売られたケンカは高く買いましょう

アーエル

本章:「「だまれ! 廃棄物!!!」」


オーラシア・ルーブンバッハ。
それが今の私の名前です。
半年後にはテーブルを挟んで座るデデ・リッツンと結婚して、オーラシア・リッツンとなる予定……はありません。

そんなデデの隣に座っているのはゼア・キライル。
父のモートン・キライルは三女を親族の誰かに嫁がせる気はなかったらしい。
小さな領地をもつとはいえ子爵家は貧乏だった。
跡目は唯一の息子で長子のブラームが継ぐ。
その前に、子を全員嫁がせるのが貴族のルール。
兄姉に弟妹の縁談探しを押し付けることは、死亡による当主交代以外はタブーとされている。
才能のなさをアピールすることになるのだ。
そして無計画な子づくりを笑われる。
……逆に子づくり以外に娯楽がないすることがないと証明したことになる。

そんな二人が、揃いも揃って私の屋敷に来ているのか。
ゼア・キライルはともかく、デデ・リッツンは当家と同じく侯爵家。
先触れなど貴族のマナーを知らぬはずがないのに。

「おい、いつまで待たせたと思っている!」
「何を偉そうに。何が『いつまで待たせた』ですか。先触れもなく、直接押しかければ待たされて当然。その程度のマナーもその脳から欠落しましたか。ああ、考えることを放棄して味噌の発酵が止まって腐りましたか。ぬか味噌も一日一回は混ぜないとカビますものね」
「誰がぬか味噌の話をしている!」
「ぬか味噌はあなたの脳味噌を発酵させるより有用です!」
「あ、あの……」
「「だまれ! 廃棄物!!!」」
「ひぃっ!」

えっと……私はともかく、あなたがそれを言ってはいけないんじゃ…………

「ひ、ひどいですぅぅぅ」
「あ、ごめん。ゼアにいったんじゃないんだよ」
「しっかり、ハッキリ。デデはそこの廃棄物に向けて言った。いつもそう思っているというわけね。うん、うん。言ったんじゃなく心の声が漏れた?」
「黙れ!」
「あら? ここは私の実家。思っていることを口からだしても問題なくてよ。っていうか、異性の独り言を聞くなんて、なんてまあマナーのないこと。相手の秘密を覗くなんて、異性のドレスを剥いで素肌をまさぐるのと同じこと。……ねえ、お二人さん」

『ねえ』から声のトーンを落として冷気をまとった。
二人はようやく自分たちの目的を思い出し、私が怒っていることに気付いたようだ。

「で? いつまで茶番を続ける気だ? おい、不貞ふてえ野郎ども」
「な、何を……」
「不貞だなんて……私たちは」
「婚約者をもちながら違う女を抱いた時点で十分不貞です。さらに避妊の義務を怠り孕ませた時点で人間失格。理性のない魔物ケダモノ以下。ああ、ちゃんと調査もしていますし報告も受けています。ご安心ください。先ほど話し合いが終わりまして、あなたのお望みどおり婚約は破棄。さらにお二人は両家当主代筆により婚姻届を提出、受理されております。その他もろもろの手続きも終わったようですね」

ドアの前に立つ執事が頷くと扉を開く。
扉の前に立っていた父たちをはじめ此度の騒動の関係者。
そして……

「何で来てるんですか」
「ああ、見届け人」
「暇人、野次馬」
「何とでも言え」

当たり前のように私の横に座ろうとしたのは第三王子のウリエラ。
場所を移ろうとしたら手首を掴んできたから遠慮なく振り解いた。

けがらわしい。馴れ馴れしくさわんじゃねえよ」
「つれないねえ」
「貴様は殺しても罪に問わん、と国王陛下より許可をもらっている」
「おお、こわっ」

わざとらしく怯えた仕草をしたが、その目は笑っていた。

コメント

  • ルールー

    「だまれ!廃棄物!」に「不貞(ふてえ)野郎」
    うまい言葉で、読んでいて笑ってしまいました。

    2
コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品