追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【プロローグ】 始まりは結婚報告


「と言うわけで、クロ様は今日から妻帯者です」
「ちょっと待て」

 日も高く昇った昼下がり。我が家に戻ると秘書であるグレイに俺の結婚を報告された。

 正直意味が分からない。いつも通りの午前の仕事を終え、外でお昼を食べようとすれば内密の報告があるとグレイに家に戻るよう言われ戻ると、俺の結婚が決まり、数日中にこの土地にその婚約者が来るとの報告をされた。元より恋愛結婚できる立場でも無かったわけだが、いくらなんでも急すぎやしないだろうか。
 自身、つまりクロ・ハートフィールドは辺境であるこの地を治める貴族である。の年齢は19。過ごした年月は記憶の限りでは40年越え。この地を治めて4年目に入っている。
 有能故に若くして領主をやっている……などではなく、名ばかりの貴族であり、俺は過去のやらかしのせいで実質左遷と言うか、隔離目的でこの地を任せられているのだ。

 先程肉体と記憶の年齢などと表現したが、俺は前世の記憶がある。
 しかも前世の記憶では“この世界”はいわゆる乙女ゲームの世界だった。
 剣と魔法の乙女ゲー“火輪かりんが差す頃に、朱に染まる”(略称:カサス)の世界に俺は記憶を有したままで転生した。

 どちらかと言えば、前世でプレイした乙女ゲーに近い世界観の世界で生を授かった、と言った方が正確かもしれないが、そこの所はどうせ分からないしどうでもいいだろう。
 それに俺はその乙女ゲーで主人公と攻略対象たちよりも、学園でギリギリ一緒に過ごせないほどの年上として生まれていたため、主人公達には関われない。関わろうとすれば関われるだろうが、俺は積極的に関わろうとは思わない。
 何故なら確定事項でもないことに首を突っ込む気にもなれない……というのもあるが、俺は先程も述べたが、学園時代にやんごとなきお方の逆鱗に触れ、途中卒業(強制自主退学に近い)し今では辺境の領主として飼い殺されている。ようは許可もなしに都心にある学園に行こうとしたら憲兵にしょっ引かれるのである。
 元々生まれた身分が貴族でなければ処刑されていただろうから、かなり良心的な処遇ではある。むしろ都会の煩わしいパーティーなどに参加せずに、のんびり田舎暮らしであるので嬉しい方ではある。偶にモンスターが襲い掛かっては来るけれど。

「いやー、良かったですねクロ様。貴族のご令嬢たちには不良債権扱いされる中、結婚してくださるお方が居るんですよ。よっ、この幸せ者」

 そして現在、前世の記憶も曖昧となる二十歳にも差し掛かる中、唐突に結婚することになったらしい。
 グレイはわざとらしく手を叩き俺を祝福する。明らかに嫌味で言ってはいるが、混乱する俺に対するグレイなりの気の使い方なのかもしれない。

「うん、確かに俺は19で貴族としては結婚も遅いし、他の貴族には避けられている」
「渾名が変態アブノーマル変質者カリオストロですからね」

 え、なにそれ初耳。

「……ともかく、正直結婚なんて誰ともせず、このままこの地で独身領主として過ごしていくと思っていたのに、唐突に結婚と言われても困る」
「困っても決定事項らしいです。ほら、教会の認定書と親御さんの承認書です。ご丁寧に面倒な手続きをやってもう既に夫婦です」

 書類を渡され、ざっと目を通す。
 ……本当だ。許可が下りて書類上は今日から結婚していることになっている。本人の了承もないのに、俺はもう妻が居るらしい。……あれ、この相手の家名、何処かで見たことがあるような。確か有名であったような気がする。
 いや、気のせいか。こんな嫁ぐだけで家名に名が傷付きそうな男に好き好んで娘を嫁にやる家が高名なはずがない。良くて子爵や準男爵の家がなにかやらかして娘を追いやったと言う所だろうか。

「……教会に認められて、あの親に認められたのなら文句は言えないか。……はぁ、田舎に文句を言ったり、20も離れている女性とかだったりしてな。年齢はまだいいが……」
「え、クロ様ロリコンだったんですか」
「そっちじゃねぇよ」

 子供は好きだがそういう対象には見れない。というか20年下って生まれたてか腹の中じゃないか。

「しかし、バレンタイン……バレンタイン家か……この名前何処かで……」

 俺は書類を見ながら相手の家名を繰り返す。
 この家名はあまり貴族事情に興味を持っていなかった俺でも聞いたことがある――いや、違う。もっと別な部分で重要な意味を持っていた気がするのだ。
 伯爵? 辺境伯? いや、その辺りでも聞いたことある気がするが、別の意味で“この世界”では重要な意味があったはずである。あともう少しで出てきそうなのだが……

「そしてこの度ご結婚なさるお相手ですが――」

 悩んでいる俺を不思議そうに見つつも、グレイは恐らくワザと最後に回していただろうこの度妻となる相手の名前、

「ヴァイオレット・バレンタイン様。――公爵位を持つ家のお方です」

 元居た世界での乙女ゲームの悪役令嬢ライバルの名前を、告げた。

 ヴァイオレット・バレンタイン。淡い菫色の髪が美しい、乙女ゲームの主人公と大抵のルートで敵対するキツイ目つきの悪役令嬢。
 彼女の扱いは主人公のバッドエンドを含めても散々な扱いであったはずだ。確か彼女の大まかな末路は大抵、

 1.主人公ヒロインを傷つけてしまい、激昂した攻略対象ヒーローに殺される(バッドエンド)
 2.モンスターに殺される(復活系モンスターの犠牲者、結果的に主人公達が危機に陥る)
 3.主人公ヒロイン攻略対象ヒーローに決闘を挑み敗れ、学園での居場所がなくなり退学後、遠い修道院で過ごす(終盤にナレーション処理で雑に死ぬ)
 4.同じく決闘、退学後辺境の醜男に嫁ぐ(変態系扱いを受けていることが示唆される)

 という、悪役とは言え製作者は彼女に恨みがあったのだろうかと言える散々な扱いだった。確かに妹がプレイしているのを後ろから見ている時も、すぐ怒り、身分の違いを重視する融通の利かない鬱陶しいキャラとは思っていたが――ってちょっと待て。俺自身の記憶が間違いで無ければつまり……

 ……え、俺田舎の醜男扱い!?

コメント

  • ノベルバユーザー601444

    面白いです!!
    ボリュームたっぷりで楽しく読ませて頂きました!
    続きも楽しみにしています(^^)

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  • ノベルバユーザー602526

    深い入りこんだ結婚生活が見られて楽しく読ませてもらいました。

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