追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

幕間的なモノ:シアンの相談受付


幕間的なモノ:シアンの相談受付


 私はかつて信者に手を出していた大司教を殴ってシキに飛ばされた。
 その時は誰も庇ってくれなかったし、事を公に罰すると色々問題があるからといって辺境に飛ばされた時も、これが神様の導きだというのならばシスターなんてやめてしまおうと思っていた。
 だけど住めば都とはよく言ったもので、私はシキでの生活に満足している。
 空気は美味しいし、食べ物も美味しい。
 数少ない子供は慕ってくれているし、なにより見下してくる神官や司教、煩わしい同僚シスターが居ないのも良い。王国での人間関係は私に合っていなかった。
 初めは田舎であり、田舎特有の鎖国的な要素がないか不安であったが、シキでは別の意味の変態……じゃない、大変さがあり、そんな不安は直ぐに消えていた。

 さて、そんな自分語りはともかく、私はシキでもシスターとして仕事はきちんと熟している。ミサもするし、お祈りもするし、人々の体調を管理することもあれば、シキの人達に文字を教えることもある。
 そしてそんな仕事の中でも、神父様と交代で受け持っている重要な仕事がある。

「クロについての相談?」

 そう、相談ないしは懺悔を聴くことだ。
 人があまり多く居ないシキでは王国に居る頃と比べると回数は少ないが、それでもない訳ではない。子供が親と喧嘩して泣く子をあやしながらお話を聞いたり、中々帰ってこない夫の愚痴を聴いたりといった所である。後は色情魔カー君の■で■■な話とか、イエローさんの何処まで本当か分からない武勇伝とか。

「クロと仲良くなりたい? え、夫婦だよね?」
「夫婦なのに、だ」

 そんな中今日相談を受けたのは、イオちゃんの夫婦の仲の相談らしい。
 曰く最近夫婦としてもっと仲良くなりたいと頑張りたいと意気込んだは良いが、フェンリル騒動関連忙しくて中々実行に移せないらしい。
 いや、移そうとはしてはいるのだが、いざとなるとどうしても尻込みしてしまうとのことだ。そこで如何すれば良いか私に相談しに来たらしい。
 ……というより男女の仲良くなれる方法だったら私が知りたいんだけどね。私だって神父様と男女として仲良くなりたいよ。

「シアンさんやグレイなどには敬語を使わないのに、私には未だに敬語を使うのだ。確かに最初の方に敬語は不要と言わなかったのが悪いのかもしれないが」

 イオちゃんが特に気にしている所が敬語これだという。
 そう言えばクロは年下であるイオちゃんにも敬語を使う。
 基本クロは年上やお客様には敬語を使い、年下にはある程度砕けた口調で話す。ある程度親しくなれば年上でも敬語を使わない。
 恐らくはイオちゃんが公爵家の娘さんだから初めは敬語を使って接し、クロがまだ敬語を外すタイミングではないと判断している。それを距離を感じている風に捉えているのだろう。

「でもその指輪だってサプライズで貰ったヤツじゃん。クロがイオちゃんを大切にしようとしている証じゃない?」
「う、うむ。この指輪は素直に嬉しかった。私を底から救ってくれただけではなく、クロ殿が私を思ってプレゼントしてくれた、夫婦としての証だ。末永く大切にしたい」
「相談風ノロケに来たの?」
「ち、違う! そうではなくてだな。私の思う夫婦らしいことが出来ないという相談で――」

 どうもクロがイオちゃんを大切に扱ってくれている、というのは分かるのだが、もう一歩踏み込みたいらしい。
 ……なんだろう、イオちゃんは過去に少し苦い経験をしたのだろうか。
 自分から素直に行かないと仲良くなれない、といった意気込みを感じる。そしてクロに対しては異性としての好きなのかどうかは自覚ない、と言った感じか。夫婦から恋愛を始めようとしている、というように見受けられる。
 まぁ貴族の結婚なんてそんなものなのかな。お互い歩み寄ろうとしているだけ良いかもしれない。

「はは、まさかキスもまだなんてことはないよねー」
「えっ、……あ」
「はははー……え、マジで?」

 私が冗談交じりに言うと、イオちゃんは「そういえばそうだった」とでも言わんばかりに顔を逸らした。
 え、マジかこの夫婦。いくら唐突な結婚とは言えキスすら未だだというのか。プラトニックでも気取っているのだろうか。それとも貴族の結婚とはそんな感じなのだろうか。

「……クロ殿の好みは私とは違うのだろうか」

 それはないだろう。
 外見に関してはクロがイオちゃんを好ましく思っているのが見受けられる。性格に関しても自分に無い貴族らしさを褒めていたし、嫌ってはいないはずだ。
 しかしそうなると、何故手を出さないのか。イオちゃんに気を使っていたとしてもキス位は……

「もういっそ夜這いかければ? こう、クロの前でバサッて服脱いじゃってさ!」
「それは初日にやった。断られた」
「やったんだ!?」

 半分冗談のつもりであったが、イオちゃんは思ったよりも積極的で大人だった。
 聞けば自棄なことを見破られて断られたらしい。
 それは立派なことであるし、イオちゃんも救われたのならば良い行動だとは思うが、このシキでも随一と言っても良いほどの女性的な魅力に溢れる身体を前にして、流されることなく己を律することが出来るとは。
 思ったよりもクロは自身は――いや、もしかして。

「――もしかして、クロは幼児好きロリコン?」
「な、に……!?」

 私の発言にイオちゃんは驚愕のあまり目を見開いた。
 クロはカー君と偶に女性の好みに関して楽しく話し合っているから、女性に興味が無いという訳ではないだろう。
 だけど! もしイオちゃんを前にして性的欲求を我慢できるということは、イオちゃんの身体が好みではなく、正反対――生命礼賛を象徴する子供に興味があるのではないか。
 え、さっきイオちゃんの身体は好みから外れていないって言ったって? 細かいことは気にしてはいけない。

「確かに最初の夜這いあれはイオちゃんの心情を見抜いて断ったかもしれない。でも今でもキス一つしないなんておかしい」

 そう、おかし過ぎる。
 夫婦だから誰にも憚れることは無く、祝福すらされることのはずなのに。もっと積極的になっても良いはずだ。
 え、シスターが性欲を発露させる方向に勧めて良いのかって? やりすぎなきゃ別にいいんだよ。私だって神父様とキスをしたり結ばれたいと思っていたりするし、溺れなければお互い合意があれば良いっていう教えだし。

「だとすれば、私はどうすれば……いや、クロ殿の好みは尊重すべきだ。例えそれが小さい子が好きだろうと、同性でも、動物でも、モンスターでも、半死者アンデッドでも、だ!」
「お、おおう。イオちゃん結構心広いね」

 大丈夫かな。イオちゃん、無理に納得して受け入れようとしていないかな。
 なにか解決する手段は無いだろうか。
 そういえば最近シキの近くに……そうだ。思いついた。

「でも駄目だよイオちゃん。認めることだけでなく、それがもし犯罪なら正さないと」
「つまりそれは……」
「そう、イオちゃんの魅力を気付かせて他に興味を持たせなければいいの!」

 別に誰が誰を好きになろうが尊重されるべきだとは思う。だけど今はこうして可愛らしい妻を悩ませている夫が居ることが問題だ。

「つまり! クロを犯罪の道に外さないためにも、妻としてイオちゃんは導かなければならない!」
「う、うむ、そうだな!」
「そして! 壁が取れ始めている今なら異性として意識され始めている可能性がある!」
「そうか!」
「だから! 今イオちゃんが積極的に迫ればクロも我慢できなくなるかもしれない!」
「ではどうすれば!」
「ふっ、私に任せておいて。絶好のシチュエーションを用意してあげよう!」
「ありがとう……ありがとう、シアンさん!」

 そう、最近シキの近くに温泉が出来たらしい。
 それを利用すればクロだって意識せざるを得ないはずだ。


 ……まぁ単純に忙しいから意識していないだけで、クロはそういった事は今迫ればする気もあると思うけれど。ここまでイオちゃんを悩ませたんだから、少しは反省するべきだと思う。

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