が一通りの説明を終えると、ヴァイオレットさんは余裕を見せない真剣な表情で頷いた。
自身に関わることでグレイに危害が及んだことに愕然とするのでもなく、冷静に対処しようと振舞ってはいるが、手紙を持っていない右の拳は強く握られていた。
「クロ殿、す――」
「とりあえず謝るのは無しで」
切り替えようと息を一つ吐き、改めてこちらに向き直ると謝ろうとしてきたので言い切る前に言葉を制す。
確かに今回の件はヴァイオレットさんの過去の件が起因しているかもしれないが、今俺に謝られるのは違うと思う。
「全部終わってから謝罪も謝礼もその時に聞きます。今は目の前の事に集中しましょう」
「……そうだな」
ヴァイオレットさんは俺の言葉を聞き、目を瞑ると少し長めに息を吐く。
再び目を開くと目の前の事に集中しようと目つきが変わる。
「犯人はローシェンナという男爵家の者だ」
そしてあっさりと犯人の名前を言い切った。
仮定や推測などではなく、確信しているかのように言うがなにか理由があるのだろうか。
「……この文字はよく殿下や私に届いていた手紙と同じ文字だからな」
思ったよりも単純な理由であった。
他に計画犯が居る場合は別だろうが、少なくとも手紙を書いたであろう実行犯はローシェンナという名の元同級生らしい。
茶色の肩まで程度の髪に茶色の瞳。成りあがり貴族の男爵家、リバーズ家の長子。
殿下には恋文を。ヴァイオレットさんにはいかに自分の方が殿下を愛しているかいう手紙を書いていたらしい。……よく捕まったりしなかったな、その子。
「内容は“鳥は目を離すと手元から飛び立ってしまう。そうして奪われるくらいならば檻の中に閉じ込めて、愛する者との間の時間と世界を悠久とするために、己の手で壊してしまいたい。孤高で気高き存在が壊れていく様は見たくない”……などだな」
「ヤンデレか……」
「やんでれ?」
あるいはメンヘラかもしれないが、そこの所はよく分からない。正直どちらも愛しすぎて対象がよく見えていない……という印象だ。その属性が好きな人には申し訳ないが。
……というか手紙の内容だが、聞いたことあるフレーズな気がする。ローシェンナもよく考えれば聞いたことのある名のような気がする。正直嫌な予感しかしない。
「ともかく、どのような女性なのですか? もしも殺すことを愛すると思うのならば、すぐにでも探し出さなくては」
もしローシェンナという名の女性が壊すこと、つまり命を奪うことが愛すると思っているのならば、グレイの命の危機だ。
愛しき存在をローシェンナが奪うことで、ヴァイオレットさんに愛させないなどという思考をしているのならば、すぐにでも探さなければならない。
グレイは素の魔法の力のお陰で命が奪われる事に抵抗力があるが、傷つかない訳ではない。危害が及ばない内に探さないと――
「いや、ローシェンナは男だ。そして殺しはしないと思うが」
………………なんと?
「待ってください。殿下に、恋文を送っていたんですよね」
「そうだ」
「そしてローシェンナも男だと」
「ああ、森妖精族と鉱工族と人族の血を引いた男だ」
成程。
男が王子に恋文を送って、ヴァイオレットさんに嫉妬していたと。
「マジですか」
「うむ、マジですかなんだ」
……思い出した。
ローシェンナはあの乙女ゲームにも出てくる名前だ。
主に殿下のルートの時に出てくる、エルフの外見とドワーフの器用さを持つ男。シュバルツさんと同様に敵キャラとして出てくる妙な所で人気のキャラ。
主人公……ネフライトさんを攫うが、軟禁している所を殿下が駆け付け御用になる悪役令息。
彼が殿下に戦闘でやられて最後に叫ぶ言葉はこれだ。
『愛しき貴方に本気で手をくだされるなど、最高の誉れ! ひぃやぁふふうぅうううう!』
と万歳しながら叫ぶ変態。シキでもなかなか見られない変態だ。
なるほど、あのキャラかー。
はは、ならある程度の対策はできるなー、あはは。
「くそっアイツかよ色んな意味で最悪だ!!」
「クロ殿!?」
備考:相談せずに事件を解決した場合。
大切に守ってもらえたことによりヴァイオレットの好感度UP。しかし心の距離は広がってしまう。
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