追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
以前も今もよく見ていなかった(:菫)
View.ヴァイオレット
「…………」
私はクロ殿の部屋の前でどうするべきか悩んでいた。
ここに来て私は尻込みしていた。この部屋を開ければもう後戻りはできない。
それに……クロ殿はそもそも私に魅力を感じてくれているのだろうか。
愛想が無く、可愛らしくもなく、真っ直ぐに殿下を見ることができない私なんかに。だが、意を決して入らなくてはならない。
落ち着け、たしか上目遣いでゆっくりにじり寄れば良かったはずだ。肌を少しでも多く露出すればいいのだとも聞いている。そうすれば後は男性がやってくれるものだ……と思う。
私は貴族だ。誰に見られずとも、役目を果たさなければならない――
◆
「私はそんな貴女は嫌いです」
だからこそ、それを言われた時は頭が真っ白になった。
覚悟はしていたつもりだった。拒絶も、純潔ではなくなることも、いずれにしろ気丈に振舞おうと、思っていた。
だけど「嫌い」という言葉は、私が想定していたよりも深く心を抉った。言葉は単純だからこそ、より深くなる時があると、私は知った。
――やはり私は、女としての魅力がないのか。
そうだ。引き下がろう。
私が決闘に敗れたあの時のように。求められないのならばただ去ればいい。
明日にはこのことを忘れられるだろうか。
忘れて、振舞って、熟して、鍛錬をして、磨いて。それでも実力を抜かされたことはあったけど、やらなければさらに落ちてしまう。
これ以上落ちないようにしなければ。私は貴族の義務を果たさなくてはならない。
殿下達に見捨てられたことを忘れて、悲しみを見せずに振舞って、公爵家の娘として仕事を熟して、殿下に並び立てるよう鍛錬をして、周囲から立場だけだと言われぬように己を磨いて。
これからも――あれ、誰のために?
「すまなかった、クロ殿。今日の事はもう忘れて――」
「ヴァイオレットさん」
「――むぬっ!?」
私はこの場を去り、自室に帰ろうとすると唐突にクロ殿に両頬を片手で挟まれた。
え、え、何事? 片手で頬を挟むなど、なにが目的だ。このままではみっともない姿ではないか。
「いい加減、俺の目を見てください」
目? なにを急に言っているのだろうか。
クロ殿の目になにが――あれ、クロ殿の瞳は、碧色だっただろうか? ……不思議だ。クロ殿の目を、初めて見た気がする。
「貴女は確かに馬鹿をしました」
そして、クロ殿はそのままの体勢で言葉を続けた。
「ヴァーミリオン殿下に近寄る女性を威圧し、殿下の言葉を無視して、殿下が好きかもしれないと思った女の子に強く当たって、学期末の舞踏会でその女の子が許せなくて決闘を申し込んで殿下達に返り討ち」
何故、クロ殿はそれを知っているのだろう。
もう私の仕出かしたことは既に伝わっていた? 詳しい事象を知るものなど、学園に居る者か、父親か……だとして、なんでそこまで……
「あと、取り巻きは居たけれど友達いなかったでしょう」
「失礼な。友くらい………………1名は、居た」
「馴れ馴れしくするなと宣言したことがないですか」
……何故、シッテル。
いや、そもそも友など必要はない。貴族は友ではなく、利害関係が一致する者さえいればいいんだ。いつでも切り捨てられ、差し出すものと要求するものが揃い、間柄を管理すればそれでいいんだ。
それが貴族。どのように思われても、義務を果たさなければならない。
「殿下の威を借る高慢公爵令嬢で」
「…………」
「身分による差別をして」
「…………」
「渾名は勝手に暴走して勝手に砕けるから紫水晶の紙飛行機」
おい、それは初耳だ。
なんだそれは。私はそんな風に言われていたのか……? というかアメジストなのに紙ってなんだというのだろうか。
「……うるさい。お前に――!」
「聞け」
「ぐぷっ!?」
お前になにが分かる、知った口を聞くなと言い、手を払いのけようとしたら、避けられ、クロ殿がクルッと一回転した後今度は両手のひらで両頬を押さえられた。
今の一回転は必要だったのだろうか。
「ですが」
ふ、と。クロ殿の目つきが優しくなった。
……なんだろうか、この瞳は。私があまり受けることが無かった感情が入っている、どこか懐かしい感情。
「誰かのために、なにかのために自分を犠牲にするのは言葉以上に辛いモノです」
誰か。なにか。
私は殿下のために、公爵家のために、そして国のためにと努力をしてきた。それが自分のためであると疑わなかった。それが生まれてきた理由だと、教え込まれたから。
ならばそれを否定するのか?
お前は自身のために頑張るべきであったと。
弱音を見せてもよかったのだと。
そんなありきたりな事を言うつもりなのか?
くだらない。つまらない。そのような言葉を吐くな。それ以上は――
「それが、その“誰”かに拒絶される結果になったとしたならばなおさらです」
お願いだから。それ以上言葉は、
「ですが、人を好きになって努力してきたことまで否定しないでください」
あぁ、でも、そうか。私は――今の私は。
誰かに認めてもらいたかった。それだけだったのか。
そんな単純で、子供じみたこと。
公爵の娘として誇りを持っていた私の行動が、全て間違いではなかったと、言って欲しくて。
「貴女は誇るべきです」
だから自分を嫌いにならないで、と。そんな自分を嫌う貴女は嫌いです。とクロ殿は言った。
殿下にも周囲の人間にも拒絶されたから、誰か傍に居て欲しかった。夫婦として繋がりを持てば、一人ではないのだと認識するために自棄になっていた。
相手の目を見ず、文字通り誰でも良かったのかもしれない。
恐らくクロ殿はそれを見抜いていたのだろう。……噂とは、やはり当てにならないものだ。
「――ありがとう、クロ殿」
「いえ、少しでも役に立てたのなら、良かったです」
両頬は放された。
私を逃がさないように割と強めに押さえつけられたので、結構ヒリヒリする。そういえばこんな風に異性に肌を触れられたのは初めてかもしれない。……これがいわゆる男性に傷をつけられた、というやつなのだろうか。
「……とりあえず、服着て欲しいなぁ」
クロ殿が小声でなにか言ったが、聞き取れ――と思ったが、クロ殿が顔を赤くして目を逸らしているのを見て、自分の今の格好を思い出した。
確かにこの格好は……いや、でも、
「しかし、あの。今日が初夜という事には変わりない。――抱くのか?」
「抱きません」
流石に断られた。
備考:紫水晶の紙飛行機
ゲームファンからの渾名。略称+愛称だとアメちゃん
意味は髪を紫水晶のごとき美しさと評され、大抵のルートで勝手に何処かへ行き、グシャっと勝手に居なくなることから。
さらにはあるルートで、復活したモンスターに空中に投げ出されたところを潰されたのが決定打。
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