追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

疑惑と困惑


「モンスター被害か……シキでは良くあることなのか?」
「良くある、と言う程ではありませんが珍しいことでもありませんね」

 シキの少し外れの森にて。俺とヴァイオレットさんは警戒をしながら先に進んでいた。
 理由は今朝シキの何か所かで畑のモンスター被害があったからである。
 シキでモンスター被害が出ることは珍しくはない。むこうも住民に直接被害があれば積極的に討伐されると理解しているためか人に危害を及ぼすことは稀であるが、食料を求めて森や山を出てしまい畑の作物を食い散らかすというものはある。
 だが、今回はいつもの被害と少々違うモノだったのである。

「あまり見ない足跡だったんですよね」
「みたいだな」

 今回のモンスター被害は今までで見たことの無いタイプの足跡であった。新種・外部のモンスターであれば対応策も異なってくる。そのため一応シアンとスノーホワイト神父にはシキの守りをお願いはしてきたが……

「こういう時にロボが居てくれたらなぁ……偶に何処か行くんですよね」
「確か昨日海の神を救うと言って飛んで行ったが」
「え、本当ですか。となると数日は帰ってこないですね」
「その反応からすると、前から何回もあったのだな……」

 ロボが居れば大分戦力もアップは出来たのだが、海の神を救いに行ったのならば仕方ない。正直海の神とか良く知らないが「ヘイワノタメデス」と言っているのだから必要な事なのだろう。
 ともかくとして、今動ける戦闘メンバーで手分けしつつ探索をしている。
 本当は危ないのでヴァイオレットさんもシキで領民を守って欲しかったのだが、危険があるというならと自ら討伐に名乗りを上げた。大丈夫かと思ったがよく考えれば魔法適性などに関しては遥かに俺より優れている人だ。実際に戦闘方面で使っている所はまだ見たことないが、魔法を使えば俺より強いだろう。
 とは言え、まだ土地勘がないだろうから俺と一緒に組んで討伐に来ているわけだが……

「む、昨日の雨の影響か土が柔らかい箇所があるな……気をつけねば」
「はい。見た目以上に足を取られやすいから気を付けてくださいね」

 ヴァイオレットさんがシキに来てから3週間が経過した。
 初めはシキでの生活も戸惑いと共にあまり慣れていなかったヴァイオレットさんであったが、思ったよりも積極的に仕事を手伝ってくれたり、領民との交流を図ってくれていた。
 領民との交流は今一つ受け入れられていない感はあるが、俺が思った以上にシキでの生活に馴染もうとしている。現にこうして自ら討伐に出ようとしているのもその証左だろう。
 だだ、俺の持っていたヴァイオレットさんのイメージとは大分違う。

「時にヴァイオレットさん。こういった場所での戦闘経験は?」
「学園にいた頃に足場が悪い場所での訓練は行ったことがあるが、あくまでも訓練用に足場が悪く整備された所だけだ」
「あー、学園の少し外れにある場所ですね。……スチルが何枚かあったなぁ」
「すちる?」

 確か足場が悪くて攻略対象ヒーローが倒れて主人公ヒロインを押し倒す形になるスチルがあったり、逆に主人公ヒロインが転びかけて支えられ抱きしめられるスチルがあったり場所だ。ようはイベント的に色々都合の良い場所である。

「しかし、前も言った通り私は土を触ったことは無い。……多少は慣れたが、迷惑を掛けたらすまない」
「いえ、誰もが初めてはあるんですから。補ってこそのパートナーです」
「あぁ、すまないが頼む」

 なんというか、このような言い方は失礼だがヴァイオレットさんは思ったより素直なのである。平民と平等に接することはあまりないが、分からない所は素直に聞き、積極的に仕事を手伝い、料理の当番だってグレイや俺に教わり徐々にだが担うようになってきた。
 元よりヴァイオレットさんは能力スペックは高い方なので、仕事の覚えも早い。平民に近い田舎の生活は慣れない部分もあるが、適応しようとしている。
 俺が一応貴族であり夫でもあるので、平民であった主人公ヒロインよりは好意的で、俺の知らない箇所がただ見えて来ただけなのかもしれないが……

「うわっ!? 土が、土がぬかるんで!」
「大丈夫ですか!? あっ、ヴァイオレットさん、その蔦じゃ支えられませ」
「えっ、わぐぷっ! ――と、すまない、クロ殿。助かった」
「いえ。怪我が無くて良かったです」

 俺が倒れかけたヴァイオレットさんを支えると、感謝の言葉も言ってくれる。当然と言えば当然なのかもしれないが、イメージとは違う。
 ……あぁ、今一瞬支えた時柔らかかったな――いかん。変なことを考えるな。今は討伐の事だけ集中しろ。ヴァイオレットさんがむにと柔らかくてイメージと違うということは後で考えればいい。ぷにとかふわとかは考えないようにしよう。

「む、クロ殿。静かに」
「なにも考えていません」
「え?」

 と、いけない。変な回答をしている場合ではない。
 どうもヴァイオレットさんはなにかを感じ取ったようである。気持ちを切り替え動かずに耳を澄ませ、周囲の様子を探る。

「――水音?」
「ああ、そのようだ」

 周囲の音を探ると、明らかに自然や小動物のものではない水の音が聞こえて来た。
 だが、このあたりに川などは無かったはずだ。溜まった水たまりでモンスターが水浴びでもしているのだろうか。しかし、その割には音が大きい。

「集団ならば様子を見て引き返します。深追いはしないようにしましょう」
「了解した。匂い消しと念のため認識阻害の魔法をかけておく。あまり離れないでくれ」

 小声で会話をし、ヴァイオレットさんが匂いなどを一定距離から留める魔法【空間保持】と、見ればなにかが居るのは分かるが気配を断つ【認識阻害】の魔法を発動した。……基本魔法とはいえ、普通に二種類の魔法を簡単に同時発動できるのが少し羨ましい。俺だと多少時間がかかるからなぁ。
 ともかく、音を立てぬように音の源へと近づいていく。ヴァイオレットさんを庇うようにしながらゆっくりと一歩ずつ、近付いていく。

「……女性の声?」

 静かにしているつもりだったが、聞こえてきた声にふと声を出してしまう。
 そう、聞こえて来たのは女性の声。同時にモンスターのような鳴き声も聞こえて来た。――まさか、女性が襲われている!?

「急ぎましょう。旅人が迷って襲われているかもしれません」
「ああ」

 自然と歩きから走りに移行する。
 もし襲われているのならば、助けなくてはならない。だがモンスターの集団であれば、無鉄砲に飛び出しても危険度が高まる。冷静に。だが素早く声のした方に足を進める。何故か妙に暑い気がするが、そんなことは気にしていられなかった。
 そして声のした方向にある、少々開けた場所に辿り着く。するとそこには――

「ふ、BiVi! いいぞ我が子らよ! 出会ったこの地、この温泉に感謝をしよう! さぁ、れっつ温泉!」
『Ruff! Ruff!』
「は、そうかそうか! お前らも私の美しさを称えてくれるか!」

 モンスターと温泉に入り、全裸でポージングを決める変態が居た。
 その女性は芸術作品に出てきそうな人のポーズを次々と決め、周囲のモンスターに美しさの同意を求めていた。
 ……うん、なんというか。なんなのだろう。

「……シキでは良くあることなのか?」
「あってたまりますか」

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