追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

出迎えの準備


 前世の親愛なる妹よ。妹は今なにをしているだろうか。
 兄はこの世界に来てから、前世も含めて初めての結婚をすることになった。

 おそらく我が妹はそれを聞いたらクラッカーを鳴らし「ひゃっふぅ!」と言いながら祝福してくれただろう。そして妹自慢の炒飯を作って一緒に食べながら、結婚の経緯を楽しそうに聞いてくれるだろう。
 なんと相手は俺の身分とは釣り合わない高貴な御方、公爵号を持つ家の女性だ。4歳も年下で秀才美女と言っても差し支えない御方で、俺なんかには勿体無い女性だろう。
 何故貴族制度がある中で王族に近しい存在が、名だけ貴族の俺なんかに嫁ぐことになったのか。経緯は知らされていないが、それは妹も知っているのではないだろうか。

主人公ヒロインに嫉妬して、外部の人間を巻きこんで決闘を挑んで、敗れて責任を負わされたんだろうな」

 そう、相手は妹がプレイしていたあのなんちゃって中世風な魔法ありモンスターありの乙女ゲームの悪役令嬢ライバルなんだ。
 正直俺は妹がプレイしていたのを後ろから見ていただけで、曖昧な所があるから詳細は違うかもしれないが、もしあのゲーム通りに事が進んだなら大まかには間違いがないと思う。
 そうでなければ俺が公爵の娘さんとなんて夫婦にはなれない。こんな若者が少なく、若者も多くが問題があってここにいるような田舎の、身分差がありすぎる問題児領主と結婚なんて、余程が無ければ有り得るはずがない。

「余程の事が起きたからこうなった訳だけど」

 覚えている限りでは、ヴァイオレット・バレンタイン嬢はひどくキツイ性格をしている。

 ・激情家で身分の差による威圧が多い
 ・口うるさく主人公ヒロインに注意や叱責多数
 ・王子の威を借る高慢公爵令嬢

 その性格が災いし、墓穴を掘り続け主人公ヒロイン攻略対象ヒーローに学園を追い出されたり、封印モンスターの犠牲者となる。
 どうしよう、上手くやっていける自信がない。……高慢というよりは生真面目系の融通が利かないともとれるから、真面目に領主の仕事をし、姫様扱いをしたら大丈夫だろうか。うん、両方無理だな。

「どうされたのですか? これからヴァイオレットお嬢様をご迎えするための準備をされなくてよいのですか?」
「準備ねぇ……」

 まず姫様扱いするほどに我が家、この屋敷は豪華ではない。
 何代か前の領主が無理に建てたとかで部屋数や広さはあるが、装飾品や調度品の類は財政難で売ったか先代の領主が持ち逃げしており現在あまりない。
 さらにはこの屋敷に住んでいるのは、俺とグレイのみだ。他に使用人なんていない。
 相手は幼少期から使用人が常に数十人は在住し、何人も寄り添い世話を受けたような公爵家のお嬢様だ。屋敷もあらゆるものが最高クラスのモノばかりだっただろう。つまり姫様扱いどころか環境の違いに怒られない事を祈るばかりである。
 そして怒られないために、少しでも屋敷を来客用にメイクしている訳ではあるが……

「……少年系の好みとかないだろうか」

 じっ、と。干したテーブルクロスを取り込み、改めてセットしているグレイを見た。
 灰色の綺麗なミディアム髪で身体の線が細く、さらには白い肌のこの地のおば様や偶に来る来客の女性方のハートをキャッチする、やや男性寄りの中性的な秘書兼家族の美少年。グレイがヴァイオレット・バレンタイン嬢のお眼鏡に適えばいいが。

「やめてください。わたくしめを奴隷に戻す気ですか」

 見ているとグレイはテーブルクロスで身体を隠した。妙に恥じらっているのはワザとなのだろうか。そう言えばその表情が男に人気だった気がする。

「バレンタイン嬢の好みが、グレイのような少年だったら良いと思っただけだ」
「そこはクロ様自身が好みであることを願いましょうよ」

 俺自身が好み? 無理な話である。
 身だしなみを整え着飾れば平均をちょっと超えるかどうか程度にはあると思うが、ヴァイオレット・バレンタイン嬢はあの攻略対象ヒーロー、紅い髪に王族特有の紫の瞳の第三王子である、ヴァーミリオン・ランドルフ殿下が好きであったはずだ。
 殿下が10歳前後の時に見たことがあるが、その時で外見では敵うレベルではないほどの美男子だった。内面も勝つのは無理そうであったが。あのまま乙女ゲーのように成長していたら俺なんて簡単に霞んでしまう。
 ともかく、外見の好みと言えばグレイのような、線の細い中性的な美少年の方が可能性がある。我ながら情けないが。

「ほら、ちょくちょく準備しないと仕事もお迎えも中途半端になりますよ」
「安心しろ。畑仕事は事情を説明して別の人に任せたし、書類仕事も済ませてあるから後は準備だけだ」
「いえ、よく考えれば出迎える食材が切れていまして。このままではパンと今朝採れたトマトのみで出迎えることになります」
「先に言ってくれ!」

 ただでさえ出迎えで色々先に済ませたというのに、そんな問題に直面するとは。気付かなかった俺も俺ではあるが、そこは多忙のせいであったと信じたい。

「くっ、紅茶とかに気を取られすぎたか……!」
「その紅茶も高くないですけどね」

 そこはグレイの紅茶淹れスキルが高いので問題はない。

「あとは庭の木を刈って“ようこそ!”とか書こうとした時間が痛かったか……」
「今思うとなにやろうとしていたんでしょうね、クロ様と私めは」

 まだ来る予定には日があるので、食材は今から調達すれば問題ない。とは言え、料理スキルの方はお互いに低くもないが高くも無いので、少しでも良いモノを揃えなければならない。主に調味料。
 公爵家で慣らされた舌に見合うモノが作れるとは思えないが、やるからには最大限のおもてなしを――


「――失礼する」


 声が、聞こえた。
 その声は聴く者を惹きこむように凛としており、雑談や雑音があるこの場でも、不思議と聞こえる透き通るような声であった。

「扉が開いていたので、勝手ではあるが先にお言葉を掛けさせていただいた」

 声のした方に俺とグレイは目を向ける。
 視線の先、換気もかねて開けていた扉の場所に居たのは、菫色の綺麗な長い髪に、美しい蒼い瞳の女性。
 綺麗な所作ではあるが、俺が知っているような攻撃的……ではない目つきと、何処か疲れたような表情の女性。

「私の名はヴァイオレット・バレンタイン。本日からどうか、よろしくお願いする」

 ヴァイオレット・バレンタイン。数日前から妻となっていた女性が、そこには居た。

 ……え、もう来たの!?

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