売られたケンカは高く買いましょう

アーエル

心を支える糧になる


今もなお隣の部屋で悲鳴をあげて逃げ回るゼアの姿を見ても、セルティーナの死んだ事実を知ってから気持ちが冷え切ったようだ。

「デデ。君をあのまま賎民として送り出すことは危険だった。特にセルティーナの兄だ。どこまで事実を知っているかわからなかったからね。それだったらわかるよ、学年も違ってほとんど接点のなかったデデを第三王子が身近に置いた理由。取り込んでおけば見張りやすいからね」

『兄』と呼んでくれないんだな。
仕方がない。
かたや一国の王配、かたや追放された賎民。
すでに立場は違う。
もし、あのまま結婚していたとしても、私は王配に相応しくない……罪人だ。
『羨ましい』とは思えない。
『婚約破棄してよかった』とは思う。

「第三王子の手の者が賎民地区で待っていた。さっきまで信用していただろう? ユンキムのこと。彼らは第三王子に命じられてデデとゼアを殺すように言われていたよ。賎民は金さえあれば平民に戻れると信じてる。しかし、彼らは前金を渡されたけど計画が失敗してデデたちが来なかったため口封じで殺されてお金は回収された。僕たちはすぐに送るとはいっていない。ここで擬似体験させたのは、口で言ってもわからないと思ったからだ」
「ユンキムは……最後まで」
「第三王子が、ううん。セルティーナのことがなければそんな関係もあった・・・・・・・・・だろうね。現実にはすでに殺されてるけど」
「ユンキムの家族のことは」
「……事実だよ。デデに感謝していた。だから二人が賎民地区に送られていても殺さなかった可能性はある。軽々しく計画を話し、計画が頓挫したせいで口封じに殺されたんだから。だいたい、彼らと同じ地区に送られるかもわからないのにさ。普通は送られてから・・・・・・計画を実行に移すもんだろ」

もし第三王子がいなければ、擬似体験の中みたいに幸せな日々を送れていただろうか。
しかし、あれは男性の身に実際に起きたことの擬似体験だったとのこと。

「アイン……殿下」
「……なに」

殿下とつけた私に一瞬不快な表情を見せたアイン。
擬似体験とはいえ賎民として生きた私は、すでに自分の立場を把握している。
嫌味で言ったわけではないことは気付いてもらえただろうか。

「私が擬似体験した彼とその家族は」

アインは小さく息を呑み、そして表情が暗くなった。

「……誰も助からなかった」
彼も・・か?」
「…………そう。貴族を突き止めたが……彼の病が復讐をさせなかった。今もなんとか生きながらえてる」
「その人に伝えてくれるか。……あなたの擬似体験をしたことで、味わったことのない幸せと悲しみを体験できた。これからは誠実に、体験で得たあなたの強さと優しさを胸に生きていく。ある意味、復讐は成功した。ありがとう、と」
「……わかった。伝えよう」

話しながら、体力が回復しているのに気付いていた。
ゼアの姿を見る限り五年は経っているのか。
しかし、アインの姿から十年のときが流れたか?
最後に会ったのは十三だったアインは今立派な青年に成長していた。
真っ白な医療用ベッドから身体を起こし、そばにいたアインを抱きしめる。

「すまん、愚かな兄で悪かった」
「…………ああ、まったくだよ」

微かに涙をふくんだアインの声。
私はすべて失った。
いや、最初から何も持っていなかったんだ。
しかし、男性の強さと優しさ、そしてアインが戸惑いつつも抱きしめ返してくれた震える手が、声が、温もりが。
この先も生きていくための、心を支える糧になる。

コメント

  • ルールー

    デデにはいい疑似体験だった。
    読んでいて悲しくなったけど、実際に体験していたら復讐してたと思う。

    ポーリシアは天使か?
    傷ついた心を持ちながら「子供に罪はない」だって?
    その言葉がなければ、傷ついた少女がいたんだろう。
    でも疑似体験にオリジナルがいた。
    その男性の娘は3人いたのか。
    復讐しようとしたのならいたのだろうか。

    そしてデデたちの妹が幼い頃に殺されていた事実。
    加害者が…これはツラい。

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