追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ゆっくりと、落ち着いて


 さて、乙女ゲームにおける主人公ヒロインは、胸が大きくないことが多い。

 実際にそうなのかどうかは知らないが、いわゆる性を強調させないためだろう。
 性的魅力で攻略対象を惚れさせるのではなく、本人独特の魅力や可愛さ、内面などでの魅力で惹きつける方が物語として女性ユーザーに嫌悪感を抱かせにくいためだと思われる。
 ライバルキャラもギャルゲーに出てくる程には胸が大きくないことが多いが、主人公よりは大きかったりする。恐らくは主人公の魅力はそんな性の魅力より魅力的であると対比させるためだと思う。

 なお、これはあくまで俺の勝手な考えであるのであしからず。
 そして、何故このようなことを考えているのかというと……今この状況の現実逃避である。

「ヴァイオレットさん!?」

 ヴァイオレット嬢は抱かれに来た宣言をした後、俺の前で寝間着を脱ぎ下着姿になった。
 この世界における、前世で見たようなランジェリーは高級品である。
 貴族などであれば常に身に着けている者が多いが、平民などはそうでもない。それを踏まえても彼女の下着は中でも高級品であった。
 色の基調は黒。身体を美しく見せるかのように大切な箇所の布は厚めに、そして体の上に向かうにつれて徐々に薄くなりレースが施されている。そして谷間から肩に伸びている紐は胸のふくらみを計算して蝶をイメージするようにしているのだろう。
 そしてその下着もヴァイオレット嬢の魅力が素晴らしいからこそ、彼女の魅力をより際立てる一つの衣装として成り立っているのだ。
 小柄で細身ではないが、しっかりと肉付きのある滑らかな曲線の身体で、女性特有の鼠径部からの胸下のラインは鍛錬と体系維持の賜物であり全体のバランスが美しい。肢体も魔法でケアをしているのか、いわゆる白魚をのような指であり、指先から流れるようにその可憐さが肢体を覆っているかのようだ。

 そして胸。
 大きくて綺麗。以上だ。

 素晴らしいモノほど誉め言葉が単純になることを、俺は学んだ。
 個人的には女性の胸というのは大きいと服を合わせたりするのに邪魔になりやすいので、小さい方が良い。でも大きいのも好きです。大好きです。
 って、なにを冷静に分析しているんだ、俺。すげぇ気持ち悪いぞ。
 まずはこの状況、ヴァイオレット嬢を落ち着かせなくてはならない。そうしなければ俺も落ち着かない。色々と。

「落ち着いてください、ヴァイオレットさん。まず、その、服を着て話し合いましょう」
「なにを言う。私達は夫婦だ。ならば、こうして……初夜を共に迎えるのは不思議ではない」
「そうですけど!」

 違うんだ、そうじゃない。
 話し合うならお互いベッドの上でとかそんな感じではないんだ。

「さぁ、クロ殿。私だけこのような格好をさせるつもりか……?」

 うん、ゆっくりと近寄ってこないで。色々震えていて何処を見て良いか分からなくなる。
 いや、俺達は夫婦だ。夫婦であるからには別に見ても問題はないし、糾弾されることは無い。グレイ辺りには『ふっ、おめでとうございます』とか鼻で笑われた後祝福されそうではあるが。確かに夫婦ではあるから問題ないけど。けれど……!

「私とて恥ずかしい……触れても構わないんだ。さぁ、はやく……」

 恥じらう表情は可愛らしく、誘惑に負けそうになる。
 計算ではないからこそ出ているだろう仕草、瞳、息づかい。ただの呼吸であるはずなのに、それすらも妙に大きな吐息に聞こえてくる。負けるな、俺。こんな状況は望んではいな――

「……それとも、クロ殿も私には魅力を感じないだろうか」

 ――クロ殿
 なにを言っているんだろうか彼女は。貴女で魅力がないとか言ったら殆どの女性が魅力がないことになってしまう――なんて、惚けるのは無理があるだろうか。

「やはり、男は守ってやれそうな女が良いのか? 可愛らしく、笑顔で接してくれるような、愛らしい女が」

 恐らくヴァイオレット嬢の言う愛らしい女というのは、あの子ことだろう。
 ヴァイオレット嬢よりは小柄で、錬金魔法を得意とし、健気でありながら正しいことは真っ直ぐ言う、貴族平民関係なく笑顔で接する平民出身の女の子。自分にないモノを有するからからこそ嫉妬してしまった、主人公ヒロイン
 あの乙女ゲーカサスにおけるどのストーリーに近しいものを歩んでいるのかは知る由もないが、ここに嫁いできたという事は、少なくとも殿下は主人公ヒロインを好いていて、反対にヴァイオレット嬢を嫌っているはずだ。

「私とて成人15は迎えている。それに貴族の者として……結婚した者同士の初日の夜の重要性は理解しているつもりだ」

 前世の貴族階級が強かった時代とかだと特に初夜は重要な意味を持つ。政略目的だろうと結婚初日の夜は“そういうこと”をすることが多い。ちなみに初夜を過ごしたら浮気し放題だったりした時代もあったらしいが。
 だが、今の時代は基本的に浮気なんて以ての外だ。側室的なモノを持つ貴族も居るが……夫婦である以上、王族でもない限りパートナー以外の者との関係を持つのは基本好ましくない。

「――覚悟は、できている」

 ――だからと言って、場に流されて今の彼女を抱くほど、俺自身はヴァイオレット嬢のことを好きではない。

 ヴァイオレット嬢は真面目だ。真面目で融通が利かなすぎるんだ。
 この子は自棄もあるが、純粋に夫婦は初夜を共に過ごし純潔を捧げるもの、という教えを成そうとしているだけなんだろう。
 嫌悪より家名を。
 苦痛より教えを。
 過去の教訓は調和をもたらす為に。
 貴族としての在り方を守る為に。
 ただ義務で動いているだけの存在。
 多分今流されたとしても、彼女は妻として“良く”あり続けようとするだろう。
 据え膳食わぬは男の恥? 女性に恥をかかせるものではない? それは嫌だ。俺はそんな親のせいで前世は少し苦労したのだから。
 うん、だから――

「ヴァイオレットさん」

 だから。

「私はそんな貴女は嫌いです」

 よし、落ち着いて。

 言葉を続けよう。





備考:大きくて綺麗=下着を着けた状態で大体手のひらに収まらないサイズ。

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