最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。
第873話 不安な気持ちで
「ハァッハァッ……!! こ、ここは森のどこら辺だ!?」
彼は最近入隊を許可された『退魔組』の退魔士だった。名前は『リク』と言う。下位の退魔士の中では魔力は高い方で、同じ『下位退魔士』達の中では一番の成長株と期待されていた。しかしこれまでは精々が、町の見回りの簡単な任務しかしたことが無く、妖魔と戦うどころか、まだ『式』を使役した事も無い。
だが、今回ようやく大掛かりな作戦が展開された事で、彼はようやく好機が訪れたと喜んで任務に参加した。加護の森に入るまでは多くの仲間や『ミカゲ』といった『上位退魔士』それに『特別退魔士』である『イバキ』と行動を共にしていたおかげで、気が大きくなっていた。そして件の二人組の妖魔が現れても何とかなるだろうと気が緩んでいたのであった。
しかしそんなリクも『タクシン』という大先輩の亡骸を見た瞬間に、そんな余裕は一瞬で消え去ってしまった。その時まではまだ、ミカゲやイバキという頼れる存在が近くに居た事で、何とか震える体を誤魔化して恐怖心に耐える事が出来ていた。しかし同僚たちが不安を煽るような発言をし始めた事に加えて近くに居た『イバキ』という最後の砦と呼ぶべき希望がその場から姿が見えなくなった事で、一気に恐怖心が彼を襲った。
そこに同じ考えを持っていた同僚たちが、一斉に我先にと逃げ出し始めた事で、気分が一変した。退魔組に入れば恐ろしいあの妖魔達を従わせる事が出来て、これまで俺を見下してきた町の奴らを見返す事が出来る。彼は甘い気持ちでそんな事を考えながら『退魔組』に所属し、初任務で出世する為に参加していた。
――だが。
――この場に居たら、タクシン様のように殺される。
――タクシン様でさえやられたんだ、俺達なんか一瞬で殺されるぞ!
そんな発言を聞いたリクは、ようやく死んでしまったら元も子もなく、何もかも無駄になるという当然で当たり前の事を理解し、ここにきてようやく現実を直視する事が出来た。そしてリクがその考えに行き着いたとき、ひとり、またひとりとその場を去って逃げて行く。
――それは同じ考えに至った同僚たちだった。同僚達の後姿を見た時に、リクの足は無意識に動いていた。
そして前を走る者の後姿を頼りに、自分も助かりたいという思いだけでついていった。しかし全く余裕が無い彼は、自分が何処を走っているのか全く気づけず、必死に『加護の森』に現れたという二人組の妖魔から逃げ出そうと走り続けた事でいつの間にか彼は、サカダイの管理する森に入っていた。
…………
「ハァッハァッ……!! こ、ここは森のどこら辺だ!?」
そして冒頭の彼の発言に舞い戻るのだった。
「く、暗すぎてよく分からんが『加護の森』はそこまで広くはない。ひとまず走っていれば外に出る筈だ!」
「そ、そうだな! とりあえず『ケイノト』に辿り着いたら、俺はもう危険な任務には就かないとサテツ様に……えっ?」
退魔組の同僚と話をした事で幾分気持ちが楽になっていたリクだが、目の前で突然その仲間の首が取れたかと思うと、自分の足元に仲間の首が転がってきたのである。
今まで会話をしていた仲間の首が自分の足にあたり、その後もう一度仲間の首の無くなった体に視線を移す。更にはその首の無くなった仲間の背後には、大きな体をした人型の妖魔が、冷酷な目で自分を睨みつけていた。
――突然の出来事にリクの思考が、強制的に止まってしまった。
そして数秒にも満たない時間の後、ようやく起こった出来事を理解した彼は、大声で悲鳴を上げるのだった。
「ぎ、ぎゃああッ!』
リクはその場にすっ転んで尻餅をついた。そしてそれが彼の命を僅かとはいえ生き永らえさせた。人型の妖魔が自分の居た場所の首辺りを横凪ぎに持っていた棍棒を振り切っていたのである。
ひゅおっという風を切る音が、地べたに居るリクの耳にも届いてくる。這いつくばりながら、妖魔の姿を確認したリクは自分の声とは思えない高い悲鳴を口にする。
その自分の声を聞きながらも何とか立ち上がろうと地面に手をつこうとするが、そこで自分の手は何か柔らかいモノに当たった。無意識にその何かを持つが、暗がりで何か直ぐには分からなかった。
妖魔から逃げなければという意識とは裏腹に、何故だか分からないが、彼は冷静に別の事を考えていた。
(これ、一体何だ?)
そして持っているガサガサした手触りの『ソレ』を目の前まで持っていく。そこでようやく持っている『ソレ』の正体が、仲間の首だという事に気づいた。
その生首の向きを変えた事で、死んでいる仲間の目が自分の目と合った気がした。
「あああああ!?」
慌てて再び悲鳴をあげながら、生首を投げ捨てて立ち上がる。しかし走り出した彼は、また何かに引っかかって転ぶ。今度は別の仲間の首の無い体だった。
「……あぇ……っ?」
先程の位置から少しだけ移動をした事で、木の間から少しだけ月の明かりが照らされて、辺りが見えるようになった。しかしそこで見た彼の光景は、自分以外の『退魔士』達が、全員首が刎ね飛ばされて、体だけが横たわっている姿だった。
「あっ……、ははっ……あははは!!」
ついにリクは衝動的に笑い始めた。意識して笑った訳では無く、彼の精神が完全に壊れるのを防ぐ為に無意識に自衛行動が働いたのだろう。自閉する精神よりもリクの身体は、笑う事で脳をリラックスさせようとしたのだ。それもまた見方を変えれば精神が狂って壊れたように見えるが、彼の中ではそれが最善の取れる選択肢だったのだろう。
何も考えられずに、ただ、ただ笑い続ける。そんな彼の背後に無表情のまま、妖魔が歩いてきた。
「あ……ひ、ひぃ!」
迫りくる大きな体の妖魔を見たリクは恐怖心に圧し潰されて、そのまま泡を吹いて意識を失うのだった。
「そいつは生かしておけ、それにお前はもう戻っていいぞ」
赤い狩衣を着た男が血だまりの中に倒れる男の元へ来るなり、大きな体の妖魔にそう命令を下す。妖魔はコクリと頷くと、再び『式札』へと戻されるのだった。
……
……
……
彼は最近入隊を許可された『退魔組』の退魔士だった。名前は『リク』と言う。下位の退魔士の中では魔力は高い方で、同じ『下位退魔士』達の中では一番の成長株と期待されていた。しかしこれまでは精々が、町の見回りの簡単な任務しかしたことが無く、妖魔と戦うどころか、まだ『式』を使役した事も無い。
だが、今回ようやく大掛かりな作戦が展開された事で、彼はようやく好機が訪れたと喜んで任務に参加した。加護の森に入るまでは多くの仲間や『ミカゲ』といった『上位退魔士』それに『特別退魔士』である『イバキ』と行動を共にしていたおかげで、気が大きくなっていた。そして件の二人組の妖魔が現れても何とかなるだろうと気が緩んでいたのであった。
しかしそんなリクも『タクシン』という大先輩の亡骸を見た瞬間に、そんな余裕は一瞬で消え去ってしまった。その時まではまだ、ミカゲやイバキという頼れる存在が近くに居た事で、何とか震える体を誤魔化して恐怖心に耐える事が出来ていた。しかし同僚たちが不安を煽るような発言をし始めた事に加えて近くに居た『イバキ』という最後の砦と呼ぶべき希望がその場から姿が見えなくなった事で、一気に恐怖心が彼を襲った。
そこに同じ考えを持っていた同僚たちが、一斉に我先にと逃げ出し始めた事で、気分が一変した。退魔組に入れば恐ろしいあの妖魔達を従わせる事が出来て、これまで俺を見下してきた町の奴らを見返す事が出来る。彼は甘い気持ちでそんな事を考えながら『退魔組』に所属し、初任務で出世する為に参加していた。
――だが。
――この場に居たら、タクシン様のように殺される。
――タクシン様でさえやられたんだ、俺達なんか一瞬で殺されるぞ!
そんな発言を聞いたリクは、ようやく死んでしまったら元も子もなく、何もかも無駄になるという当然で当たり前の事を理解し、ここにきてようやく現実を直視する事が出来た。そしてリクがその考えに行き着いたとき、ひとり、またひとりとその場を去って逃げて行く。
――それは同じ考えに至った同僚たちだった。同僚達の後姿を見た時に、リクの足は無意識に動いていた。
そして前を走る者の後姿を頼りに、自分も助かりたいという思いだけでついていった。しかし全く余裕が無い彼は、自分が何処を走っているのか全く気づけず、必死に『加護の森』に現れたという二人組の妖魔から逃げ出そうと走り続けた事でいつの間にか彼は、サカダイの管理する森に入っていた。
…………
「ハァッハァッ……!! こ、ここは森のどこら辺だ!?」
そして冒頭の彼の発言に舞い戻るのだった。
「く、暗すぎてよく分からんが『加護の森』はそこまで広くはない。ひとまず走っていれば外に出る筈だ!」
「そ、そうだな! とりあえず『ケイノト』に辿り着いたら、俺はもう危険な任務には就かないとサテツ様に……えっ?」
退魔組の同僚と話をした事で幾分気持ちが楽になっていたリクだが、目の前で突然その仲間の首が取れたかと思うと、自分の足元に仲間の首が転がってきたのである。
今まで会話をしていた仲間の首が自分の足にあたり、その後もう一度仲間の首の無くなった体に視線を移す。更にはその首の無くなった仲間の背後には、大きな体をした人型の妖魔が、冷酷な目で自分を睨みつけていた。
――突然の出来事にリクの思考が、強制的に止まってしまった。
そして数秒にも満たない時間の後、ようやく起こった出来事を理解した彼は、大声で悲鳴を上げるのだった。
「ぎ、ぎゃああッ!』
リクはその場にすっ転んで尻餅をついた。そしてそれが彼の命を僅かとはいえ生き永らえさせた。人型の妖魔が自分の居た場所の首辺りを横凪ぎに持っていた棍棒を振り切っていたのである。
ひゅおっという風を切る音が、地べたに居るリクの耳にも届いてくる。這いつくばりながら、妖魔の姿を確認したリクは自分の声とは思えない高い悲鳴を口にする。
その自分の声を聞きながらも何とか立ち上がろうと地面に手をつこうとするが、そこで自分の手は何か柔らかいモノに当たった。無意識にその何かを持つが、暗がりで何か直ぐには分からなかった。
妖魔から逃げなければという意識とは裏腹に、何故だか分からないが、彼は冷静に別の事を考えていた。
(これ、一体何だ?)
そして持っているガサガサした手触りの『ソレ』を目の前まで持っていく。そこでようやく持っている『ソレ』の正体が、仲間の首だという事に気づいた。
その生首の向きを変えた事で、死んでいる仲間の目が自分の目と合った気がした。
「あああああ!?」
慌てて再び悲鳴をあげながら、生首を投げ捨てて立ち上がる。しかし走り出した彼は、また何かに引っかかって転ぶ。今度は別の仲間の首の無い体だった。
「……あぇ……っ?」
先程の位置から少しだけ移動をした事で、木の間から少しだけ月の明かりが照らされて、辺りが見えるようになった。しかしそこで見た彼の光景は、自分以外の『退魔士』達が、全員首が刎ね飛ばされて、体だけが横たわっている姿だった。
「あっ……、ははっ……あははは!!」
ついにリクは衝動的に笑い始めた。意識して笑った訳では無く、彼の精神が完全に壊れるのを防ぐ為に無意識に自衛行動が働いたのだろう。自閉する精神よりもリクの身体は、笑う事で脳をリラックスさせようとしたのだ。それもまた見方を変えれば精神が狂って壊れたように見えるが、彼の中ではそれが最善の取れる選択肢だったのだろう。
何も考えられずに、ただ、ただ笑い続ける。そんな彼の背後に無表情のまま、妖魔が歩いてきた。
「あ……ひ、ひぃ!」
迫りくる大きな体の妖魔を見たリクは恐怖心に圧し潰されて、そのまま泡を吹いて意識を失うのだった。
「そいつは生かしておけ、それにお前はもう戻っていいぞ」
赤い狩衣を着た男が血だまりの中に倒れる男の元へ来るなり、大きな体の妖魔にそう命令を下す。妖魔はコクリと頷くと、再び『式札』へと戻されるのだった。
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