追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

彼らが慣れようとするまで_1/2


 アゼリア学園生徒の調査1日目_調査開始


 調査と言っても、正直俺はもうフェンリルは居ないと分かっているので、アゼリア学園の生徒が大事に至らないように配慮するのと、シキの問題児がアゼリア学園の生徒に迷惑を掛けないようにするよう願う位だ。それが大変ではあるのだが。

「では事前に分けた通りのグループとメンバーで行います。連絡手段は――」

 アッシュが生徒全員を集め、指示を出している。
 普段からこういった作業には慣れているのか、冷静かつ正確であり随分と大人びて見える。多分今世の俺が15歳の時より遥かに落ち着いているだろう。

「なお、安全面の配慮として各グループに1名ずつ案内してくれるシキの方々が付きます。皆さん、迷惑はかけないように」

 アッシュの言葉に全員が綺麗に揃った声で返事をする。
 それに対しこちらも挨拶をし、各々が割り振られたグループの前に立った。担当区域や自分の戦闘においての役割などを説明する。
 俺の担当は……アッシュとネフライトさんがいるグループか。少々嫌な組み合わせではあるが、頑張って対応をしなくてはならない。そうでなければグレイを利用したり、苦し紛れの言い訳のせいで今頃空を飛んでいるだろうヴァイオレットさんに申し訳ない。
 それにこの二人は戦闘・魔法面においては優秀だ。アッシュは地と風のエキスパートであるし、ルートによってはカーバンクルとかいう凄い精霊とも契約する。……くそぅ、その魔法の才能の一割でも分けて欲しい。

「それと皆さん、良いですか。シキは少々特殊な場所です。アッシュ卿には昨日さくじつに説明し、聞いた人も居るかもしれませんが正直“そんな変な奴はいないだろ、どうせ過大に言っているんだろ”と思っている人も多いかもしれません」

 領主である俺の言葉に小さく笑う生徒が数人おり、アッシュが咳払いでそれを諫める。うん、まぁ笑える内が花だと思うんだ。
 正直この笑いが続くことを俺は祈っている。実際シャトルーズとネフライトさんは先程の件もあってか神妙な顔つきだし。

「そう、例えば……」

 と、丁度良いと言っていいのか間が悪いというべきなのか、分かりやすいバカがこっちに来ているので説明をさせていただこう。

「ハッハー! アゼリア学園の子猫ちゃん達、今から俺の部屋で調査をし――」
「【水創生アウトブレイク魔法ウォーター】。まず足元の環境を変え動きを封じるといいよ」
「【創造魔法:布クリエーション】次に視界を封じるなどして相手を混乱させます」
「【茨生成メイクマス】この時に武器を振りかざさないように手も拘束」
「そして空いた体に一撃を加え、無力化する――フッ!」
「ぐほっぅ!?」

 順にシアン、神父様、グリーンさん、俺の順番に連携をし色情魔カーキーを無力化した。突然の出来事にアゼリア学園の生徒は困惑の表情を浮かべて騒ついている。

「今言った通り、シキにはこういった不審者が出ます。判断に困ったら大声を出してください。一人で判断しないように。連携というものは集団においては重要です」

 俺の言葉に、アゼリア学園の生徒は困惑しながらも了承の返事をした。
 困惑する中、白い平民用制服を着た男子生徒(耳の形状からしてエルフの血が入っている)が遠慮しがちに手をあげて質問をしてきた。

「あの、その人はどうするんですか?」
「コイツは後でお目付け役の人が回収するから問題ないです。大丈夫、打たれ強いから」
「は、はぁ……?」

 こいつは魔法の才能は変に尖っていてどんだけ殴られても大丈夫だから問題ない。
 心配になったら女性を近づければ復活するし。

「お目付け役、ってことはご家族がいるんですか?」
「ううん、違うよ? この人、身分的には一応辺境伯家の人だから護衛とかの類の事だね」
『えっ!?』

 ある生徒の質問に対するシアンの補足に一同が驚愕した。

 そしてシキでの調査が始まる――――







「ここは温泉……ですか?」
「ええ、最近湧いたんです。入れはしますが、まだ整備は整っていないのでご注意を」

 調査の範囲に温泉があったため、一応説明がてらに寄ることにした。
 下手にここに来てトラブルがあっても困るためだ。

「りょ、領主さん! 温泉の中で溺れている男の人が!」
「なんですって!? 一体誰が……!」

 すると湯気で視界が悪かったためか、見えなかった人影をネフライトさんが捉えたらしい。
 ネフライトさんは言葉と共にすぐさま人影に駆け付け、俺も追随する。近付くと確かに温泉の中に沈むようにうつ伏せで溺れている影が――あ。

「ああ、この子ですか――よいしょっと」

 必死に起こそうとするネフライトさんに力を貸す形で溺れている男の人、175cm位の身長に、背丈程度の刀身がある長刀を携えた褐色の男を、片腕で彼の腕をつかみ持ち上げる。

「大丈夫、寝ているだけです」
「えっ、……本当だ。寝息が聞こえる。服を着たままなのに」
「この子はよく寝ますからねぇ……おーい、起きろブラウン、濡れた服だと風邪ひくぞー」
「……んぅ、寝ていない、寝ていない……ぐぅ」

 コイツ相変わらずいい度胸しているな。年齢を考えたら寝る時間が長くても不思議ではないんだけど、もう少し人が心配しない方法で寝て欲しい。

「まるで小さな子みたいに寝ますね、ふふっ可愛い」
「ですが彼も私達より大人でしょう。あまりこういった行動は他の人にも迷惑が掛かりますし、大人ならば自制の一つもしなければなりません」

 ネフライトさんが寝顔を見て笑い、アッシュが少々眉を顰める。
 好きな子が自分以外に可愛いと言って笑顔を向けたから嫉妬しているのだろうか。……でも少し嫉妬とは違う気がする。純粋にこの状況を非難しているだけだろうか?
 あ、でも一応フォローはしておこう。この子は大人ではない。

「この子の年は7歳ですよ。外見が大人なだけです」
『……えっ!?』

 ブラウンくん、7歳。
 ブライさん的にはショタっ子か大人なのかで葛藤する子である。







「ク、ク、ク……そうだ、もっと育つんだ。いいぞ、いいぞ……! 健やかに育つんだ……ククク、あの子達も喜ぶだろう……!」

 あからさまに怪しい人が居るというので、こっそりと様子を確認しに行くと確かに怪しい男は居た。
 外見と言動だけ見れば怪しくないという人の方がおかしいと言えはする。

「……見てください、ハートフィールド男爵。彼はくだんのフェンリルを連れ込んだ可能性があります。後をつけて調査を……」

 ああ、うん大丈夫。彼はシキでも善良の部類に入る黒魔術師だ。

「彼が育てているのはキノコですよ」
「まさか違法なマジックなキノコマッシュルームでは……!」
「いえ、ただの椎茸です」
「……なにかの暗号で?」
「いえ、ただの椎茸です」

 彼が作る椎茸はシキの子供でも美味しく食べられるので子供に人気なのである。
 さらには一年中採れる方法を編み出したとかで助かってもいる。彼のお裾分けは本当にありがたい。







 お昼休憩も含め、一度シキに戻り昼食を食べていると所用トイレに行っていたアッシュが慌てて戻ってきた。

「ネフライトさん、彼女が毒草を食べてしまったようです! 解毒の薬を貰えませんか!?」
「え、あ、うん! 症状を見せて、すぐに調合するから!」
「なんですって!? 一体誰が……!」

 アッシュの言葉に、ネフライトさんだけでなく周りに居た生徒も心配そうに駆け寄る。
 お姫様抱っこで連れて来た毒草を食べた子を俺は確認する……あ。

「ああ、この子ですか――ふん!」
「ハートフィールド男爵!? 女性の腹を殴るなど――!?」
「ゲホッゲホッ! くそっ、なにをする領主め! せっかく毒が身体を回って痺れてきて良い所だったのに! 私の身体も痺れる代物なんだぞ!」
『え、えぇー……』

 毒草を吐き出す彼女に対し、周囲がドン引きをしていた。
 俺は馬鹿なことを言うエメラルドの頭を小突き、アッシュから奪いお米様抱っこをして運ぶと、偶々近くを通りがかったアイボリーに投げつけた。
 怪我をしていないので露骨に嫌な顔をし、エメラルドも相手を見て露骨に嫌な顔をする。片方は怪我を治すことに興奮する医者。片方は新しい毒を体感することに興奮する調合師。
 二人共人を治したいという願いは変わらないのだが、どうしてこうも変に映るのだろうか。いや、変なのか。







「カバディカバディカバディカバディ!」
「カバディカバディカバディカバディ!」

 俺は昼休憩の間にこっそりと抜け出そうとするネフライトさんを、ヴァイオレットさんの所に通さないように必死のブロックを行っていた。
 くっ、さすがだ。この運動能力は伊達じゃない!

「……アッシュ。なにをやっているんだ、あの二人」
「……分からない。私が来た時には既によく分からない踊りをやっていた」







「フゥーハハハ! 偉人が継承せしアップル栄華の学生達ゲイト達よ! 闇を晴らす行為エーテルライトは順調か! 汝らが望むのならば偉大なるグレート変則魔術フォーミュラー刻印使いユーザーである我が【一足先(アグリー)の悲しき未来デスティニー】を使うのも吝かではないぞ!」
「……申し訳ありません、彼女はなんと言っているのでしょうか」

 えーっと……今回のはちょっと難しいな。
 だけどこの状況から察するに……

「ふはははは、偉大な先人が建てた学園に通う生徒達よ。市民の不安を無くすための調査は順調ですか? 貴方達が望むのならば、多くの魔法を駆使することが出来る私が新たに開発した探索魔法で協力してあげることも出来ますが、必要ですか? ……と彼女は言いたいのかと」
「ふっ、貴様らの言葉だとそうなるな。流石はクロさん。我を理解しているではないか」
「……よく分かりますね」

 慣れもあるけれど、ちょっと昔を思い出すので分かってしまうんです。
 いや、アプリコットの方がレベルは高いけどね。ここまででは俺もなかった。







 そしてある時、笑顔ではあるが少々疲れた表情でアッシュが俺に尋ねて来た。

「このように言うのは失礼だと思いますが……ハートフィールド男爵はいつもあの皆さんを相手しているのですか?」
「ええ、まぁ」
「……そうですか」

 その同情の視線は正直嬉しくない。





備考:エメラルド
グリーンさんの娘の調合師(薬剤師)。13歳。
最近は毒を食べても耐性が出来ていてあまり身体が痺れないのが悩み。


キャラが増えてきていますが、あまり名前を覚えなくても大丈夫です。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品