追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
こひゅー
「ぜぇー……はぁー……ふ、ふふ、我の実力を……ふぅ……思い、知ったか……ライザー、よ……ふひゅー……」
喧嘩(と書いて決闘と読む)が終わり、アプリコットは息も絶え絶えにしながら杖を魔法の補助としてではなく、前世での本来の使い方である身体を支える棒として使い身体を支えていた。
アプリコットの魔法の実力は本物だ。適当に言っていると思っていた魔法を本当に使えたりするし、先程の連続魔法発動を見ても分かるように魔力量もかなり多い。
ただ、身体能力に関しては同年代の人族女性に比べると平均よりやや下だ。
それなのに反動がくる身体強化系の魔法を多重掛けもすれば、息も絶え絶えになるというものだ。
「レディ・アプリコット。先程の失言を謝罪しよう。貴殿のような魔法技術は学園においても最高クラスだ」
反対に多少の疲れを見せてはいるものの、毅然と振舞っているシャトルーズ。身体能力で言えば文字通り天と地の差なのだと実感させられる。
とはいえ魔法の直撃も受けていたし、護身符が無ければ無事ではなかったのだろうが。
ともかく今回の喧嘩においてシャトルーズもアプリコットの実力を認めたようだ。最終的に同時に護身符が破壊され、引き分けになったのだから認めざるを得ないだろうが。
「ふ、ふふふ、分かったのなら、ば良い、のだ……貴様こそ、あそこまで、我が魔法、を捌ききる、とは思わなかった、ぞ……ふひゅー……あと、レディ、はやめろ、こひゅー……」
「ほい、アプリコット。水と檸檬の蜂の蜜の漬け。シャトルーズ卿もよろしければどうぞ」
「あ、ありがとう、ございます……クロ、さん……こふっ」
本当は自分が食べるために用意しておいたものだが、この際だから良いだろう。
放っておくとアプリコットはそのまま倒れそうだし。食べたら食べたで吐きそうな感もあるが。
「……そうだな、厚意を無碍にする訳にもいかん。頂くか」
シャトルーズは周囲の様子を気にしながらも、今ならば食べても不思議ではないと思ったのか檸檬の蜂の蜜の漬けに手を伸ばす。
……そういえば甘い物を好んで食べるのは軟弱だと思い込んでいて、好きなのを隠しているんだったか。気にしすぎだとは思うのだが。
「うぅ……染みる……でも、いつもと違う味ですね?」
敬語使いになっているアプリコットが食べながら不思議そうにしていた。
確かに俺やグレイじゃなくヴァイオレットさんが作ってくれたものではあるが、一口食べただけで分かるものなのだろうか。
「素晴らしい戦いでしたよ、お二人共。学園でもなかなか見られない試合でした」
美味しそうに食べる二人に対し、静かに見ていたアッシュがこちらにやって来た。言葉の裏などは無く、純粋に褒め称えているのだろうか。彼の性格を考えると、ただ褒めるだけということは無いだろうから少々不安になる。
「アプリコットさんと言いましたね。その魔法の実力ならば我がアゼリア学園でも十分に通用するでしょう。どうです、私が推薦しますから来年学園に入ってみては?」
先程まで痛い子扱いだったのに、その判断は大丈夫なのだろうか。
アッシュの言葉に、先程まで息が荒かったアプリコットは得意気な表情になり、バサッとマントを翻しポーズを決める。
「ふっ、我が魔法は偉大なる消失した知識を有しているため子飼いには成らずの予定であったが、ライザーのような好敵手が居るのならば話は別だ。契約する際はこの因果を利用するかもしれん――ごふぅっ!」
格好つけるのは良いが、呼吸は整えてからにした方が良い。俺はアプリコットの背中をさすって落ち着かせた。
「ハートフィールド男爵、お願いします」
アッシュは俺を翻訳機かなにかと思っているのではなかろうか。
えぇっと、今回は……
「私にとって学園は魔法に関して学ぶところは少ないため、学園の生徒になるつもりはありませんでしたが、彼のような実力者が居るのならば話は別ですね。通ってみるのにも一考に値します。その際にはよろしくお願いするかもしれません」
「成程………………何故、ジョニーが生徒に?」
詳しくはアプリコット本人に聞いてください。分かる俺も俺ではあるが。
「さて」
よく分からない表情のアッシュであったが、軽く手を叩き褒めるのはここまでだと言わんばかりに声の調子が少々変わる。
「素晴らしい戦いであったことは確かですが――お二人共、喧嘩を始め、挙句には決闘をするなど、なにを考えているのでしょうね?」
アッシュの笑顔を崩さないまま放たれる言葉に、シャトルーズは小さく身体を強張らせ、アプリコットは説教の念を感じ取ったのか逃げ出そうとする。
「【闇に囁――】」
「魔法は使わせませんよ?」
アプリコットがなにかをする前にアッシュは肩を掴み、同じくシャトルーズの肩も掴み二人が逃げないように確保する。
……俺は止めた。責任は二人にとって貰おう。
俺は矛先がこちらを向く前に、説教を受ける二人からこっそりと離れた。
少し離れてから周囲を見てみると、先程まで遠巻きに見ていた生徒達もこっそりと逃げ出していることに気付いた。あの状態のアッシュに慣れているのだろうか。対応が早い。
「……どうしようか」
これからどうしようか。
昼食には少し早いし、屋敷に戻ってもヴァイオレットさんはまだ仕事をしている可能性がある。何時に終わるか分からない以上は下手に戻らない方が良いだろうから、もう少し見回りをして――
「クロ殿ー」
ふと、背後から声をかけられた。
この声の持ち主は振り返るまでも無く分かる。が、彼女がここに来るのはどうしたというのだろう。もしやバレンタイン家の用事とやらが終わって……ネフライトさんに会いに来たのだろうか。だとすれば少々急であり、緊張する。
「どうかしましたか、ヴァイオレットさん?」
俺は振り返り、ヴァイオレットの姿を確認する。
ヴァイオレットは俺が外に出る前と同じ服を着ており、あまり動きやすそうには見えない。様子から見るに聞きたいことがある、といった所だろうか。
「ああ、聞きたいことがあるのだが……」
ヴァイオレットさんは少々心配そうな気持ちを含んだ表情で、
「グレイを見なかったか?」
不安そうに俺に聞いたのであった。
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