追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

らしくない?


「グレイ、大丈夫か。あのシュバルツという女に変な影響を受けていないか?」
「大丈夫です、ヴァイオレット様。シキを案内しただけですから」

 シュバルツさんがシキにやって来た次の日の夕方。
 昨日はグレイにしては珍しく遅く(日付が変わる前)まで遊び、帰ってくるとそのまま電池が切れた様に自室で眠り、起きて朝食後シュバルツさんにシキの案内と謝罪をした後にシキに居る子供と遊んできたそうだ。
 シュバルツさんは子供が好きらしく、たった一日でシキの子供が懐くほどの面倒見の良さを見せていた。……グレイも笑顔であった辺り、やはりそういう方面は得意なようだ。

「と言うより、クロ殿は昨日と今日はなにをやっていたのだ。シュバルツに一晩グレイを預けるなど、正気の沙汰ではないぞ……!」
「あの、クロ様。何故ヴァイオレット様はシュバルツ様をここまで警戒しているのでしょうか」

 多分グレイもあの衝撃的な出会いをしていれば同じ警戒心を抱いてもおかしくないと思う。グレイにとっては楽しく遊んでくれる優しいお姉さん的な感じだろうけど。
 宿屋の主人も警戒するよう伝えておいたし、グレイも自身を護衛する魔法自体は優れているし心配は少なかった。……いや、相手が相手だから心配は皆無という訳ではなかったが。一応別の用件もしていたし。

「割と真面目な人ですよ、シュバルツさん。聞いた限りでは実害以上に恐怖をさせたお詫びと言って補償をしたらしいですから」

 被害を受けた人が多く払おうとするシュバルツさんに対して困っていたくらいだ。代わりに明日から別の手伝いをするということで落ち着いたらしいが。初対面に近い人にそこまで言わせるとは、シュバルツさんはどんな話術を使ったのだろうか。

「クロ殿まで……!? まさか、やはり昨日の出会いのせいか、わた――」
「違います」

 このまま行くとヴァイオレットさんが、「私の時は興味も示さなかったのに」などと言いそうだったので、言われる前に違うとだけ言っておいた。
 それを言われると、グレイにも俺がシュバルツさんの身体に心を奪われたせいで甘い対応をしていると思われそうであったからである。グレイはなんのことだが理解できていない表情であったが、説明はしたくない。

「それに、領主である以上警戒はしていますよ。子供から心を掌握してシキにとけ込んで詐欺を働かそう、という輩の可能性もありますし。対応策や身元の確認も講じてます」
「あぁ、もしかして今日の用事とやらはそれ関連だったのか」
「そうですね」

 本当は別の用事も混じっていたのだが、それは言わなくていいだろう。
 それに警戒しているのは確かだ。旅人や商業という名目でヴァイオレットさんを監視している人も居るし、ここ最近のシキは空気が違う。
 そこにあの乙女ゲームカサスでも厄介な存在がシキに一週間泊まるというのだ。この一週間はいつも以上に気を張り巡らさなくてはならない。

「……もし王都に向かうなら、殿下とかに危害が及ぶ可能性もあるし」

 俺は手に持った野菜をどう調理しようか迷いながら小さく懸念材料を呟く。
 そう、例え純粋にシュバルツさんが休息などのためにシキに来たのだとしても、王都に向かうのならば、それは殿下ないし他の人たちに危害が及ぶ可能性があるのだ。
 もし危害が及ぶのならば、殿下と関わりがないとは言え止めたいとは思う。が、なにをもって止められるのかも分からない。過去の彼女の犯罪なんて俺には立証できないし、未来に起きるしれない犯罪なんて言えるはずもない。王都に行けば憲兵に止められる俺が出来ることは――シキの平和を彼女が脅かさないように、守ることくらいだ。

「…………」
「ん、どうした、グレイ?」
「いえ、なんでもありません」

 グレイがこちらを不思議そうに見ていた。今の独り言が聞かれたのだろうか? だとしても意味はよく分からないことだろうし、シュバルツさんとは結び付かないだろう。少なくともシュバルツさんは、今はただの“良い人”なのだから。







「クロ、変態」
「突然なんだ」

 次の日の朝。神父様が居ないからと朝飯をたかりに来て一緒に食べているシアンが唐突に俺を変態扱いしだした。少なくとも蹴り技の時に動きやすいようにと修道服を改造し、深めのスリットを入れて激しく動くと太腿が大いに露出する服を着ているヤツには言われたくない台詞である。

「間違えた、大変。あのシュバルツって人、ヤバい。なにがヤバいって言われると説明しにくいけど、ヤバい」
「絶対ワザと言い間違えただろ。そしてお前の語彙力もヤバい」
 
 フォークに刺したトマトを食べると、シアンはもぐもぐとさせつつ神妙に腕を組んでいる。
 そんなシアンを見ながらヴァイオレットさんは食後の紅茶を飲んでいた。もうシアンのシスターらしくない行動には慣れたようである。
 唐突に今日朝扉を開けてご飯をたかりに来た時は驚いていたが。

「シュバルツって人にさ、昨日喧嘩吹っ掛けたんだけど」
「お客様になにしやがってんだテメェ」

 今の言葉を聞いてヴァイオレットさんも紅茶むせかけているじゃないか。

「だってさ、なんか邪気があったから。話しかけたら“美しくない”って言われて、私の服装も色々言われたから、つい」
「つい、で済ますな」

 だが、シアンが邪気を感じたのならばなにかをしようとしていたのだろうか。
 シアンはこんなだが、割と悪意や悪魔系モンスターの気配には敏感な方だ。もしかしたらシュバルツさんはやはりシキでなにかしようとしていたのだろうか?

「ただ単に、己の美しさを示すために露出しようとしていたのではないか」
「はは、イオちゃん、それはないよー。……って、クロはなんで顔を逸らすの」

 否定できないからだ。

「ともかく、邪気を祓う為に牽制をしたら、ワザと怖がっていたの」
「ワザと?」
「うん、なんて言うか、私が牽制している分かった上で、素人として振舞うために防御の態勢を取った、って感じ?」

 それを分かるお前もなんなんだ。

「それに正中線のブレはないし、邪気も祓っていないのに邪気が消えていた。気のせいかもしれないけど、一応注意はしておいた方が良いかな、って思って忠告に来た訳。うん、ご馳走様っ」
「シアン様、食後の東の国に有ります紅茶になります。以前好きだとおっしゃっていましたので」
「お、相変わらず気が利くね、レイちゃん!」
「恐縮です」

 話を聞き、俺はどうするべきかとさらに悩んだ。
 その邪気とやらが、シュバルツさんの過去に起因した邪気なのか、ここでなにかをやろうとして纏った邪気なのかは判断が付かない。分かる事はシュバルツさんはシアンを警戒しだしたため表立って行動する可能性が低くなった……という所か。

「クロ殿。確かに私も気になるが、疑惑を持ちすぎるのも禁物だ。被害が及んでいない内に不審者扱いして不快な思いをさせる可能性もある」
「昨日あれだけグレイを心配して、シュバルツさんを警戒していた人の言葉には思えませんね」
「む……確かにそうだが、クロ殿が真面目な人と言ったのではないか」
「そうですね」

 ヴァイオレットさんの言葉に頷き、今対抗策を考えるのは止めることにした。
 確かに気にしすぎも良くない。もしかしたら昨日感じていた不安だって杞憂であり、俺の知るあの乙女ゲームカサスの登場人物であるシュバルツさんと今滞在しているシュバルツさんは全く関係なかった、という可能性もあるのだから。

「ねぇ、レイちゃん。あの二人っていつも家ではあんな感じ?」
「そうですね。どうかされましたか?」
「んー……夫婦っぽくないなって」
「そうなのですか?」





備考:東の国に有ります紅茶
・ようは日本茶

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