追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

触れないからこそ価値がある


 アゼリア学園生徒の調査1日目。

『よし、言わせてもらおう。私は多分アッシュ達に会ったら心が折れる』
『すごくハッキリ言いましたね。別に良いですけど』

 屋敷で宴会をした次の日の朝。ヴァイオレットさんにそう宣言された。
 実際に心が折れるかはさておいて、アゼリア学園の生徒、特にアッシュやシャトルーズには会いたくないそうだ。貴族生徒にも顔を合わせ辛い。昨日の敵意の視線を考えれば仕様がないとは思う。
 そこでヴァイオレットさんには別の仕事をしてもらい、俺やグレイ、シアンや他数名はアゼリア学園の調査団の対応に当たっている。
 恐らく殿下との対面レベルの心が動揺する事が予想されるので、ネフライトさんの事は伝えていない。とりあえず彼女は出来るだけ離した方が良いだろう。
 ともかく今は、グレイと共に朝早くシャトルーズとネフライトさんを連れてシキの少々外れた家へと訪れていた。

「――なに、ブライというと、あの帝国で生ける伝説と呼ばれ、忽然と消えた……?」
「恐らくその方かと」

 場所は朝早くから鉄を打つ鍛冶場がある家の前。
 ここに来たのは、昨日約束した鍛冶職人をシャトルーズに紹介するためだ。どうも刃毀れした武器を研磨、あるいは新しいモノを調達したいらしい。

「シャル君、ブライさんって有名なの?」
「ああ、彼が仕上げる刃物は、刃毀れするのなら使用者の腕が悪いからだ、と評される程にはな」
「ほう、それは創る者として興味があります」

 興味があるからと言って着いて来たネフライトさんが、シャトルーズに質問をする。身長差のせいで自然と上目遣いなのがあざと可愛らしい。本人は無自覚だろけど。
 ブライさんとはシキ唯一の鍛冶職人だ。渋い外見とお声でシキでも包丁を作ったりで主婦の方々に人気のお方。他にも武器を作ったりして輸出した商品の売り上げの一部を納めてくれるため頼れる人……なのだが。

「だが、依頼主と内容が気に入らなければ国王であろうと断るという、己の仕事に誇りと気難しさを持っている」
「おおう、私の師匠を彷彿とさせるね」
「…………」

 外部からの感想としては間違いではないろう。実際気難しいし、頑固でいかにも「職人!」って感じの人だ。
 だが忘れてはならない。彼が何故シキに居るのかということを。

「着きました、ここです。グレイ、すまないが外で待っていてくれるか」
「承知しました」

 グレイは言われると俺達から一歩下がり、礼をする。
 シャトルーズはその様子を特に気にせず、ネフライトさんは少し不思議そうに見てから扉の前に立つ俺に続く。
 俺は中から鉄を打つ音が聞こえていることを確認し、少々大きめの音で扉を叩く。

「――ブライさん、居ますか?」







「帰れ」

 依頼内容を話すと一切の迷いなく拒絶された。
 いや、まぁ一応伝説の鍛冶職人相手に割かし上から目線で「金ならある」などと頼み込めばそうもなると思うが。
 シャトルーズは不器用・不愛想とはいえもう少し会話スキルはどうにかならないのだろうか。乙女ゲームカサスでも主人公……ネフライトさんが居なければ孤立気味の人生歩んでいたはずだし。

「頼む。私はこれからも強くならねばならない。そのためにも私は貴方の武器を頂きたい」
「良い腕の剣士は武器を択ばずとも――などと言うつもりはねぇ。根本せいのうがよくても出力方法武器が悪けりゃ3流だ」

 それはなんとなく分かる。前世でも仕事道具武器を大切にしないと上手くいかなかったことが多かった。
 逆に武器が良くても性能が悪ければ猫に小判になるだろうが。

「わ、私からもお願いします! シャル君は私達を守ってカタナに刃毀れが出来ちゃって……」
「それは俺に関係ないことだ。こんな会って間もない軟弱坊主の言うことを何故聞かなければならん」

 そう言うとブライさんは背を向けて鉄を打ち出す作業に戻る。
 ……これはこのままでは絶対に動かないパターンだ。
 正直言うならば、俺としてはここでシャトルーズが本人の交渉で武器を新調しない方がありがたい。
 何故ならこのまま交渉決裂した後に、俺が助け舟を出すことによって新しい武器を調達し、一つ恩を売りたい。シャトルーズは恩に対しての義理を果たすタイプの人間だ。義理を利用してシキに居る間はヴァイオレットさん関連で手を出しにくいようにしたい。
 悪いけれど、ここはまだ動かずにいよう。
 シャトルーズも貴族で平民が相手とは言え、切り捨て御免的なことはしないだろうし。

「分かった、ならば脱ごう」

 何故そうなる。

「えっ!? シャ、シャル君が脱ぐなら私も脱ぎます!」

 何故そうなる。
 落ち着いてお二人さん。ってコイツら本当に制服を脱ごうと手を掛けようとしている!
 ある程度諦めるまで静観を決めようと思っていたが、俺は後ろから服を脱ごうとする二人の手をそれぞれ掴み、脱衣を止めた。

「落ち着いてシャトルーズ卿、ネフライトさん。何故脱ごうとするのです」
「放してくれ男爵。俺が軟弱呼ばわりされるのが我慢ならなかった。軟弱でないことを証明するため、肉体一つで強さを証明しようと」

 この冷静の皮を被った脳筋め。
 素の一人称が出るほどそんなに我慢ならなかったのか。それに脱ぐ必要はないだろう。

「わ、私も頼み込んでいるんですから、シャル君だけには恥をかかせまいと思いまして!」
「多分それで貴女が脱いだ方がシャトルーズ卿は恥をかくと思うんです」
「本当ですか」
「本当です」

 だからと言って本当に脱ごうとするとは豪快な子である。多分下着事脱いで上半身裸になる勢いだったぞ。
 それに実際シャトルーズも脱ぐ時は気付かなかったようだが、ネフライトさんが一緒に脱ごうとした事に気付くと止めた俺に感謝しているし。

「お前らの裸なんざ見ても嬉しくもなんともねぇ。俺に認めて欲しけりゃB級モンスターでも一人で狩ってくるんだな。もしくはその軟弱な体を鍛え上げることだ。そうすれば俺が鍛えた武器ヤツを仕上げて渡してやる」
「くっ……どうしても俺を認めないというのか……! 良いだろう、ならば軟弱という言葉を撤回させ、認めてもらうまで俺は通い詰めてみせよう」

 待て、なにを言い出すんだ。

「えっ、シャル君。学校はどうするの?」
「休学届を出す。すまない、ネフライト。俺にも譲れないものがあるんだ」
「シャル君……」

 シャル君……じゃない。そんな「流石は男の子なんだね」みたいな表情をしないでほしい。勝手に滞在されても色々と困るんだが。
 ああ、どうしよう。本当は恩が売れるかな程度に考えていたのに、このまま行くと本当にこの男はシキに滞在しそうだ。そうなってはヴァイオレットさんの精神が削られていくだろう。
 俺は二人に私に任せてくださいという仕草を取り、一歩前に出てブライさんに声をかける。

「ブライさん」
「なんだクロ坊。領主の頼みでも聞けねぇものは聞けないぞ」

 それくらいは分かっている。
 この人は貴族だろうと王様だろうと納得のしない仕事はしない人だ。そしてその我が儘を通せるほどの実力を持っているのも知っている。
 だけど……

「条件をつけましょう」
「条件?」
「ええ、貴方にとって得する条件です」
「それは一体……」

 俺は三人の視線を受けながら、手を二回大きめに叩く。
 するとそれを合図として鍛冶場の扉が開かれた。中に入ってきたのは、外で待機していた――

「――グレイMy くんSweetじゃないかAngel
「は?」
「え?」

 そう、グレイだ。
 ブライさんの先程までの職人然とした態度とは違う意味不明なよくわからない言葉に、シャトルーズとネフライトさんはキョトンとした表情になる。

「おはようございます、ブライ様。本日も朝早くからのお仕事お疲れ様です」
「い、いやいやいや。グレイくんこそこんな朝早くから暑苦しい場所によく来てくれたね! きょ、今日はどうしたんだい?」

 ブライさんは道具を置き、グレイが来たことに困惑しつつも嬉しそうに近寄っていく。
 俺は困惑するシャトルーズとネフライトさんを腕で下がっているように制し、その成り行きを見守る。

「はい、この度は私めの……新しいご主人様となったヴァイオレット様のご学友であられました、シャトルーズ様の武器を新調すると聞きまして、クロ様の共として来た次第です」
「そ、そうなのか。……もしかして俺達の会話は聞こえていたのか?」
「? いえ、外で待機するようにクロ様に言われたので、鉄を打つ音などで聞こえませんでしたが……なにか問題でも?」
「いや、なにもないよ。うん、なにもないとも」

 グレイの言葉にブライさんは安堵し、グレイは疑問の表情になる。
 ……ごめん、グレイ。お前を利用する俺を許してくれ。

「なぁ、グレイ。確か今からアゼリア学園の生徒の人達と調査を手伝う予定だったな」
「はい、その予定ですが」
「実はブライさん、シャトルーズ卿の武器を仕上げるのに手伝いが欲しいみたいなんだ」
「なっ……!?」

 俺の言葉にブライさんだけではなくシャトルーズとネフライトさんもなにを言っているのか分からないようにこちらを見る。
 よし、事前にブライさんの仕事に余裕があることは把握していたし、仕上げだけでどうにかなるのも知っているから大丈夫だ。

「つまり、私めは調査の方ではなくブライ様の手伝いをする、と」
「ああ、頼めるか。それと15時くらいまでは俺達も調査するから、それまではブライさんと一緒に居てくれるか? ば、時間までお茶をしていても良いしお昼も一緒で良い。他の仕事はないからな」
「っ!」

 俺の言葉に対し、ブライさんは意図を読み取りその瞳がやる気に満ち溢れる。
 職人魂に火が点いた、という所か。嫌な火である。

「承りました。ですが、よろしいのですか? 私めが鍛冶の役に立つとは……」
「役に立つ。グレイくんが居てさえくれれば俺の武器の出来は2倍に跳ね上がる」
「……? そうですか、私めなりに努力させていただきます」

 ブライさんは恐らく心の中で「やったー!」と叫びながら仕事に取り掛かろうとする。
 その様子を見て止まっていたシャトルーズがようやく事態を把握しようと頭に手を置き考え、考えるだけ無駄と悟ったのか俺に質問をしてくる。

「……あの様子で刀は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。仕事に手は抜きませんし、グレイに良い所を見せたいでしょうから」
「それに鍛冶師のあの様子は……」
「言ったでしょう、気難しいって」
「そういう意味……なのか……?」

 そういう意味なんです。
 ブライさんがシキに来た理由は、望む武器を作れない煩わしい人間関係に嫌になったとか、帝国から離れて田舎で武器だけ作りたいとか職人然とした理由じゃないんです。
 少年ショタが好きだから、帝国を追い出されてシキに居るんです。
 イエスショタ・ノータッチ。眺めたり一緒にお茶を飲んだりするのが幸せな人なんです。

「伝説の鍛冶職人って個性的なんですね……」

 ネフライトさんは必死に遠回しな表現でブライさんを言い表していた。





備考:ブライさんの渋いお声
東地〇樹さん、小山〇也さん、安元〇貴さんあたりの渋いお声でご想像ください。

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