追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
慣れるのはまだ先
「なるほど、そういうことか。突然母親扱いされたから驚いた」
数秒フリーズ後、元に戻ったヴァイオレットさんに事の経緯を遅い朝食を食べながら説明した。
ヴァイオレットさんはまだ15だ。にも関わらずグレイの年の子に母親扱いをされたら驚くのも無理はない。むしろ嫌悪感を示すのではないかと心配であったが、食後の紅茶を飲む姿からはそのようには感じられない。
真面目一辺倒だと思っていたのでこの手の話は苦手だと思っていたのだが。
「それにすまないな、グレイ。昨日の時点で説明を受けたらしいのだが……正直言おう、秘書という認識しかなかった」
「いえ、ヴァイオレット様はお疲れのご様子でしたから無理もありません。そして対外的には秘書扱いで問題ありません。男爵家が私めのような者を養子にした、というのはあまり評判がよろしくありませんので」
「……そうだな。私も秘書として扱おう」
「ありがとうございます」
そこの所はあまり気にしなくてもいいのだけれどな。まぁこの国では一応奴隷売買は禁止なので(所有は何故か認められている)、対外的によろしくないのは事実である。ヴァイオレットさんもその辺り理解しているのか、グレイを秘書扱いにはするようだ。
でも意外だ。奴隷の件は伏せてはいるが、身分には割とうるさいヴァイオレットさんが養子に関してとやかく言わないとは。昨日はどうも身に入っていなかったからとは言え……いや、そういえばあの乙女ゲームでも元奴隷のキャラが居た気がする。誰だっただろうか?
「ふむ、だが……なるほど。私が母親ということには変わりないのか」
あれ、ヴァイオレットさん?
「よし、グレイ。我が子よ。社交の場ではともかく、私の事は母と呼んで構わない」
「母の呼称はどうしましょうか」
「そうだな……貴族であればお母様、母上あたりだろうか」
「聞いた話では御前様、というモノがあるらしいですが」
「そこはかとなく高貴なような気がするな」
え、この人達何処まで本気なのだろう。いや、少なくともヴァイオレットさんは本気だ。養子とはいえ子に違いはないからって本気で考えている。
昨日から思っていたけれど、この人実は生真面目系高慢お嬢様でなくて天然じゃないだろうな。悪役令嬢の名を冠しているから俺が勘違いしていただけで、実はただの世間知らずの影響の受けやすいお嬢様じゃないだろうか
「落ち着いて、ヴァイオレットさん。間違いではないけど間違いだと思うんだ」
「クロ殿。今までの私は柔軟性に乏しいのではないかと反省していたところだ。少しでも柔軟性をとだな」
「なんでも受け入れればいいってもんじゃないですからね!」
最終的に俺は今まで通りクロ様。ヴァイオレットさんはヴァイオレット様呼びとなった。
ヴァイオレットさんの柔軟性が磨かれるのはまだまだ先になりそうである。
◆
朝食も食べ、食後の紅茶も飲み終わり俺とグレイ、そしてヴァイオレットさんは領主の仕事をしに外へ出ていた。
初めは住民に挨拶がてらこの土地の案内をした方が良いと思ったが、少々急ぎの用事があったので先にそちらにあたることになった。午後から案内をするので屋敷で待ってもらおうと思ったのだが、
『妻として夫の仕事を知っておきたい。それに手伝いもしたいからな』
と言われては断れない。
とりあえずはしばらくは見学をしてもらい、簡単なことから手伝って貰うという流れになっている。ヴァイオレットさんは一応外という事でそれなりに動きやすい服装ではあるが、なんというか都会で外に出る用の黒を基調とした服、といった感じの服装だ。俺とグレイもそう変わらないけれど。
「時にクロ殿、一つ尋ねたい」
「どうしましたか?」
するとヴァイオレットさんは仕事場に着くなり、俺とグレイに疑問を投げかけた。見ると心底不思議そうな顔をしている。恐らくは俺達が持っているものと着いた場所が不思議なんだろう。
「私は、急ぎの領主の仕事があると聞いていたのだが」
「はい、急ぎです」
「すまないが内容を聞くのを失念していた。聞いても良いだろうか」
そういえば急ぎとだけ言って内容を話していなかった。
恐らく俺とグレイも若干の言い辛さがあったのかもしれないが、手伝ってくれる以上は説明もしなくてはならない。
「畑作りです」
「畑作りですね」
「……すまない、もう一度お願いできるか」
「はい。鍬で、畑を耕します」
「します」
「えっ。……え?」
◆
「これは本当に領主の仕事なのか……?」
季節的にまだまだ暑い日中。俺とグレイは畑を耕していた。
この世界は魔法という妙な技術により、前世と比べて野菜などの採れる時期や栽培方法が異なることが多いが、種を蒔くのに土を耕したり肥料をやったりするのは変わらない。
「仕方ないでしょう、グリーンさんが腰を痛めてしまったんです」
「はい。今日の午前に植えてしまわないと収穫の調整がズレるらしいです」
「いや、でも……だが……?」
ヴァイオレットさんは困惑していた。
領主の仕事というのは実に様々だ。
特産品の管理や住宅環境の整備。住民トラブルの仲裁や害獣が出た際には外部に依頼することもあれば自ら退治することもある。男爵や子爵であれば自らの手で畑を作るのですら不思議ではない。
書類仕事や国への貢献に頭を悩ませることもあるが、ようは基本的に住民たちの日常を守り発展を目指すことが領主の仕事である。
「ヴァイオレットさんはこういった経験は?」
「……こういった仕事は我々のするものではない、と父に教わっている。正直授業などで使う素材としての土以外は触れたこともない」
「あー……確かに王都だとそういう人も居ますからね」
さらには公爵家の娘として、恐らくまずやらないであろう土いじり。管理や交渉などの仕事が多い公爵家のヴァイオレットさんにとっては奇妙な光景かもしれない。
そういえば主人公は錬金魔術の素材のために土に普通に触れて、殿下がそれを手伝い、土が付いた殿下を見てヴァイオレットさんが諫める、というシーンがあった気がするような。土いじりにあまりいいイメージが無いのかもしれない。
しかし、この地“シキ”ではもっと面倒なことが多い。今日はグリーンさんが身体に不調によるまだ普通の仕事であったので、ヴァイオレットさんも大丈夫かと思ったが……やはり屋敷に居てもらい、案内の時にそれとなく言った方が良かっただろうか。
「ヴァイオレットさんは木陰で休んでいてください。鍬も持ったことないのにいきなりやるのも難しいですし」
「……そうさせてもらおう。周囲を見て回りたいが、勝手にうろつく訳もいかない」
ヴァイオレットさんは土は見つつも、最後まで触れようとはせず近くの木の陰に移動していった。そして木の根元に座りもせずに、じっとこちらを見ている。本当に学ぶつもりなのか、俺の姿を見て思う所があるのだろうか。
「慣れるのまでは、時間がかかりそうかな」
それまでに俺が見限られなければいいが。
俺とグレイは互いに持参したマイ鍬を持ちながら、畑を耕していった。
その間、本当にずっと見られていた。……やり辛い。
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