第946話　ヌーの想いと処刑

「ああ？」

　突然に見た事も無い長身の男が高圧的な態度で声を掛けてきた為、座って腕を組んでいた男の一人が苛立ち交じりに、片膝をつきながら袖をまくり上げ立ち上がろうとした。

　この町で喧嘩はご法度だと、しつこいくらいに注意をしているコウゾウの前で喧嘩をしようとしている者達を見て、コウゾウは溜息を吐いて止めようとする。

「おいお前ら！！　俺の前でいい度胸だ……な？」

　怒号を発しながら喧嘩を止めようとしたコウゾウの目の前で、ヌーは喧嘩腰で立ち上がろうとしていた男の頭を掴みながら冷酷な視線を男に向けた後、恐ろしい程の魔力を込めて信じられない事に目の前で魔法を使って燃やし始めた。

「ぐぎぎぎっ、あ、ああああっっ！！」

　骨が焦げる匂いが部屋に充満していく。その中心でヌーによって燃やされている男は、この世に生きる人間が放っているとは思えない程の聞く者に恐怖感を与えるような声を発しながら、次の瞬間には完全に燃やし尽くされて絶命した。

　先程までヌー相手に意気がって喧嘩腰であった男は、もう今はこの世から魂が消え去って、物言わぬ骸へと姿を変えた。

「ヒッ……！　ヒィィッ！」

　ヌーに襲い掛かろうとしていた別の男たちは、目の前で仲間の首から上が無くなった姿を見て、恐れ慄きながら後退ってヌーから離れようと逃げ回る。

「こっちへきやがれ」

　人間を一人燃やし尽くした後だというのに、ヌーはまだ物足りないらしく、次にテアに手を掛けた男をこの世から消し去る為に魔瞳まどう『金色の目ゴールド・アイ』を発動させた。

　床を這いずりながら何とかして逃げようとしていた男は、ヌーの洗脳下に置かれた後、虚ろな目を浮かべながら無言になって、大人しくヌーの元へと向かっていく。

「死ね」

　洗脳にかかった男はヌーの目の前まで歩いて行き、そしてそのヌーに首を掴まれたかと思うと、ボキリッという音と共に首の骨を折られて絶命する。

「あ、あわわわ……！！」

　そして最後の一人は部屋の隅まで逃れようと必死に向かっていき、壁に抱き着くかのように張り付いて何とか生き延びようとする。

　ヌーはこの男も赦すつもりは無いようで、恐ろしい程までに冷酷な目をしながら、ゆっくりと右手を男に向け始める。どうやら最後の一人は、ヌーの出せる最高火力である『極大魔法』で仕留めようというのだろう。

　膨大な魔力が魔力回路につぎ込まれていき、やがて『アレルバレル』の世界の『理ことわり』が刻まれた魔法陣が出現を始めた。

「ひ、ひっ！　お、お願いだ！　す、全て俺の知っている事を話します！　だ、だから、だから、殺さないで下さい！　お、お、お願いしますっっ！！」

　もはやヌーの中では最後の男も赦すつもりは無いのだろう。発動条件が揃えば高速回転を始めて発動する魔法陣に、魔力回路から魔力を放出し始める。

　―――そして、死を届ける『スタック』が開始された。

「待つのだ」

　しかしあともう少しで神域魔法『闇の閃日ダーク・アナラービ・フォス』が、ヌーから男に向けて放たれる直前に、ソフィがヌーに制止させる言葉を出すのであった。

「……」

　ヌーはスタックを止めないが、それでもソフィの言葉に視線は向けた。

「……」

「……」

　ソフィとヌーの両者は、数秒程に渡って視線を交差させる。壁に張り付いて謝罪を続けていた男は、ソフィを救世主のような目で見つめながら、何とかこの男を止めてくれと願う。

「わぁってるよ。テアに何もなかったんだ。これくらいで勘弁してやるよ」

　そう言ってヌーはソフィから視線を外して、スタックさせていた魔力を解除する。ソフィはヌーの言葉に頷きながら次に怯えて蹲っていた男に視線を向ける。

「あわ……、あわわわ！」

「お主、悪いが事情を全部話してくれぬか？」

　ソフィが怯える男にそう告げると男は慌てて何度も首を縦に振る。ちらりとその男が横を見ると、前日まで共に行動をしていた仲間の首から上がなくなった姿で倒れており、再び全身を震わせ始めるのだった。

　ソフィはちらりと倒れている人間を見る。

（だめだな……、この男ももう魂はこの場にはない。それにテアを襲っておいてヌーにあの態度をとっておったのだ、自業自得であろう。これは仕方あるまい）

　最初にヌーに燃やし尽くされた男はもう、どうしようもなかったが、首の骨を折られたもう一体の男の魂がまだ残っていたならば、蘇生を試みてみようと考えていたソフィだったが、どうやらその場に魂が無いのを確認して蘇生を諦めるのであった。

　…………

「……」

　ヌーという長身の男に駆け寄って何やら話掛けている女性を見るに、やはりこの怯えている男たちの一派は、その彼女を攫おうとしていた人攫いで間違いはなかったのだろう。

　しかし護衛隊の隊長であるコウゾウは、一連のヌー達の行動を観察し、どうするべきかと悩み始めるのだった。

　……
　……
　……