最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第984話 杞憂

「ユウゲ殿が一体何を言っているのか……」

 互いに視線を合わせたまま数秒が過ぎた辺りで、唐突にユウゲにトウジと呼ばれた『煌鴟梟こうしきょう』のボスは誤魔化すようにそう口にする。

「普段にこにこと笑っているあの方が、俺を貴方の元に向かわせた意味。それをあの人を知る貴方が分からない訳は無いでしょう?」

 ユウゲは真綿まわたで首を締めるように直接的な言葉を使わずに、トウジにだけ伝わるように責め立てていく。

 ケイノトに居る多くの者や、この場に居るスキンヘッドの男、そして『煌鴟梟こうしきょう』の比較的最近入った者達であれば、先代の『煌鴟梟こうしきょう』のボスであるイツキの本性が分からず、ユウゲが今言葉にしている意味の本質を理解出来ないだろう。

 しかしミヤジやサノスケ。それに今目の前で狼狽した様子を見せ始めたトウジは、ユウゲがいま口にした言葉の意味を理解出来るだろう。

「ヒロキ、悪いがユウゲ殿と二人で話がしたい」

「え……? は、はぁ、分かりました」

 それまで部屋の入り口に立っていたスキンヘッドの男は、突然ボスに視線を向けられて退室を迫られた為に、意味など考える暇も無くそのまま返事をして部屋を出て行った。

(彼の名は『』というのか。今日まで見たことはなかったが、入って間もなくこうして幹部になれた男だ。覚えておかなくてはな)

 ユウゲは心の中でそう呟くとイツキに報告する為に、スキンヘッドの男の名を頭に記憶させるのであった。

「それでユウゲ殿。イツキ様は何に対して気に為されているのか、正直に教えてもらえないだろうか」

 ヒロキと呼んでいたスキンヘッドの男が居なくなり、ユウゲと二人となった煌鴟梟こうしきょうのボスの部屋で彼は少しだけ話し方を変えてそう訊ねて来たが、とぼけているワケでは無いようで本当に彼自身が何故イツキに対して、自分に疑問を持たれているかが分かっていない様子に、ユウゲは見えるのであった。

「イツキ様の時代に行っていたを更に効率よく行えるように、町の施設自体を買い取り、実際に商売を生業としていた者を引き入れて本業を表向きには見せずに、仕事は成功させている。裏ではこれまで通り『』稼業で事業を行う元となる金子の金源を確保する。行く行くは『煌鴟梟こうしきょう』は、表向きでも無くてはならない『事業体』として周知されて『妖魔退魔師ようまたいまし』側の護衛稼業に負けない『妖魔召士ようましょうし』側の資金源にしてみせますよ」

(……)

 今トウジが説明している事は二代目ボスとなった彼が、最初にイツキに説明していた言葉と相違無い。トウジの率いるこの二代目『煌鴟梟こうしきょう』を単なる人攫い集団では無く表事業としても影響力を持って、袂を分かった『妖魔退魔師ようまたいまし』側の組織に対応する『妖魔召士ようましょうし』側の資金提供を行う組織としての役割を担おうとしている。

 イツキはあくまで自分の身分を隠す為に『煌鴟梟こうしきょう』を別の者に託したつもりだが『煌鴟梟こうしきょう』を上手く転がす事が出来るとなれば、退魔組ひいては上の組織でも重宝される程の『一大組織』となる事だろう。

 その時までに『煌鴟梟こうしきょう』はこれまで以上に更なる資金を蓄えて『』というこれまでの裏稼業としての『煌鴟梟こうしきょう』を一新させて、所謂施設を提供し人材を提供する『ノックス』の世界のあらゆる需要に供給する『便利屋』として活動を行える程の地力を用意して、周到に地固めを行っておかなければならないが、このトウジという男であればいずれは上手く機能させて夢物語で終わらせずにやり遂げる事が可能であるだろうと、イツキを以てして思わせられている。

 ユウゲは再びトウジの目を見るが、彼の目には一点の曇りも無い。どうやら嘘や演技では無く、心の底から抱いている本音を口に出している様子である。ユウゲはトウジから視線を外して両目を数秒程瞑って考える。

(どうやらイツキの杞憂や勘違いだったようだな。本当に忙しく新人の報告をし忘れていただけで、トウジ殿が何かおかしくなった様子も組織としての内情も変わっていないように思える)

 ――『とんだ余暇を過ごさせられたものだ』とばかりに、内心で溜息を吐くユウゲであった。

「なるほど。それだけ聞ければ十分だトウジ殿。どうやらこちらの勘違いだったようだ。時間をとらせてしまってすまなかった」

「いや、そうですか。何やら誤解があった様子だが、上手く解けた様子で何よりだ」

 イツキに何やら疑問を持たれて『ユウゲ』という遣いを出して来たと聞かされて、内心では何か粗相を働いたかと慌てたトウジだったが、どうやら杞憂に終わったようで、このまま何事も無く終わりそうな空気となった事でトウジはほっとした表情を浮かべた。

 ユウゲの方も一先ひとまず、今のトウジにも組織にも問題は無いという報告をイツキにしようと考えた矢先の事。先程のこの部屋の前に居た新人の事が頭に過り、最後にトウジにその事に探りを入れて帰ろうと、ユウゲは『新人』の事を口にするのであった。

 ――しかしそれこそが、この空気を一変させる事となるのであった。

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