召喚獣に勝るものはなし
1
セリーナは気持ちが良かった。
いまなら何でもかんでも笑顔で応じそうなくらいに。
ただし聞きはするが受けるとは限らない。
聞いてあげるだけだが、それでもわがまま女王様にしては大きな進歩だ。
そして目的の教室へと入っていく。
特殊教室のこの部屋は後ろ半分に机が下げられている。
必要な机と椅子だけを前に持ってきて授業を受けたりクラブ活動に使われるのだ。
据え付けられているのは、グランドピアノだったりスライドだったり。
この部屋には際立ったものは置かれていない。
だからこそ、簡単に鍵が借りられたのだ。
そして、セリーナがここにエバンスを隠して妹であるフェリアを押し込んだのは、その机をベッド代わりにしてフェリアを押し倒させるためだ。
扉を閉めてしまえばどんな大きな音でも教室の外へ漏れない。
会議室にも使われるための防音機能だ。
「エバンス、フェリアを押し倒して既成事実くらい作ったんでしょうね」
床に突っ伏して眠っているエバンスに近寄ってセリーナは軽く足で蹴る。
ここまでお膳立てをしたんだから、それくらいしてもらわないと意味がない。
両親や兄はセリーナかフェリアを使って上位貴族と縁を結びたがっている。
セリーナはそんな貴族の妾や愛のない性奴隷になる気はない。
そのため、フェリアを最悪でも性奴隷に欲しがっているエバンスに既成事実を作らせるために閉じ込めたのだ。
「う……ん、セリーナ……?」
「ちょっと、なんて顔してるのよ」
「……あ? なんのことだっっっつー……イッテー」
頭部を強く打ちつけたせいで気絶する前の記憶がないエバンスは、自分がどうなっているのかわかっていない。
そんなエバンスにセリーナは制服のポケットからコンパクトミラーを手渡す。
それにお礼を告げて受け取ると表情が一変した。
「なんだ、これは……」
鏡に映った自分の顔や首にはカラフルなペインティングが施されていた。
それも芸術的ではなく、奇抜な作品だ。
慌てて周りを見回すと、ひっくり返った自分のカバンから何本ものペンが……持ち主から無理矢理借りてやった油性ペンが、キャップが外れて乾いた状態で転がり落ちていた。
「い、痛い! やめ、もうやめろ!」
「なに言ってるのよ! ちょっと下手に動かないで! 痛いって。ちょっとその手を離してよ」
セリーナがハンカチで顔を拭くが、濡れていないハンカチで顔をゴシゴシ拭かれれば痛い。
それもペインティングされて時間がたっている。
水でもお湯でも落とせるかわからないのだ。
エバンスがセリーナの手首を掴んで、意味のない拭き掃除を止めても仕方がなかっただろう。
ただ、ここは放課後とはいえ学園で、二人の姿は半開きの扉から見られていたのだった。
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