売られたケンカは高く買いましょう

アーエル

私が婚約者だったこと、最後まで忘れてるの?


窓の下をデデが、兄が去っていく。
彼が乗せられた粗末な馬車に見せかけた自動馬車が遠ざかっていき、見えなくなった。
どこの国のどこの賎民地区に送られるかわからない。
人間と精霊では寿命も違う。
……二度と交差しない、兄の人生。

「後悔していますか? 人間ひとではなくなってしまったことに」

背後から聞こえた僕の愛するひと。
憂いが見えるのは、僕の弱い心を心配してのこと。

「いや、僕は愛するひとを選んだ。ありがとう、兄の更生を許してくれて」
「いえ、それが犯罪を未然に防ぐことになりますから」
「オーラシア義姉さんは何と仰いましたか?」
「……何も。ただ、ポーリシア姉様は『私が婚約者だったこと、最後まで忘れてるの?』だって」
「ポーリシア義姉さんらしい……」

ユーレシア、僕の愛しい妻。
この精霊が治める国ルーブンバッハの初代女王。
政務が大変なのに、今日兄が目覚めると聞いてそばにいてくれた優しいひと。
王宮に造られた僕の研究室。
ここに入れるのはごく一部だ。
機密保持のためではない。
僕たちが少しでも一緒にいられるようにするため。
政略結婚と言われるが、実際には違う。
お互い初恋だった。
それが照れくさくて素直になれないだけだ。


兄のいた隣の部屋で今も騒いでいるゼア。
部屋のスイッチを切ると室内投影も消えた。
そう、ゼアはここにはいない。
標本のスイッチを切ると、中に映されていた緑色の髪をした男の子も姿を消す。

ゼアは第三王子の性人形ドールとして洗脳されてきた。
ユンキムたちの家族を襲った悲劇。
それに加担していたゼアは無事に・・・ピンク色の・・・・・髪をもつ・・・・娘を出産した・・・・・・後に下級娼館に売られた。
そこは暴力をも伴う娼館。
一応これでも更生は考えてきた。
しかし、幼少期からすでに教育・・されてきた少女に生きる世界の常識を転換させることはできなかった。
何より性人形ドールとして生の半分を生きてきた少女に更生は叶わなかった。
……精神が壊れかけたのだ。
兄にみせたのは、そのときの彼女の姿だ。

生まれた娘は領内の孤児院に入れ、一生を管理するしか方法がなかった。
兄は気付かなかったが、あの日からすでに三十年。
兄はルーブンバッハ家が独立するまでの間、領都の研究室で仮死状態で眠っていた。
その間に娘はシスターになり、神に生涯を捧げる誓いを立てた。
このまま兄たちは子孫を残さず時代の流れに消えていく。

残されたゼアは……今日も誰かに抱かれている。
その目には誰をうつしているのか。
壊れた精神は回復することもなく、娘をうんだときに失った生殖機能に新たな生命が宿ることを夢見て生きている。

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