追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

不意打ち_解決策=殴る


 剣と魔法の乙女ゲー“火輪かりんが差す頃に、朱に染まる”においての主人公ヒロインは希少な錬金魔法を得意とする平民出身の、赤みのかかった金色に近い色のふわっとした長い髪に透明に近い瞳が特徴の女の子だ。
 別に特殊な生まれでは無く、隠された血の力とかは存在しない。家族も先祖も一般的な平民家庭だ。
 が、幼少に通りすがりの錬金魔法の師匠に教わったことにより、錬金魔法と攻略対象の力を借りて学園でも優秀な存在として入学後に頭角を現す。そして時には身分差を超えて攻略対象ヒーロー達と恋を育んだり、封印された竜を倒したり、暗殺者から攻略対象ヒーローを守ったり、複数の男性を虜逆ハーレムにする平凡(?)な女の子だ。
 デフォルトネームは無く、家名も下の名もプレイヤーが設定する。俺が心の中では主人公ヒロインと呼び続けたのもそれが理由だ。
 今の彼女がどのような人生ルートを歩んできたか分からないが、一つ確かに分かる事はある。

「あの、盗み聞きしてごめんなさい。領主さんってヴァイオレットさんと夫婦……なんですよね」
「……ええ、そうです」

 間違いなく彼女は、俺達にとっての爆弾だ。
 少なくとも彼女を今ヴァイオレットさんに会わせてはならない。ヴァイオレットさんの精神的にも、アッシュやシャトルーズの心象を悪くして、再び敵意を向けさせないためにも。

「私、ヴァイオレットさんに学園ではお世話になっていたんです。でも数ヵ月前に彼女が何処に行ったか分からなくなって探していたんですけど、ここで会えたから……」

 この場合のお世話になったというのは遠回しな嫌味なのか、性根が良い子だから本当にそう思っているのかは判断が付かない。
 どちらにしても俺が答えるべきは、否定の言葉でなくてはならない。
 彼女が善意に溢れた言葉を投げても、それが良い方向に動くとは限らないのだから。

「彼女に一言謝――」
「ネフライトさん!」

 だが俺が否定の言葉を掛けるよりも早く、貴族の制服を着た男子生徒、アッシュが彼女――ネフライトさんの名を呼んだ。
 急な言葉だったためかびくっ、と身体をすくめた後、呼びかけられた方へとネフライトさんは顔を向ける。

「すみませんが、持ってきた荷物に欠損が見つかりまして。貴女の錬金魔法で修復を頼めないでしょうか」

 アッシュの言葉に少々悩んだ表情を取るが、目をぱちくりと瞬きをさせると途端に笑顔となる。

「オッケー、他にもあるようだったらさくっと直しちゃうから! 私が役にたてる数少ない場面だからね!」
「助かります。ですが貴女は充分に色々と活躍しているじゃないですか。謙遜することないですよ」
「あはは、ありがとうアッシュ君!」

 元気よく笑顔で返事をすると、改めてこちらに向き直り深々とお辞儀をする。

「ごめんなさい、領主さん。また後日お話させて頂きますので、よろしくお願いします」
「え、ネフライトさん!?」

 俺の呼びかけに対して一礼だけすると、ネフライトさんはそのまま去っていく。
 ……しまったな、はっきりと否定するタイミングを逃した。このままでは再び彼女は俺の下に来て、ヴァイオレットさんと会えないかと聞いてくるだろう。場合によっては直接屋敷に来るということもあるかもしれない。面倒なことになった。
 彼女の善意自体は尊重したいし、ありがたいのだが。
 それにしても今のアッシュがネフライトさんを呼んだタイミングはもしかして……

「警戒されている、か」

 恐らくではあるが、アッシュは俺に対して警戒している。シャトルーズも同様に警戒の意思を感じる。
 (多分)アッシュやシャトルーズが好きなネフライトさんが、二人にとっては嫌いなヴァイオレットさんの夫である俺に近付いていたので離そうとしたのだろう。彼であれば俺がシキに来た理由も知っているかもしれないし。

「さて」

 俺は一通り教会の内部を見て、目が合った神父様に一礼をすると教会の扉に向かって歩き出す。
 やることは多い。明日からのアゼリア学園の調査の補助や、鍛冶職人の紹介。そしてなによりも優先しなければならないのがヴァイオレットさんへの精神回復メンタルケア
 彼女を放っておくわけにはいかない。例えこれ以上アゼリア学園や王国に敵を増やしても、俺は彼女を守りたい。
 そのためにも細心の注意を払って行動せねば――

「聞いてくれよクロ!」
「……おう」

 そして教会から出て扉を閉めた矢先に、ある意味アッシュやシャトルーズ、ネフライトさんより極めて傍迷惑な男が、俺の前に現れた。

「せっかく盛り上がる夜の特別な部屋も用意したから、シキの女の子たちに声をかけまくったんだが、誰一人として捕まらなかったんだ。さすがに俺も自分の運命を呪ったさ!」
「……そうか」

 運命を呪ったならば大人しく家に戻って欲しい。
 只でさえ頭を痛めているのに、これ以上頭痛の種を増やさないで欲しいのだが。しかしそんなことも気にせず目の前の男、カーキーは演劇でもやっているのかと思う程ワザとらしい仕草で言葉を続ける。

「だが! 聞けばアゼリア学園の女の子たちが来たそうじゃないか!」
「……せやな」
「これは正に奇跡の会合! 俺が今回夜の相手が見つからなかったのも、今この子達と共に過ごす為の必要な過程だったんだ! という訳で俺は女の子に声を掛けに来たんだぜハッハー!」

 よし、とりあえず。
 妙にイライラしているこの一連の事柄と。この極めて迷惑な前向き思考馬鹿色情魔の制裁も含めて。

グーで殴るか」
「え、どうしたんだクぐぼあっ!?」

 右ストレートでカーキーを気絶をさせた。





備考:カーキー
女性であれば人間外見年齢10~70代まで大丈夫な茶色の髪の色男。
種族がドワーフでもエルフでも半死者アンデッドでもある程度女性のなりであれば行ける勇者。
極めて迷惑な打たれ強いポジティブシンキングなので、説得するより殴った方が早い。というのがシキの共通認識。

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