追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ツッコミ不在(:菫)


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「なんというか、すまない」
「イエ、大丈夫デス」

 色々とあって、シキの少し外れに降り立った。
 ロボさんには大分気を使って貰ってしまった。急上昇したりモンスターを一撃で屠ったりするのは少し遠慮願いたいが、ああやって私自身も驚いたほどの溜め込んだものを吐き出す、というのは私が吹っ切れる良い機会になった。
 ……私が吐き出したのは殿下への想いを断ち切る言葉と、幸せになってやると言う想いだけだ。それ以外には特に吐き出していない。……いないとも。

「マ、偉ソウニ言イマシタケド、ワタシダッテ怖イコトハ有リマスヨ。実際問題素顔ヲ見セルノハ、怖イデス」
「おい」

 偉そうに言っておいてそれはなんだ。

「ダッテ、ウジウジウジウジト、悩ンデイマシタカラ、イラット来マシテ」
「……なんというか、すまない」

 それを言われると強くは言えない。
 それにロボさんは確か実の親や周囲に素顔を貶された結果、人に顔を見せたくないのだと聞いた。私と同じでトラウマに近しいものだろうが、この姿自体は前を向いた結果の彼女らしさとして捉えて良いのかもしれない。

「ソレデ、コレカラドウスルンデス?」

 ロボさんは私に訪ねてくる。
 これから……これから、か。なんだか気持ちもスッキリしたし、クロ殿に積極的に行こうとは思っている。しかし正直同級生や恐怖対象トラウマが居ると思うと気遅れる。
 いきなりクロ殿と仲良くして見せつけでもしたら、クロ殿にも迷惑がかかる気がする。アッシュやシャトルーズは貴族の中でも王国で大きな力を有する家系だ。二人が私をまだ恨んでいる以上、下手に刺激はしてはならない。どこかのタイミングでは謝った方が良いのだろうが、それは今ではないだろう。ので、二人に見られないように家に帰った所を……

「うむ、まずは帰ったらクロ殿に抱き着く」
「ホウ」
「そして胸を押し当てる」
「抱キ着イタ時点デ、君ナラ当タル気モシマスガ、良イデスネ。男性ハ皆好キデショウカラ」
「数秒抱き着いた後、一旦離れ……」
「離レテ?」
「…………脱ぐ?」
「ドウシテ、ソウナルノデス」

 私もどうしてそうなるか分からない。
 お嬢様の身体には立派なもんが付いているから、肌を露出させれば男なんて簡単に堕ちますよ、と侍女アンバーも言っていた。おかげで露出は控えるようにした。
 正直アピールとはそういうものだとしかいう認識しかない。社交場や学園で良く、そして毅然と振舞っていればいい、というのは今回の積極的に行くというものとは違うだろう。

「ソコハキストカ、スレバ良イジャナイデスカ」
「だって、キスはなんと言うか、初めてはもっとロマンティックにしたいと言うか」
「カマトト?」
「やかましい」

 なんと言われようと初めては印象深いモノにしたい。
 こう、他に誰も居ない空間で、音は二人の呼吸の音と私の緊張で大きく聞こえていると錯覚している鼓動の音しか聞こえず、クロ殿から――的な感じだ。本で読んだ。

「ソコハ、個ノ自由デスカラ、良イデスケド……えっ、君らまだキスもしてないんですか。うわー……」

 その同情の視線はやめてくれ、心に響く。流暢に話すのもやめてくれ、素だと思うとダメージが大きい。
 私が沈んでいると、ロボさんは慌てた様子で冗談だとフォローをする。事実キスすら未だな夫婦なんて仮面夫婦も良い所だ。ロボさんが素のリアクションをするのも仕様がないかもしれない。

「だったらロボさんも協力してくれ。私を焚き付けた責任は取ってもらうぞ」
「良イデスヨ。シカシ、浪漫デスカ」
「うむ、浪漫だ」

 ロボさんは考えるような仕草を取り、ロマンティックについて考えている。

「一面ノ花畑デ、花冠ヲ作リ合ッテ遊ンダ後、夕日ヲ眺メナガラ手ヲ繋ギ、引キ寄セラレルヨウニキスヲ……」

 ロボさんは馬鹿にしていたくせに随分と可愛らしいことを言い出した。
 まったく、人にカマトト呼ばわりしておいてこれか。花畑や冠や夕日を見ながらなど子供っぽすぎやしないだろうか。

「――いいな、それ」
「フ、デショウ?」

 子供っぽい? だがそこが良い。
 子供っぽいことをクロ殿がすることに価値があるのだ。
 不器用ながらも花冠を作って、私が小さく笑って見本を見せてお互いにプレゼントし合う。良いではないか。

「って、しまった。そもそも私花冠とか作ったことない。くっ、計画が破綻してしまう……!」
「デハ、コウイウノハドウデスカ。危機的状態ニヨル吊橋効果デス」
「聞こう」

 吊橋効果……確か生命の危機的状態を恋の緊張と勘違いする状況だったか。だがフェンリルすら屠るクロ殿が生命の危機を感じるなど、それこそA級に近いモンスター被害など――

「ハイ、マズワタシガクロクンヲ攫イマス」
「なにを言い出すんだ」

 あ、普通にA級に近い強敵が目の前に居た。
 ロボさんであれば確かにクロ殿を危機的状態に陥らせるのは簡単かもしれないが、攫うとは。しかもクロ殿の方を。

「ソシテ誘拐シタクロクンガ、危機的状態ノ時ニ、颯爽トヴァイオレットクンガ登場スルノデス!」
「酷いマッチポンプだ」

 誘拐されて弱っているクロ殿か。いくら好かれるためとはいえ、相手を誘拐してまで行動するのは気がひける。心に傷が残っても嫌であるし。
 誘拐され服が汚れ、不安に駆られ、助けに来た私を見て安心の表情を浮かべるクロ殿――いかん、考えるな。考えると見たくなってしまいそうになりそうだ。

「それに、駄目だ。クロ殿がストックホルム症候群を発症しても困る!」
「……! ツマリ、ワタシヲ好キニナル可能性ガアル、ト!」
「ああ、それによく考えればロボさんが攫ったら犯人バレるじゃないか」
「成程確カニソウデスネ!」

 しかしそうなると別の方法か……
 クロ殿の好きなモノを送ったり、料理を作ったり、お酒を飲みあっていい雰囲気に……どれもしっくりこないな。

「ワタシガ花火ヲ打チ上ゲマショウカ? 用意サエスレバ、デキマスヨ」
「できるのか。しかし花火か……何故だろう、勇気を振り絞って言葉にした結果、言葉が花火の音に掻き消される未来が見える」
「確カニ……ア、デハ最近湧イタ温泉ニ二人キリデ……」
「既にやった」
「……ソレデ、キススラシナイトハ……」

 その同情はやめてくれ。人のせいにしたくないが、グレイが乱入してきたからできなかったんだ。そうだ、そうに違いない。

「お互いに好きな場所……良い環境……抱き着く……寝間着……脱ぐ……」
「プレゼント……花火……オ酒……吊橋効果……ストックホルム……」

 お互いに積極的に行くことが出来るシチュエーションを出し合う。一つ一つの良い点を抽出し、まとめて行けばいいアイデアが浮かぶはずだ。
 つまり総合すると――

「クロ殿に花冠を作り、プレゼントするフリをして油断した所抱きつき」
「胸ヲ押シ当テ、クロクンノ服ヲ脱ガシ」
「慌てた所を力を込めて生命の危機を感じさせた後に」
「クロクンヲ気絶サセ、ソノ間ニ別ノ場所ニ移動」
「目が覚めると知らない場所で、不安なクロ殿に私が安心させる言葉をかけ」
「オ酒ヲ飲ンデ、オ互イニ火照リ」
「不安と緊張と酔いが合わさり、吊橋効果が発動し!」
「ソシテ、最後ニワタシガ花火ヲ打チ上ゲ盛リゲル!」

これだコレダ!』

 後からこの時の事を振り返ると思うことがある。
 多分私達はテンションが妙な方向に行っていたのだと。




「……やはり、見間違いではなかった。ヴァイオレット・バレンタイン……!」

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