最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第1013話 真剣勝負

「さぁ、姿を見せなさい『英鬼えいき』!」

 チアキが放り投げた『式紙』からボンッという音と共に、頭に長い一角を持つ一体の鬼人が出現する。
 『英鬼えいき』と呼ばれた妖魔は、使役されたその場に居たシグレを見て口角を吊り上げながら、首を掴もうと手を伸ばした。

 どうやら鬼人の妖魔である自分を見ても動かないシグレの様子を見て、使役した『妖魔召士ようましょうし』のチアキが、いつものように動けなくしているのだろうと、チアキの『式』となって長い月日を持つ『英鬼えいき』は、そう判断したようであった。

「ちっ!」

 チアキは『英鬼えいき』を見て舌打ちをする。

 どうやら現世に現れて直ぐに、攻撃をしようとする『英鬼えいき』を見て、勝手に動きやがってと思いながらもやらせようとしている事とそう変わらなかった為に、自分の『式』に口を出す真似もせずに『英鬼えいき』のやりたいようにやらせるのであった。

 チアキの『魔瞳まどう』である『青い目ブルー・アイ』によって、手足が動かないシグレは突如現れた鬼の妖魔に、自身の首を目掛けて手を伸ばされた事で悔しそうな表情をする。

 『妖魔召士ようましょうし』が使役したという事に関係はなく、数多居る妖魔の中で『鬼人』はランクが高く力も秀でている。

 『魔瞳まどう』に掛けられていなかったとしても油断が出来ない相手である。そんな鬼人の妖魔が目の前に迫り、首を握り潰そうとしてくるのだ。

 避ける事も防御する事も出来ない今の自分が相手では、一瞬で首の骨を折られて絶命させられてしまうだろう。

(コウゾウ隊長、申し訳ありません……)

 目の前に迫った妖魔の手を見たシグレは、両目を瞑りながら心の中でそう呟くのであった。

「馬鹿野郎! 俺の護衛隊なら簡単に諦めるんじゃない!」

 シグレは自分を叱咤する声に驚いて目を開ける。

 シグレが目を開けた先、目の前まで迫って来ていた鬼人の右手をコウゾウの刀が斬り飛ばしたかと思えば、そのまま思いきり前蹴りで鬼人を吹き飛ばした。

「!?」

 更に次の瞬間に『シグレ』は地に着いていた足が離れて、浮遊感に包まれたかと思うと、そのままコウゾウの胸の中に抱き寄せられた。

「えっ……、た、隊長!?」

 彼の抱き寄せられた腕の中で『シグレ』が顔をあげるとそこには、自分に向けて笑みを向けてくれるコウゾウの顔があった。

「もう大丈夫だぞ。シグレ」

 心の底から安心させてくれるような声でそう囁かれた為に、彼に抱きしめられているシグレは安堵感に包まれながら、顔を赤らめるのであった。

 そしてそのままコウゾウはシグレを抱き抱えたまま、ソフィ達の前まで戻って来ると、ゆっくりとシグレの身体を離した。

 シグレはコウゾウに感謝の言葉を告げようと視線をコウゾウに向けた瞬間、その背後から迫って来ていた先程の『鬼人』の姿が目に入った。

「た、隊長……! う、後ろ!!」

「分かっている」

 シグレを離したその体勢のまま腰を低く落としたコウゾウは、距離を縮めて来る鬼人が、間合いに入るのを待った。

 そして鬼人が背後を向いたままのコウゾウの背中目掛けて、再び手を伸ばしてきたその瞬間――。

 まるで背中に目がついていたのかと思える程、的確に間合いに入り込んできた鬼人の胴体を振り向き様に、右手で持った刀で横凪ぎに斬り伏せる。

「ぐぅっ……っ!」

 鬼人の固い皮膚をあっさりと貫いて胴を横に割いて行く。
 『英鬼えいき』と呼ばれた鬼人は苦しそうな声をあげる。

 そしてそのままコウゾウの刀が『英鬼』の胴を真っ二つにするかとそう思われた次の瞬間、コウゾウの刀がピタリと止まった。

「むっ……!」

 コウゾウは固い皮膚の鬼人が更に固くなっていくのが、その刀を持つ手を通して理解させられていく。そしてそれと同時に、チアキの声が場に響き渡った。

「『英鬼えいき』! そいつの刀を持つ手を掴んで離すな!」

 鬼人は苦しそうな声をあげながらもチアキの命令通りに、自分の胴体を貫こうとしている刀を持つ『コウゾウ』の手をガッチリ掴んだ。

 ただの妖魔ではなく鬼人だからこそ出来る芸当と言うべきか、自分の身体は『コウゾウ』の刀に貫かれている状態である。皮膚を貫かれながらも、その相手の手を掴んできたのである。人間や他のランクの低い妖魔であれば、絶命していてもおかしくはない。

 チアキの目が再び青くなり、更にチアキは高速で『印行』を結び始めると、苦しそうな声をあげている『英鬼えいき』に一つの術を施し始めた。

 ――捉術、『縛呪ばくじゅぎょう』。

「グォアアッ!!」

 鬼人の『英鬼えいき』の苦しみ方が明確に変わったかと思えば、信じられない事にその『鬼人』の傷口が塞がっていった。

「なっ……!?」

 コウゾウは目の前で鬼人の傷口が塞がっていく様を見せられて、驚きの声をあげざるを得なかった。
 みるみる内に傷が塞がっていったかと思うと『英鬼えいき』は掴んでいたコウゾウの手に力を入れ始める。

 刀を『英鬼えいき』に差し入れたままだったコウゾウは、何とかして刀を離そうとするが、そうはさせまいとばかりに『英鬼えいき』はコウゾウの手を強く握りしめる。

 先程までも鬼人の妖魔として相当な力を持っていた『英鬼えいき』だったが、今の『英鬼えいき』はチアキの『捉術そくじゅつ』の所為で更に力は増していた。

 もはや『予備群』であるコウゾウであっても、人間の身ではこの鬼人の妖魔には力では遠く及ばなくなってしまっていた。

「『英鬼えいき』! そのままその男の首をへし折ってやりなぁっ!!」

「グォアアッッ!!」

 もはや使役者であるチアキの言葉もちゃんとは聞こえているのか怪しい英鬼だが、言われた通りに『コウゾウ』の首の骨を折ろうと手を伸ばして来る。

「さ、させませんよ!」

 もう一人の予備群『シグレ』は刀を構え直すと、そのまま信じられない程の速度で『英鬼えいき』の背後に回り込んだ後、後ろから刺突しとつしようと『英鬼えいき』に突っ込んでいく。

「殺ったぁ!」

 シグレは全体重を乗せるつもりで『英鬼えいき』の背中から刀を突き入れる。しかし『英鬼えいき』の皮膚は先程までとは比べ物にならない程に固くなっていて、突き入れようとしたシグレの刀の方が真っ二つに割れてしまうのだった。

「う、嘘!? そ、そんな馬鹿な……!!」

 殺すつもりで本気で差し入れた自分の刀が真っ二つに折れて驚いているところに、コウゾウを掴んでいる手の反対側の手で『英鬼えいき』は背を向けたまま、背後に居るシグレを目掛けて裏拳で顔面を殴り飛ばした。

「ぎゃんっ!」

 シグレは鼻血を出しながらそのまま後ろへ吹っ飛ばされる。そしてそのまま痙攣を引き起こしながら、地面に横たわる。たった一発で、予備群のシグレは戦闘不能にされてしまった。

「し、シグレ……っ! グァッ!?」

 やられたシグレに声を掛けようとしたところに、今度コウゾウの首を『英鬼えいき』が掴み始めた。

「グォアアア!!!」

「ぐっ……っ、あああっ!!」

 『英鬼えいき』はコウゾウの首を掴んだまま宙に浮かし始めた。プラプラと足が宙を舞い、コウゾウの顔が真っ青になっていく。首の骨が折れる前に既に、窒息による症状が出ているのだろう。

「ひゃはははは! よしいいぞ、いいぞ『英鬼えいき』っ! そのままその男もへ逝かせてやりなぁ!」

 チアキの言葉を聞きながら、コウゾウはそのまま死を覚悟した。

 ――その時であった。

 金色のオーラを纏ったソフィが『英鬼えいき』の横っ面を思いきり殴り飛ばす。
 『英鬼えいき』は掴んでいたコウゾウを強引に離させられて、そのまま吹っ飛んで行った。

「コウゾウ殿とシグレ殿の心意気はしかと見させてもらった。ここからは、我に代わってもらうぞ」

 『予備群よびぐん』二人の真剣勝負に手を出さず、出しそうになる手を必死に押さえて成り行きを見守っていたが、ソフィはどうやら頃合いだと判断したようで、遂に自身が戦闘の場に出て来るのであった。

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