追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【1章:夫婦生活始まりました】 転生物によくある元○○

「ふっ、おめでとうございます」
「おいやめろその顔」

 ヴァイオレットさんが深夜に俺の部屋に来た次の日の朝、ダイニングルームでグレイに祝福の言葉と共に紅茶を淹れられていた。
 なんの祝福かはよく分かっている。夫婦として過ごした初日の夜。なにがあったのか言うまでもないということだろう。いや、そういった方面ではなにも起きていないが。

「残念だが、想像しているようなことは起きていない」
「え、本当ですか?」

 本当も本当である。
 あの感謝の言葉の後、会話に少しだけは付き合っただけである。
 ……長旅の疲れか、うつらうつらとしだしたヴァイオレットさんが座ったまま寝だした時はどうしようかと焦ったが。呼びかけると、そのままベッドに横たわり、

『……ん、ぬぅ……久々のベッドなのだ。今日くらい許せ、アンバー……』

 などと寝言を言うのだからさらにどうしようかと焦ったが、なにもない。可愛らしいとは思ったが、なにもない。
 アンバーとやらが誰かは分からないが、話し方から親しき人っぽいので、この状況で居ない者の事を呟くのは余程精神に来ていたのだろうと思った。そんな状態で起こすのは悪いと思って起こさないようにゆっくりと部屋まで運んだ。……そのままにしておくと、やっぱり抱いたのかと言われそうだったし。

「なるほど、優しくされたのならばなによりです」

 グレイは先程までとは違った微笑みでこちらを褒め称えた。
 グレイはよく揶揄うことはあるが、誰かのために行動したことに関してはあまり揶揄わない。おそらくは純粋に祝福してくれているのだろう。

「弱っている所に、優しい言葉を掛けたのですね。なるほど、そうやって女性を篭絡させていくのですね。めざせっ、おしどり夫婦!」

 前言撤回。こいつは揶揄う時は普通に揶揄うな。

「篭絡って。俺がそういうことをする人間に見えるのか。残念ながら俺は自分の事で一杯一杯だ」
「? 女性を篭絡させたとは、男性に対する誉め言葉だとイエローさんから聞き及んでおりますが」
「あの人の言うことを真に受けるんじゃありません」

 イエローさんとは自称80歳越えで、自称先代王と友達で、自称愛の狩人の元気なお爺ちゃんである。
 一応女性を篭絡するとは相手を落とす、という使い方をする人もいるが、どちらかというと無理矢理力でどうにかする意味だとグレイに教えておいた。

「しかし、よく言葉を間違えませんでしたね? 確かに状況が状況ですから精神が不安定かもしれませんでしたけど、わたくしめであれば落ち着かせるだけで精一杯かもしれません」

 意味を聞いて少々テレの表情の後、話題を切り替えた。
 多分後でイエローさんに問い詰めるんだろう。しかし、それを聞くのか。気になる事ではあるだろうけど。

「偶然だ。俺の思った言葉が偶然ヴァイオレットさんの求めていた言葉と合っただけだろう」

 前世の乙女ゲーの記憶を捻りだした結果だよ! なんて言えるはずもない。
 そもそも俺が思い出しているのは、ヴァイオレットさんが大まかにどういう行動をしたか、程度だ。実際に俺の知っている物語じんせいとは違っていたかもしれないし、多分に印象イメージを引っ張っている部分もある。
 ただ、確実に分かるのは彼女は自滅したこと。
 そして彼女がやって来た努力は本物だと知っていたこと。そうでなければ学園でトップクラスなんて維持できないし、あの立ち居振る舞いは身に付かない。
 マイナスもプラスもあって、マイナスを忘れることなく、囚われてほしくなかっただけである。

「そういうものですか」

 グレイは俺の言葉に若干不思議に思ったようであったが、それ以上の追及も意味ないと思ったのかとりあえずは納得したようである。
 まぁ前世とか乙女ゲームとか言っても納得はしないだろうけれど。

「ところで、一つ疑問があるのですが」

 するとグレイはなにかを思い出したかのように、ぽん、と手を叩く。

「ヴァイオレット様なのですが、奥様と呼ぶべきなんでしょうか」
「そうすると、俺は旦那様になるのか」

 グレイに旦那様呼ばわりか。別に今のままでもいいとは思うが、確かに結婚したのならば呼び方も変わる。つまり、今までの言葉が……

『旦那様! モンスターが出たので一緒にえんじょいしてひゃっはーしましょう!』
『旦那様、花を渡されたのですが。……え? 花言葉は“貴方を愛しています”? 貰ったの男性ですよ?』
『一緒にお風呂に入りますか、旦那様? こう、身体で洗う方法を教わったのですが』

 あれ、急に思い出すものが碌な記憶ないな。
 そして、すごい違和感だ。秘書や執事の立場ならばそれでおかしくないのだろうが、グレイは秘書であって家族でもある。

 グレイの本名は、グレイ・ハートフィールド。元々グレイには苗字が無く、前領主の奴隷扱いであった。色々あり見捨てられ、俺が領主となった時には弱った状態でこの屋敷に居た。
 初めは人間不信気味で「主様あるじさま……主様あるじさま……」と虚ろに呟いて文字通り言うことを聞くだけであった。……ある意味ヴァイオレットさんが来た時をさらに弱らせた感じだろうか。
 ともかく、徐々に心を解していって今のような間柄となり、その過程で“ハートフィールド”という苗字を与えた。間柄的には養子になるのだろうか。俺の親が面倒なので秘書という扱いになってはいるが。

「つまり子供に旦那様と呼ばせる……ふむ、倒錯的ですね」
「やめい」

 過ごした年月で言えばグレイ位の年齢11程度の子が居てもおかしくはないし、事実として書類上は子供ではある。だが一応俺はこの世界では19だ。この年齢で子供に旦那様呼ばわりは――うん、なんか嫌だな。

「申し訳ない、このような時間まで寝てしまった」

 グレイのボケに対応していると、ヴァイオレットさんが少々慌てた様子でダイニングルームにやって来た。
 慌ててはいるが最低限の身だしなみだけは整えられている辺り、ヴァイオレットさんらしいというべきだろうか。うん、だけど……

「ヴァイオレットさん、おはようございます。ところで起き抜けに申し訳ありませんが」
「おはよう、クロ殿、どうかしたのか?」
「ここは学園ではありません」
「えっ。…………あ」

 ヴァイオレットさんの服装は学園指定の制服だった。
 制服をわざわざ持ってきたのだろうか。もしくは紛れ込んだのだろうか。ともかく彼女は未だ疲れがとれていないようである。
 顔を赤くはするが、慌てて部屋に戻るという事はせずあくまでも冷静になろうとしている。スカートの端を摘まみ、一時礼をすると部屋に戻り数分で着替えて戻ってきた。

「おはようございます、ヴァイオレットお母さん」
「ああ、おはよ――えっ」

 そして戻ってきたヴァイオレットさんはグレイの言葉に固まった。
 

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